花奈の家へ
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そしてあっという間に約束の日曜日がやってきた。
いつもより早起きして荷物をまとめたり支度をしたり髪を整えたりと、朝から未央は大忙しだ。と言っても今日の約束は未央の方から誘ったものなのだが。
不意の思いつきのような感情に任せて誘ってしまったが、いざ当日になるととても緊張していた。まるで結婚をお願いしに行く彼氏のように、心臓がドクドクと音を立てて鼓動も速くいつまでも元の速さに戻らない。
「ふぅ〜」
落ち着くために一度深呼吸。1回だけでは足りずに最終的には10回も続けてやってしまった。
「って、何で私が緊張してるのよ」
自分で自分に呆れる。ただ会いに行くだけなのにも関わらず、こんなに緊張しているとは思っていなかった。
荷物を持って玄関に向かおうとした直後、髪型が気になって洗面所へ方向転換。
「よし、大丈夫」
髪がはねていないか、セットが崩れていないかなど念入りに鏡で確認して正しい方向へ移動する。靴を履き、ドアの鍵を閉めていよいよ出発だ。
徒歩5分ほどの小さな駅に着き、切符を買ってホームに立つ。
花奈の家は未央の家からは少し遠く電車でしか行けない地域だった。インターネットで調べると都内の少し西の方でのどかな田舎を彷彿とさせる画像がたくさんあった。
今回は花奈の地元の駅で待ち合わせだった。
暫く電車を待っていると電車がホームに到着し、割と満員に近い車内に足を踏み入れて乗り込む。
そのまま数十分電車に揺られていると花奈に教えてもらった駅名のアナウンスが聞こえた。
「あ、ここで降りなきゃ」
未央はひとりごちると人混みをかき分けつつ電車から降りた。
「あ、未央先輩!」
改札を出たところで聞き覚えのある声に呼び止められた。未央が振り向くと、少し遠いところから私服姿の花奈が手を振り走ってきていた。未央も手を振り返し、彼女の到着を待つ。
「はぁ、はぁ、すみません。遅れちゃって。バスが混んでて」
未央のところに着いた花奈は長い距離を走ってきたようでハァハァと息を切らしながら膝をついた。
「私、はぁ、地元なの、に、はぁ、バスとか、はぁ、乗るの、はぁ、慣れてなく、て」
「だ、大丈夫?」
「あ、はい! お、お気遣いなく……」
未央が不安になって声をかけると花奈は額に汗をかきながら笑顔で答えた。息を整えようと必死に呼吸している。
「のどかわいたでしょ? これあげるよ」
未央はそう言ってリュックの中から駅で買ったペットボトルジュースを手渡した。
「え!? い、いえいえ、先輩がお買いになられたものですし」
驚いて首をブンブン振る花奈を「いいからいいから」と制してその手に握らせる。ずっと息切れされていると何だかハラハラしてしまうからだ。
「あ、ありがとうございます。すみません……」
花奈は両手でペットボトルを持ち直した後、申し訳なさそうに頭を下げた。
「って、こんな事してたら時間の無駄ですね! バス乗りましょう! 家の近くのバス停に着くので」
ハッと我に返ったように少し大きな声で花奈は言った。バス停の方へと早歩きし始めた花奈を未央も小走りで追いかける。
「それでメッセージの設定のことだけど」
バス停でバスを待っている間、未央は話題を振った。
「あ、はい。設定どうしても出来なくて……。先輩出来ますか?」
メッセージアプリの設定画面を開いた状態で花奈に見せられてそれを覗き込む。
「あぁ、これこれ。ここを押せばいいんだよ」
"電話番号で検索"の機能をOFFにしてニッコリと微笑む。
「よし、これで大丈夫」
「ありがとうございます!」
花奈は目を輝かせてお礼を言った。
「あ、でも、もう目的達成しちゃいましたね……。先輩にわざわざここまで来てもらわなくてもよかったのに」
花奈がしょんぼりと肩を落とす。彼女にとって先輩である未央に手間をかけさせてしまったことを申し訳なく思っているようだ。誘ったのは未央の方なのに自分が悪いと思うところもまた花奈の美点である。
そこでバスが来て2人は乗り込む。車内は予想以上に空いていてどこでも自由に座ることができる状態だった。
「ここに座ろっか」
「はい」
適当な椅子に腰をかける。バスが発進したところで未央は花奈を宥めた。
「大丈夫だよ。会いたいって言ったの私だし。花奈ちゃんは何も悪くないから気にしないで」
花奈は不安そうに未央を見た。未央が微笑んでやると安心したように笑顔を見せた。まるで子供のような感情の波の可愛さに未央は笑いそうになるのを必死に堪えた。
「ちょっと先輩、笑わないでくださいよ」
恥ずかしそうに頬を赤らめて花奈は言う。堪えたつもりだったが花奈には笑いがバレていたようだ。
「ご、ごめんね。何か可愛くて」
「え、え!?」
花奈の顔が赤さを増して頬どころか顔全体にまで赤みが広がっていた。頭から湯気でも出るような勢いで一気に赤くなっていき、急いで両手で顔を覆って俯く。
「あはは、可愛い」
「可愛い」と言うと花奈が恥ずかしい気持ちになるのは学習済みだったがつい口をすべらせてしまう。思わず口に出さずにはいられないほど花奈の言動1つ1つが未央にとって天使並みに可愛らしいのだ。
また未央に「可愛い」と言われた花奈は、顔を隠して俯いたまま何度も首を横に振っていた。
やがて花奈の家の近くのバス停がアナウンスされ、バスを降りる。
そこから花奈について行くと、ある家の前で止まって彼女は言った。
「よ、ようこそ。私の家です」
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