再会と新たな情報
母と暮らす我が家とはどんな物だろうか。
今まで弟がいて家の中でも寂しくなかった。だが今日からは……。
「ありがとうございました」
ペコリとお辞儀をして少女は女刑事に礼を言う。
「いいのよ。また定期的に様子見に行く予定だけど大丈夫かしら?」
刑事用の制服を身にまとったハーフアップの女性・早乙女千里が尋ねた。
「はい。よろしくお願いします」
そう言ってツインテール少女・百枝花奈はもう一度頭を下げる。
千里は花奈に手を振ってパトカーに乗り、運転席の部下・黒川翔と共に去っていった。
パトカーが見えなくなるまで花奈は家の前に立っていた。
ようやくパトカーが見えなくなると、事前に千里から貰った鍵を回して家の中へ。
「おかえり、花奈」
母親が出迎えてくれた。相変わらず暮らしぶりは変わっていないようでセーターにお菓子のクズが付いている。そんな彼女を見て何だか嬉しくなりながら花奈は笑顔で言った。
「ただいま」
「咲夜のことはもう聞いたんだよね?」
花奈が持って帰ったリビングに荷物を運びながら母親が確認した。
「詳しくは聞いてないけど大まかなことは聞いたよ」
咲夜のことを思い出した花奈の表情が曇る。母親はそんな娘を見つめて、
「まぁ、罪を償って出てきたら2人で出迎えたらいいじゃない」
母親の笑顔に花奈は頷いた。
「そう、だね」
「あ、そうだ。これ見る?」
リビングのソファーに座った母親が手渡してきたのは何冊もの分厚い新聞紙だった。自身も母の横に腰かけ新聞を受け取った花奈は広げて中を確認する。
「これ……」
非常に分かりやすく見出しに掲載されていたのは実弟の名前だった。
「これ見て私も気付いたの。あの子が何かやらかしたんだなって」
母親が同じように新聞の見出しを見ながら呟いた。
「今思えば何で咲夜が一線越える前にちゃんと悩みとか聞いてあげなかったんだろうって思うわ。最近は夢にも咲夜が出てくるの」
母親が見た夢の中で咲夜は握っている包丁を何度も何度も振り下ろし、「ボクだって嫌なんだ。もう全部嫌いだ」と繰り返し泣き叫んでいた。包丁が地面に突き刺さる鈍い音とともに母親の心にも痛みが走った。
「本当に後悔してるわ。こんな状況になってから気付くなんて。私、‥…私、母親失格ね」
そう言って母はその目から大粒の涙を流した。悔しげに息子を守れなかったこと、苦しませたことを恥じているような表情だった。
「大丈夫だよ、お母さん」
花奈はソファーの前の机に新聞を置くと母親の震える手を握った。
「私もね、後悔してるの。咲夜をこんな状況にしちゃったのは私だから。私が最初に捕まってなかったら咲夜はちゃんと罪を償う気になってたと思う」
花奈の言葉を聞いて母は涙で顔をぐちゃぐちゃにしながら首を横に振った。彼女にとって弟を守った姉の姿は何もしなかった自分より確かにはるかに評価されるべきものだった。娘が悔やむ必要はないと思った。
一方で花奈はこれまでの色々な事を思い出していた。
あの日、見知らぬ老人に殺人を犯した咲夜の姿を報告された時、弟を守ろうと必死の思いで庇った。包丁の柄に指紋を上書きしてその老人にも警察にも自白した。
その事を思い出すと花奈の目からも涙が出てきた。
「ごめんね、花奈」
「ううん、私も、ごめんなさい」
親子は抱き合って涙を流した。震える手で相手を抱き確かな温もりを感じ合った。泣き叫ぶ親子の声が真昼の空にこだました。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「花奈さん、ちゃんと家に戻れて良かったな」
母・千里の帰宅を出迎えて悠希が言った。
「そうね。これからお母様と2人だけの生活になっちゃうけどそれも仕方ないわね」
「……そうだな」
千里から仕事用の鞄を預かってリビングに運びながら悠希は思い出したように尋ねた。
「そういえば陰陽寺の釈放はまだまだか?」
スーツを脱いでブラウス姿になった千里はスーツをハンガーにかけながら言った。
「ええ。大雅くんまだ1年経ってないでしょ? 1年経って院長がこの子は社会復帰しても大丈夫そうだって判断したら釈放って形になるんだって」
「へぇ〜、そうなんだ。じゃあまだだな」
「何? 急に」
千里に問われて悠希は恥ずかしそうに頭をかきながら、
「いや、何か少年院って聞くと決まってあいつを思い出すんだよ。何でか分からないけど」
「そう。1番関わりがあったの悠希じゃない?」
確かにそうだな、と悠希は振り返る。
陰陽寺大雅。その名を聞けば知らない人はいないというほどに広まってしまったかつてのクラスメイトだ。彼が幼い頃から放火の常習犯だという情報とこれまでの校舎全焼事件の首謀者だという情報をクラスメイトの茜から聞いたのがつい昨日のように思える。
そこから彼を止めようと必死に奮闘したのだ。その結果クラスメイトの早絵まで巻き込んだ大騒動に発展して警察沙汰やマスコミ沙汰になってしまったのだが。
「早く釈放されるといいな」
大雅が学校にいるときは目の敵にして絶対警察に突き出してやると燃えていた悠希だが、今ともなれば古き戦友。釈放されたらその顔を見に行きたいという気持ちに変わっていた。
「あ、そういえば少年院から1人期限切れで釈放されるらしいわよ」
思い出したように千里が口にした。
「え!? 陰陽寺……じゃないよな」
戦友の名を口にしかけたが瞬時に否定。彼の釈放はまだ遠いとさっき認識したばかりだった事をすっかり忘れていたのだ。思わず照れ笑いを含む悠希に千里は「残念ね」と哀れみの目を向けた後、
「確か高校2年生の女の子だって聞いたわよ」
「年上か。女子なのに少年院に入るような事するんだな」
若干恐怖を覚えた悠希。彼女とは死んでもご対面したくないと願った。
その後、彼の思いは打ち砕かれるのだが___。
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