見つめる視線
「おはよう〜大雅くん〜」
まだ眠そうに目をこすりながら伸びをして、おまけに大きなあくびをしながら起き上がった花奈は大雅に言った。
「うん、おはよう」
大雅は素っ気無く答えた。……着替えをしながら。
「ひゃあ!? ご、ごめんね! そ、そそそそそんな見るつもりなんてさらさら……」
花奈は顔を手で覆いながら首を左右にブンブン振っている。
花奈の目には腹筋がいい具合に割れたお腹が映ったのだ。
「あ、いや、僕もごめん」
大雅は恥ずかしそうにしている花奈を見てシャツを下ろした。
「き、筋肉……」
「え?」
「あ、いや! 何でもないよ。凄いなぁって思って」
顔を覆っていた手こそ離れたが、花奈の顔は熱でもあるみたいに真っ赤だ。
「まぁ、運動してないわけじゃないけど」
大雅は服を着終わると立ち上がり、洗面所の方へ移動しながら言った。
実は、悠希たちの学校を爆破しようと思った時には、既に警察に捕まるかもしれないという予想はついていた。
だからそれなりに身体能力は高めておかなければと思い、普段からランニングや腹筋背筋を行って身体を鍛えていたのだ。
結局計算違いで大雅もあの炎に巻き込まれ、生死を彷徨ったために警察から足早に逃げるには至らなかったが。
「へ、へぇ……」
花奈はひたすらムッキムキの大雅に顔を赤らめていた。
別に筋肉フェチとかそんな大層な趣味はないが、やはりマッチョの男の子はかっこいいものだ。
「着替えないの?」
洗面所で墨のように黒い髪の毛を櫛でときながら大雅は花奈に尋ねた。
「あ、ううん! 着替える!」
大雅の言葉に花奈は焦り、急いでクローゼットから私服を取り出した。
「ん?……あ! ト、トイレ……」
パジャマを脱ごうとして花奈はすぐに大雅がいることを再認識した。
もしここで服を脱いでしまったらすごく破廉恥だ。
流石に大雅は年頃の女の子の全裸を見て喜ぶような変態ではないはずだが、それでもやっぱり恥ずかしいものは恥ずかしい。
花奈はそう思い直して急いでトイレに向かってドアを半ば乱暴に閉め、ガチャリと鍵をかけた。
「ふぅ……」
トイレの中で花奈は着替える服を持ちながらため息をついた。
「危なかった……! もうちょっとで大雅くんに裸見られるところだった……」
変な汗をかいてしまったらしく、パジャマが地味にひんやりとしている。
元はと言えば、まだよくも知らない男の子の前で服を脱ごうとした花奈がいけないのだが、大雅に見られてしまうかもしれなかったという焦りで心臓の鼓動はまだ治っていない。
「ふぅ〜」
花奈はゆっくり深呼吸をした。
何度か繰り返していると自然に気持ちも落ち着きだした。
「朝ごはんの時間もあるし急がなきゃ」
花奈はそう独りごちて私服に着替え始めた。
※※※※※※※※※※
「おっ、花奈ちゃ〜ん!」
未央が、大雅と一緒に食堂に入ってきた花奈を見つけてお皿を片手に手を振った。
「あ、先輩」
花奈も未央に気付き、小走りで彼女の方に向かう。
大雅はそんな花奈を横目に適当な席に腰を下ろした。
「早いですね」
花奈は自分もお皿を取って未央の後ろに並んだ。
どうやら食堂では自分でお皿におかずをよそっていくシステムがあるらしく、入所者が列を作って並んでいた。
「そうかな? 私いっつもこれくらいだよ」
未央は腕時計を見ながら笑った。
「そ、そうなんですね」
「うん。まぁ、別にギリギリでも怒られはしないけど」
「美味しそうなものばかりですね」
花奈は首を伸ばし、先に置かれているおかずを見た。
それらは窪んだお皿の上に大盛りに乗せられていて、とても朝食とは思えないほどの豪勢な食材が所狭しと並んでいた。
「どれでも好きなの取っていいんだよ」
未央が教えてくれた。
「はい」
花奈は返事をしてここでの食事はバイキングのようなものだと把握した。
そういえば昨日の夕食もこんな感じに並んでいたな、と不意に思い出す。
「どうぞ」
未央の声に顔を上げると、未央が笑顔でトングをこちらに差し出していた。
「あ、ありがとうございます」
花奈は慌てて受け取った。
そんな花奈を未央は笑顔で見つめて前に向き直り、自分の好きな料理をお皿に盛っていった。
花奈も未央を真似ながらとりあえず端から順番に料理を取ってお皿に盛り付けていく。
(あ、そういえば大雅くん置いてきちゃったけど大丈夫かな)
ふと大雅を放ってきてしまったことに気付き、花奈は慌てて辺りを見渡す。
すると、今花奈が並んでいる列の長テーブルを挟んだ向こう側に同じような長蛇の列の中並ぶ大雅の姿が目に入った。
(よかった、ちゃんと大雅くんも並んでた)
花奈はホッと安心して前に向き直った。
すると未央が大雅の方を見ているのが目に入った。
「ど、どうしたんですか、先輩」
花奈が尋ねると未央は笑って聞いた。
「あの子って花奈ちゃんの友達?」
「え、あ、友達というか同じ部屋の子です」
「へぇ〜」
「どうしたんですか?」
「ううん、何でもないよ」
未央は花奈にもう一度笑顔を見せ、自分も前に向き直りまた料理をよそい始めた。
花奈は未央の態度に疑問を持ったが大したことはないだろうと思い直して料理をよそった。
※※※※※※※※※※
「朝ごはん、美味しかったね」
部屋に戻り、洗面所で髪の毛をときながら花奈は言った。
「うん」
大雅は短く返事をしてカバンからノートや筆記用具を取り出していた。
大雅たちはこれから将来社会復帰するために必要な勉強をしに行くのだ。
いわゆる簡単な授業のようなものを受けにいくことになっている。
「そういえばさ」
花奈は髪の毛を器用にツインテールに結びながら話を切り出した。
「何」
「先輩と知り合い?」
「先輩……?」
大雅は未央のことだとすぐには理解できず、怪訝そうに眉をひそめた。
「あ、ごめん。先輩っていうのはさっき一緒に朝ごはん食べた人。髪の毛長くてサラサラの」
「ああ、あの人」
花奈が慌てて説明すると、大雅はようやく理解できたと言う風に頷いた。
「知り合い、だったりする?」
改めて花奈は尋ねた。
「ううん、初対面」
大雅はそう答えた。
「そっか」
意外だった。
未央が食堂で大雅を見つめているのに気付いた時、未央と大雅は知り合いなのかと思ったからだ。
逆に知り合いでもない人間をガン見することなんてまずないはずだ。
「違うんだね」
「うん」
大雅に素早く切り捨てられ、花奈は予想も外れてうなだれた。
(じゃあ何で先輩は並んでる時大雅くんのこと見てたの……?)
ますます謎が深まった。
なぜ未央は大雅のことをずっと見つめていたのだろうか。
一緒のテーブルに座って三人で食事をしていた時も、どこかに視線を泳がせつつも大雅の様子を伺っていたように見えた未央。
少なくとも未央の横で食事をしていた花奈は未央の態度に多少の違和感を感じていたのだ。
(う〜ん、何なんだろう……)
花奈は顎に手を当てて考え込んだ。
「ねぇ」
不意にポンと肩を叩かれて花奈は飛び上がってしまう。
「えっ!? な、何!?」
「授業、行かないの?」
大げさすぎるほど驚き飛び上がった花奈を、訝しげに見ながら大雅は尋ねた。
「あ、う、うん! 行く!」
花奈は急いでカバンから筆記用具を取り出して、部屋を出る大雅を追って授業へと向かった。




