放たれた黒塊
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「ねぇ、本当にいいの?」
先を進む龍斗を小走りで追いかけながら、茜が尋ねる。
茜はとても不安だった。
まだ早朝なのもあるのか、起きている先生は誰一人いなかった。
だが生徒の送り作業が再開されればいずれ二人がいなくなったことがバレてしまう。
「大丈夫だって。そんなに気にすんなよ」
だが当の言い出しっぺは平気そうな顔をして歩いていた。
(全くもう……危機感持ってよ……)
そんな龍斗の態度に少々ムカつきながらも茜は龍斗に追いついて走る速さを緩めた。
公民館から少し離れたところにある通りを曲がり、やや狭い道に出る。
時間帯によっては車がたくさん通る時がありその両端には川も流れているため、住民の間でも改修工事をしないと危険だという声が上がっているようだが、未だに整備はされていない。
そんなゴツゴツした危なっかしい道路の脇を二人は歩いていく。
幸いにも車は一台も通っていなかった。
「そういえばさ」
「え?」
唐突に龍斗が口を開いた。
「茜って何かキャラ変わったよな」
「えっ!?」
茜は急に自分のことを言われて驚いた。
少し龍斗から離れた拍子に川に落ちるのを防ぐための小さな堤防に足をひっかけそうになってしまい、慌てて体勢を整える。
「な、何で急にそんなこと言うの」
恥ずかしくてたまらなかったが、おそるおそる見上げると龍斗は笑って言葉を紡いでいた。
「いや、だってさ、入学したての頃はずっと寝て朝から晩まで寝て授業中も寝て……」
(あ、ディスられてる)
茜は龍斗を睨みつけた。
茜からの冷たい視線を感じて横を見た龍斗は、茜のふくれっ面に焦る。
「あ、違う違う! 褒めてるんだぜ? 寝なくなったな〜って」
「……そうなの?」
「当たり前だろ」
龍斗はそう言いながら、顔を真っ赤にして頰を指でポリポリとかいた。
(褒めてくれてるならディスるような言い方しないでよ、紛らわしいじゃん……)
茜は心の中でそう思ったが、反面嬉しくもあった。
自分のことを褒めてくれた。
案外優しいところもあるな、と茜は龍斗を見直していた。
「うわっ! 茜大丈夫か!? 顔赤いぞ!?」
龍斗の叫び声に思わずビクッとしてしまう。
自分でわからないのは当然だが、どうやら茜の顔も赤くなっていたらしい。
(そうかもしれないけどわざわざ大きい声で言わなくたっていいじゃん……!)
茜は少しでも龍斗を見直したことを後悔した。
「大丈夫だよ! 急に大きい声出さないで。心臓止まる」
「あ、悪い」
龍斗は真剣に謝った。
そんな龍斗を見て茜は思わず吹き出してしまう。
「何で笑うんだよ」
本人は訳がわからないと言わんばかりに唇を尖らせていたが。
龍斗の様子を見る限り、全く無自覚なんだなと茜は思った。
さりげなく褒めてくれる優しさも、大げさに見えて真剣に心配してくれる優しさも、龍斗から自然に出るものなのだ。
「あと私、別にキャラ変えたわけじゃないから」
先に弁解しようとしていたことを思い出し、慌てて言った。
「え? マジで?」
「今は寝てる場合じゃないでしょ」
「あ、そっか」
(龍斗、本当にキャラが変わったって思ってたんだ……。純粋というか天然というかバカというか……)
そんな龍斗にまた笑いが出てくる。
だがいつも通りな彼に安心した笑いなのもまた事実だ。
龍斗本人には口が裂けても言えないことだが。
「まただ。笑うなよ」
「バーカ」
まだ収まりきらない笑いを何とかこらえながら、茜はいたずらそうな表情で茶化した。
※※※※※※※※※※
玄関近くの階段下では、校長先生がひたすら校舎の方を見ながら待機していた。
さっきからずっと進展はなく、辺りは静まり返っている。
「おはようございます」
眠そうにあくびをし、目をこすりながら車から出てきたのは月影先生だ。
昨日は夜になっても何も起こらなかったため、寝ておいた方がいいと校長先生が指示を出したのだ。
「ああ。よく眠れたか?」
「おかげさまで」
「そうか」
先生の笑顔を見て思わず校長先生の顔もほころぶ。
「校長はお休みなされたんですか?」
朝方になると冷え込み、吹き付ける冷たい風に先生は身震いをしながら車の中に置いてある上着を着て校長先生に尋ねた。
「勿論だよ」
「なら良かったです」
月影先生はそう言って校長先生の横に肩を並べて立って尋ねた。
「まだ何も?」
「ああ。中でどうなっているかさっぱりだ」
校長先生は眉を細めて腕を組み、また校舎の方を眺めた。
「やっぱり中に入ったらダメですか?」
昨日からずっと聞きたかったことを、月影先生はもう一度尋ねる。
「どんな状況かわかっていないんだ。目の前のことだけを見て動いてはいけない」
だがあっさり却下された。
「……わかりました」
ダメ元で聞いてみたため、おおよその予想はついていた。
予想通りの返答に頷くしかない。
「三人とも無事だといいがな……」
校長先生は険しい表情でそう言った。
「はい……」
月影先生も険しい表情でそう言った。
※※※※※※※※※※
「もういいだろ? 僕を楽にさせてくれ」
爆弾を片手にまるで諦めたような表情で大雅は言った。
悠希たちが変に動くと大雅が爆弾を爆発しかねないため、悠希も早絵もその場から動けずにただ大雅を見つめることしかできないでいた。
「確かに何万人って人の命を奪っておいて僕だけ楽にしろって虫がいいにも程があるかもしれないよ? でも、僕だってもう嫌なんだ。こんな、爆発しかできない、人殺しの、クズみたいな自分が嫌なんだよ」
大雅は涙を流しながら誰にともなく話していた。
おそらくその言葉の大半は自分自身に向けられたものだろう。
「死んで罪を償って、地獄に行ってまた死んでまた償って……。そうやって永遠に生死を繰り返さないと僕の罪は償えないんだ。……何で学校の爆破なんか始めたんだろ……」
大雅はポツリと呟いた。
悠希はそんな大雅を黙って見つめていた。
今まで何の感情も抱いてこなかった大雅が、ここで初めて罪悪感を抱いている。
大雅も苦しかったんだな、と悠希は思った。
だが、だからと言ってみすみす死なせるわけにはいかない。
悠希は必死にこの場にいる全員が助かる方法を考えていた。
だが一向にいい方法が思い浮かばない。
急がなければ……!
焦る一方で余計に思考が停止する。
返って逆効果だ。
だが急がないといけないのもまた事実だった。
(何か、何かないのか……?)
悠希は必死に頭をフル回転させて考える。
早絵も泣きそうな表情で、いや、既に涙を目にいっぱい溜めながら大雅の言葉を聞いていた。
自分の傷を我慢してまで助けに来てくれた彼女の優しさは絶対に無駄にしてはいけない。
無駄にできない。
早絵のためにも生き残らなければいけないのだ。
悠希が考えを練っていた瞬間だった。
急に大雅が爆弾を床に置いた。
悠希も早絵も予想外の行動に目を見張った。
これから大雅のしようとしていることが全く予測できない。
「君たちも巻き添え食らっちゃうけど、死ぬ覚悟でここまで来たんだから……いいよね?」
大雅は二人にそう尋ねた。
「おい! 陰陽寺!」
何か嫌な予感が悠希の身体全体を駆け巡る。
悠希は急いで大雅を止めようと走り出した。
だが……時すでに遅し。
大雅は思いっきり足を高く上げて床に置いた爆弾を力一杯踏みつけた。
爆弾が割れたと思ったより早く、
ドーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン!!!!!!!
地面が割れんばかりの大音量がしたかと思うと、あっという間に悠希、早絵、大雅の身体は爆風で吹き飛ばされていった。
同時に、彼らの意識もそこで途絶えたのだった。




