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絶対に死なせない

 悠希ゆうきの推測が当たった。

 やはり大雅たいがはここで死のうとしていたのだ。


「そんな……ダメだよ!」


 大雅の言葉に早絵さえが叫んだ。

 見ると、目にいっぱい涙を溜めていて眼球が潤んでいた。

 少しだけ声も震えている。


「確かに陰陽寺おんみょうじくんがしてきたことは悪いことだよ? 絶対許されることじゃない。でも、だからって死ぬのは間違ってるよ!」


 早絵の目から大粒の涙がこぼれ落ちている。

 懸命に大雅に向かって訴える早絵を見て、悠希も言葉を重ねた。


「お前の罪は軽いものじゃない。俺たちはお前に生きて償ってほしいんだ」


 バン!!!

 また大きな音が体育館中に響き渡った。

 大雅が拳で床を叩いて俯いていた。


「お前らはそうやって他人事だからって適当に言えるかもしれないけどな……」


 鼻をすすりながら大雅は呟く。

 床に置かれた拳の上に何粒もの涙がついていく。

 悠希はハッとした。

 大雅が泣いている。

 早絵を刺しても、茜を一晩監禁しても何とも思わずに、これまで幾度となく学校を全焼させていた大雅が。

 最も後者の事は悠希が知らない事だが、前者についてはよくわかっている。

 二人を危険な目にあわせても反省の色一つ見せなかった大雅に、血も涙もない、まさに破壊者だと悠希は失望したものだった。

 そんな、かつて失望した相手が目の前でぐしゃぐしゃに泣いている。


「陰陽……」


「僕は!!!!」


 声をかけようとした悠希を遮って大雅は顔を上げ立ち上がって叫んだ。


「何千何万って人の命を! 簡単に! この手一つで! 奪ってきたんだぞ!?」


 涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃになっている。


「死ぬしかないだろ……」


 そう言ってヘナヘナと座り込んだ。


「陰陽寺くん」


 不意に早絵が大雅の方へ真っ直ぐ歩いていった。


「早絵!」


「大丈夫だよ」


 止めようとした悠希を笑顔で制し、早絵はそのまま一歩一歩足を運んでいく。

 悠希は大雅が何かしないかとヒヤヒヤしながら、大雅に近づく早絵を見守った。

 本当はここで強引にでも早絵を止めるのが正しいのだろうが、下手に暴れて大雅を刺激させて怒らせればまた良くないことが起こるに違いない。

 そう考えてのことだった。

 あと数歩で大雅の目前に早絵が来るというところで、大雅は素早く爆弾を取り出して早絵の方にまっすぐ向けた。


 ※※※※※※※※※※


 その頃、校舎の玄関の方では階段の下にシルバー色の少し高級そうな車が停まり、中から校長先生が降りてきたところだった。

 校長先生は屋上を見上げるが、目を見張り立ち尽くす。

 そこにはテレビで見た景色とは全く違うものがあった。


「三人がいない……」


 そう呟いた直後、車のエンジン音が聞こえてきた。

 校長先生がババッと振り返ると、赤い車が校長先生のシルバーの横に停車して月影先生が出て来た。


「校長!」


 先生は走って校長先生の隣に着いた。


「すみません、遅れてしまって」


 荒い呼吸を必死に整えながら先生は謝る。

 校長先生は笑顔で首を振った。

 だがすぐにその表情は変わる。

 膝に手をついて俯き、呼吸を整えている先生から目を離し、神妙な顔つきで校長先生はもう一度屋上を見上げる。

 依然としてそこの景色は変わっていなかった。


「月影先生」


「は、はい! ……何でしょうか」


 体勢はそのままで顔だけをこちらに向けた先生。

 校長先生は黙って屋上の方を指差した。

 先生の目線も自然と上に上がっていく。

 校長先生の指差す方を見た瞬間に、


「え……!」


 思わず先生の口から驚きの言葉が漏れた。

 テレビで見ていた三人の姿はなく、いつも通りの殺風景な屋上に戻っていたのだ。


「こ、校長。あの子たちは」


「まだわからん。だが報道陣も警察もいないと見ると、学校の中のどこかに移動したのだろう」


「私、行ってきます!」


 そう言って先生は階段を登ろうと走り出した。


「待ちなさい」


 校長先生はすぐに月影先生を止めた。

 先生は急ブレーキをかけるも階段につまずきそうになり、慌てて体勢を整えた。


「どうしてですか? 校長!」


 先生は振り返って尋ねた。

 校長先生はいたって冷静に告げた。


「中で何が起こっているかわからんだろう。もし陰陽寺の怒りが収まってないのなら、先生が行ったところで逆効果だ。さらに彼を逆上させてしまう恐れだってある」


「た、確かに」


「君の気持ちもわかるが、今はここで待機しておこう」


 冷静に考えれば最もな意見に先生は感服し、すごすごと階段を降りた。


「すみませんでした。先走ってしまって」


「大丈夫だ。生徒を守りたいという気持ちが強いのは教師として当然だがとても大事なことだからな」


「……はい」


 校長先生の言葉に月影先生は笑顔で返事をした。


 ※※※※※※※※※※


「早絵!」


 思わず悠希は叫んだ。

 差し向けられた爆弾に早絵の足もピタリと止まる。

 このままでは早絵が危ない!

 悠希は意を決して早絵の腕を掴み、自分の方へ引き寄せた。


「大丈夫か?」


 まだ爆弾が向けられただけなのに早絵をこちら側に避難させることができた安堵感からそう聞いてしまう。

 早絵は悠希の言葉に頷いて笑顔を見せた。


「大丈夫。ありがとう」


「だよな。まだ何もされてないのに」


 反射的に聞いてしまった自分が恥ずかしく、悠希は口角を上げた。

 だがすぐに笑っている場合ではないと思い立ち、頰を両手で軽く叩く。

 数メートル離れた先に俯いて座り込んでいる大雅はまだ爆弾を掲げていた。

 変に動けばすぐに爆発させるに違いない。

 ここは慎重に動かなければ命取りだ。

 早絵の方を見ると、同じ気持ちらしく真剣な表情で頷かれた。

 悠希も頷き返す。

 二人は慎重に覚悟を決めた。


 ※※※※※※※※※※


 公民館では順調に生徒が家まで送られていた。

 だが生徒たちの住んでいる場所も様々でなかなか思うように進まない。

 順調ではなかった。

 大広間ではこの公民館に備え付けてある白い敷布団が並べられていてそこに残った生徒たちが寝ていた。

 窓から朝日が差し込んでその光で目を覚ましたりごそごそとしている生徒が多い。

 流石に朝っぱらから生徒を送ると迷惑がかかるし先生たちも休憩を挟まないと倒れてしまう。

 そのため、生徒の送りは一旦中断されていた。


「____ね」


 あかねは夢の中でこんな声を聞いた。



「____かね」


 さっきと同じ声だ。


「茜!」



 今度ははっきりと聞こえた。

 自分の名前が呼ばれている!

 茜は驚いて飛び起きた。


「おはよ」



 辺りをキョロキョロと見回すと、すぐ隣に龍斗りゅうとが座っていた。


「うわぁ!? びっくりした……」


 思わず飛びのいてしまう茜に龍斗は笑いを隠せなかった。


「寝ぼけてるのか? 何で俺の顔見ただけでそんなにびっくりするんだよ」


「ちょ、笑わないでよ」


 恥ずかしさで顔が赤くなってしまう。

 茜はそんな顔を龍斗に見られたくなくて急いで顔を手で覆った。


「来いよ」


 龍斗に言われて顔から手を離すと、大広間の出口のドア近くに龍斗が立って手招きをしていた。


「え、どうしたの? こんな時間に」


「いいから」


「う、うん」


 龍斗に言われて何が何だかわからなくなっているが、茜はとにかくついていった。

 どこに行くのかとついていきながら龍斗を見ていたが、階段脇にあるトイレに行くわけでもなく、その横にある教師たちが寝ている和室に行くわけでもない。

 龍斗は階段を降りてまっすぐ進み、生徒たちの靴が散乱している下駄箱へ行って自分の靴を取り、座って履き始めた。


「え……龍……」


「しーっ」


 龍斗に制されて茜は慌てて口をふさぐ。


「先生に聞こえたらヤベェから」


 そうひそひそ声で言って、茜に靴を渡してくれた。


「あ、ありがとう」


 茜は小声でお礼を言って慌てながら靴を履き、龍斗を追って公民館を出た。

 朝日が眩しく二人を照らし、その光に目が慣れず目の前が真っ白になる。

 茜は必死に瞬きを繰り返して目を慣らそうと試みた。


「そうだ、急にどこ行くの?」


 まだ慣れない目をしょぼしょぼさせながら龍斗に尋ねる。


「学校だよ」


 龍斗は落ち着いた声でそう言った。


「え? 学校!?」


 思わず叫んでしまい、また茜は慌てて口をふさいだ。


「外にいれば声は聞こえねぇだろ。大丈夫だと思うぜ」


 龍斗は公民館の方を振り返りながら言った。

 そして、


「行こうぜ」


 茜に微笑み、歩き出した。


「あ、ちょ、ちょっと待って!」


 茜は急いで龍斗を追って走る。


(悠希、今行くからな。死ぬんじゃねぇぞ)


 龍斗は心の中でそう念じていた。



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