その3
44 レース中盤戦
『さあ、先頭は11周目となり、レースもいよいよ中盤戦です!』
『ここまででリタイヤが3台というのはなかなか優秀ですね』
『ええ、例年、半数は脱落しますものね。……ですが、これからさらに白熱するでしょうから、予断は許しません!』
11周目に入って、先頭はゼッケン57番となっている。11番は2位につけている。
シンは7番手まで順位を上げていた。
そしてデプス・カーターは10番目。
ようやくレース中盤、状況が動き始めるのはこれからである。
『おっ、先頭グループの36番、11番を抜きに掛かった!』
『いいタイミングですね。20度バンクでうまくインをつきましたよ。あれでは11番はライン取りが苦しいでしょう』
『セイナさんの言うとおり、36番の勝ちですね。これは見事!』
中盤になると、こうしたシーンが見られる回数が増えてきた。
しかし、である。
『ああっ、オーバースピードです! 第2コーナーで103番、コースアウト! フロント部分を激しくぶつけました!!』
『これは……リタイヤでしょうね』
操縦者も、観客も、次第にヒートアップしていく……。
12周目の順位:
57、11、36、53、16、42、111(シン)、6、83、112、117、123、30、4、22、17。(103はリタイア)
16台。
45 クラッシュ
15周目になり、中盤戦も中盤。いよいよ大きく順位が変動し始める頃だ。
無理な軽量化をした場合、トラブルが生じてくる頃でもある。
それは16周目、第2コーナーでのこと。
アウトコースからインを突いた16号車のフロントタイヤが突然外れた。
コーナリングの最中なので、16号車はバランスを崩す。
そのままアウト側にいた53号車と36号車を巻き込んでコースアウトしたのである。
『ああっ! 第2コーナーで事故です!! 3台が絡む事故が発生しました!』
『どうやら車軸が折れたようですね。アウト側のフロントには大きな荷重が掛かりますから。……おそらく、軽量化のし過ぎで強度が不足したのでしょう』
『なるほど、そういうことですね……3台ともコースアウト! ああ、いずれも車輪が外れています。これはコース復帰は絶望的でしょう!』
『ここへきてリタイヤですね……』
『あ、123番、走りがおかしいですね』
『確かに。何かマシントラブルでしょうか? ……ああ、停まってしまいました』
『やはりマシントラブルのようですね。おそらく駆動系でしょう。チェーンが切れたのかもしれません』
が、残る12台は堅実な走りを見せている……。
17周目の順位:
11、57、111(シン)、42、112、83、6、117、22、17、4、30。(16、53、36、123はリタイア)
12台。
46 レース後半戦
『さあ、いよいよ21周目、レースも後半戦です!』
『いよいよ目が離せませんね』
『先頭はゼッケン57! ゼッケン11と抜きつ抜かれつ、先頭争いはこの2台です!』
『そろそろタイヤの消耗も目立ち始める頃です。またレースが動きますよ』
『観客にとっては楽しみですね』
『操縦者に取ってはプレッシャーですけどね』
第2グループの先頭は111番。
つまりシンが3位である。
その後方には112番が上がってきていた。
「ついにとらえたぜ、111番」
ほくそ笑むデプス・カーター。
「俺様の邪魔をした落とし前はキッチリ付けてもらう」
にやりと笑うデプス・カーター……。
シンはバックミラーで112番の追い上げを察知した。
「大パワーのゴーレムと極太タイヤで重量級の車をねじ伏せるように走っているみたいだな……」
『継承者』として、シンはそんな分析もできるようになっていた。
「あと8周、そろそろスパートしないと」
車の挙動に異常はなく、コンゴーとの連携も問題なし。
シンはアクセルをさらに踏み込んだ……。
22周目の順位:
11、57、111(シン)、112、42、117、83、6、17、22、30、4
12台。
47 レース終盤戦
『さあ、残すところあと3周、レースもいよいよ終盤戦です』
『ここへ来てゼッケン111が先頭グループに迫ってきましたね』
『そうですね。それ以上にゼッケン112の追い上げが凄いですが、セイナさんはどう見ますか?』
『112番は確かに速いです。ですがその速さはやや荒削りですね』
『と言いますと?』
『車の性能にかなり依存しています。おそらくゴーレムのパワーは今大会一でしょう』
『なるほど、そういうことですか』
『逆に言えば、まだまだ伸びしろがあるということでもありますが……』
ここで第2グループに異変が起きる。
まず、42番がやや強引に112番を第2コーナーで抜きに掛かった。
それを察知した112番はラインをわずかにイン寄りに変更。
その際、小さな砂利が数個、タイヤに跳ね飛ばされて宙を舞った。
「うわっ!?」
その砂利が42番のフロントウィンドゥを直撃したのだ。
石英ガラス製のフロントウィンドゥに大きくヒビが入った。
それに気を取られ、わずかにハンドル操作が甘くなる42番。
リアが滑り出したが、カウンターを当てるのが遅れた。
スピンである。
「わあああ!」
「避けられないっ!」
ダートでのコーナリング中にステアリングをこじるのは厳禁である。
フロントタイヤはいとも容易くグリップを失ってしまうからだ。
意図しない4輪ドリフト。
コントロールを失った車はアンダーステアとなり、コーナー外へと膨らんでいく。
『ああっ! 第2コーナーで42番、スピン! 後続の117、83の2台はそれを避けようとしてコースアウト!』
『ダートコースでの高速コーナリングはこれが怖いんですよね。タイヤグリップの限界が低いので、マシンコントロールがものすごくシビアなんです』
コースアウトしたゼッケン117と83はレースに復帰した。
……が、最下位にまで落ちてしまい、優勝争いからは脱落してしまったといえよう。
「くそぅ、なんてこった……」
「悔しすぎるぜ……」
それでもレースは続いていく。
28周目の順位:
11、57、111(シン)、112、6、22、17、30、4、117、83。(42はリタイア)
11台。
48 最後の1周
『さあ、泣いても笑ってもあと1周。今、11台の車がスタンド前を駆け抜けて行きます!』
『やはり半数近くが脱落してしまいましたね』
『そうですね、セイナさん』
『無事走りきれる、というのもなかなか難しいことなんです』
『そういうことですね……』
そして、レースはさらに動く。
「よし、ここだ!」
舗装された直線の半ばで、シンは今大会初めてアクセルをベタ振みした。
コンゴーはそれに応じ、フルパワーでペダルを漕ぐ。
ぐん、と加速する111番、『ローランドZ86』。
「うおっ!?」
その加速は、同じく狙いを付けていた112番の加速を上回る。
『おお、111番、すごい加速です! これは速い!!』
『最終兵器として温存していたようですね。112番もフル加速しているようですが、それ以上です。……これは、ゴーレムの性能がよほどいいのでしょう。あるいは……』
『あるいは?』
『フルパワーを長時間出すのは無理なので、最後の1周に取っておいたのではないかと』
『なるほど、ありえますね』
『一方、112番はずっとフルパワーを出してきましたから、111番の瞬発力にはいま一歩届かなかったようです』
「くう……あいつ、まだあんなスピードを出せたのか!」
遠ざかっていく111番を見て、悔しがるデプス・カーターであった。
そしてシンは、第1コーナーで前を行く57番のインを突いた。
そのままコーナー出口で前に出る。
シンは2位に上がった。
29周目の順位:
11、111、57、112、6、22、30、17、4、117、83。
11台。
49 ゴール前の攻防
ダート区間に入っても、111番の進撃は止まらない。
『凄い! ここへ来て、まだペースが上がる!』
『111番の底力ですね!』
そして第2コーナーで、シンはついに先頭の11番の前に車のノーズを割り込ませることに成功。
「ここだ!」
第2コーナーは右コーナー。
一瞬、左にステアリングを切り、すぐに右へ切り直す。
これにより、車のテールが大きく流れ、11番を牽制。
そのままドリフトしつつ右へ。
いわゆる『逆ドリフト』に近い技術だ。
楓子に用意してもらった山道で偶然身につけたテクニックだった。
「うわっ!」
頭を抑えられた11番はわずかに失速。
そしてコーナー出口からは舗装路、コンゴーの力の見せ所だ。
邪魔者のいない直線をフル加速していく111番。
ゴールラインは目前だった。
50 栄光のチェッカーフラッグ
『おおっ、素晴らしいテクニック!』
『『逆フリ』ですね。使いこなしているとはいえませんが、ここ一番で出せるというのは凄いです。車の足回りの剛性も高いのでしょう』
『そして最後の直線、フル加速! 11番、追い付けない! ……111番、シン・ニドー、ゴ——ル! ……しかも、コースレコードです! タイムは1分32秒! 続いて2着、11番!』
『いいレースでしたね』
最終的に、111、11、112、57、22、6、30、4、17、117、83の順となった。
「シン様、優勝おめでとうございます」
「ありがとう。これも楓子とコンゴーのおかげだ」
大歓声が響き、紙吹雪が舞う。
優勝した喜びを噛みしめるシンであった。
51 表彰
レース後の車検が行われ、何も不正がないことを確認した後、表彰式となる。
「シン・ニドー殿、優勝おめでとう」
「ありがとうございます」
主催者のトップ、『ラグラングループ』の会長であるロデリック・ラグランから賞金を書き込んだプレートが手渡される(現金はこの後もらえる)。
そして優勝トロフィーが。
ちなみにレースクイーンはいない。
風紀の問題で3年前に自粛したのだそうだ(物語に関係ないので詳細は省く)。
2位、3位の表彰も終わり、競技会場は拍手と歓声に包まれた。
そんな中、3位に入賞したデプス・カーターは時折シンを睨みつけていた……。
52 賞金
「これで当分、旅費には困らないな」
「さすがです、シン様」
宿『青空に白い雲亭』に戻ったシンと楓子、コンゴー。
革袋に入った賞金200万トール(約2000万円)は、4分の3を楓子に預けてある。
楓子はそれをエプロンのポケットにしまってしまった。
にもかかわらずポケットが膨らんでいないのでシンが尋ねると、
「このポケットには極小の『転移門』がセットされておりまして、別空間にある倉庫に保管しておけるんです」
とのことだった。
実際、その倉庫は『二堂城』地下にあって、魔導頭脳『北斗』によって管理されているのだ。
なので本当は旅費の心配もない(なくなれば『北斗』が都合してくれる)のだが、シンの社会勉強のため、それは内緒にされている。
そして宿ではシンの優勝祝いの宴会が。
今回は全部シンのおごりである。
「シン君、優勝おめでとう!」
「見てたぜ! すごかったなあ!!」
「おめでとーおめでとー」
「ありがとうございます」
「乾杯!」
シンはお酒は苦手(一応15歳がアルコール類解禁だが)なのでソフトドリンクである。
が、宿の宿泊客の大半はジョッキでビールを飲んでいた。
「さあさあ、どんどん食べてくださいねー」
看板娘のセリーナが唐揚げを山盛りにした皿を置いていく。
かと思うとフライドトポポ(ポテト)やハンバーグも並べている。
要するに酒飲み用の献立だ。
カイナ村での宴会と同じく、楽しく、陽気に。
それに加えて、ここでは見知らぬ同士が盃を交わしている。
酒を飲まないシンには、ちょっと引いてしまう雰囲気だ。
(でも、こういうのも悪くないな)
場の空気は和やかで、平和であった。
53 出発
宴会の翌日。
「お世話になりました」
「お元気で、シンさん」
「寂しくなりますね……」
シンは慣れ親しんだ『青空に白い雲亭』を発つことにした。
次の目標はセルロア王国である。
見送るのは宿の主人と、看板娘セリーナ。
「シンさん、いいんですか? 自動車を置いていっても……」
「ええ、また旅の帰りには寄りますから、それまで預かっていてください。預かり賃として乗ってもいいですよ」
が、宿の主人は首を横に振った。
「それは魅力的だが、ゴーレムがいないからね……」
「あ、そうでしたね」
これは『足漕ぎゴーレム自動車』であるから、エンジンとなるゴーレムがいないと動かないのだ。
「まあ、ちゃんと預かっておくから、心配しないで」
「お願いします」
宿の主人に軽く頭を下げ、看板娘セリーナに手を振って、シンはゴーレム馬『グレイ』にまたがった。
「それでは、また」
「またね、シンくん」
晴れた空の下、シンは首都アルバンを後にしたのであった。
54 国境手前
セルロア王国を目指すシンたちは南へと街道を南下する。
だんだんと人通りも少なくなり、移動速度も上がっていき、その日のうちに国境手前の町『マトレ』に着いた。
「今日はここに泊まって、明日は国境越えでいいな」
「はい、シン様」
セルロア王国との国境には『トーレス川』が流れており、そこを渡る必要がある。
大昔は渡し船だったらしいが、今は橋が架かっているので楽だそうな。
エゲレア王国側にはここマトレと同規模の町『フレク』があり、その先には街道の要所である地方都市『ウラウ』がある。
そこからエゲレア王国首都『エサイア』へ向かう街道は幾つかあるので、どれを使うかはウラウで情報を集めて決めよう、ということにしている。
「セルロア王国はどんな国かな」
「その昔は、あまりいい話は聞かなかったようですが、2代目『魔法工学師』ジン様の頃の王様は賢王で、いろいろな改革もなさったようです」
「そういう話も向こうへ行けば詳しく聞けるかな?」
「はい、きっと」
「楽しみだ」
国境の町マトレの夜は静かに更けていく……。
55 国境
翌朝、シンは普通に朝食を食べ、一般客が出立する時刻に宿を出た。
街道は拠水林……川などの流れに沿って繁茂する林を抜けていく。
「あまりセルロア王国と行き来する人っていないのかな?」
道行く旅人や馬車が少ないのでそんな疑問を抱くシン。
「そうですね……おそらく、この街道よりも西にある街道の方がよく使われているのではないでしょうか」
楓子が答えた。
「そちらの街道の方が、セルロア王国の首都により近いようですから」
「なるほどね。商売なら時間は大事だものね」
シンの場合は見聞を広げるための旅であるから、このコースを取っているわけだが、ビジネスならば最短距離を選ぶ者が多いというわけだ。
そして広い川に出る。トーレス川の上流部だ。
上流部とはいえ、川幅は50メートル以上ある。
そこに、幅10メートルほどの石橋が掛かっていた。
「この川を渡ればセルロア王国か」
「はい」
「左側通行なんだな」
「2代目が提唱し、3代目ジン様もそれを支持したそうです」
加えて言うならはるか昔の『賢者』も、馬車は左側、人は右側とおっしゃったそうです、と楓子は説明した。
「この橋では人も左側通行のようだね」
「そうした例外はあるようです」
ということでシン一行は橋の左側を渡っていったのである。
56 砦跡
橋を渡った先には古い砦跡があり、改築されて休憩所になっていた。
シンたちもそこでちょっと休憩することに。
「ちょっと喉が渇いたな」
「南下してきましたから、日差しも強くなりましたし、気温も上がっていますからね」
「ああ、そうか」
太陽セランも高く昇り、地表を照らしている。
気温は摂氏25度くらい、現代日本なら夏日である。
「休憩所で冷たい水を飲みましょう」
「ああ、いいな。日陰は涼しいや」
砦跡を利用した休憩所は石造りなので湿度が低く、日陰に入れば楽である。
そこに先客がいた。
57 商人
先客は商人のようだった。
「やあ、こんにちは」
「あ、こんにちは」
気さくな男は、楓子を伴って訪れたシンに、にこやかに声を掛ける。
「シンさん、ですよね」
「え、僕のことをご存知なのですか?」
「ええ、それはもう。レースを見ましたからね」
「ああ……」
『足漕ぎゴーレム自動車競技』を観戦していたというのである。
それならシンの顔を知っていたのも納得の理由だ。
「私は『ゴアド』といいます。ゴアド・チキ・エンヤ。アルバンの商人です。今回はセルロア王国へ行くところでして。シンさんもセルロア王国へ?」
「あ、はい」
「それはそれは」
ちらと周囲を見ると、護衛らしき男が3人、それに屈強そうなゴーレムが3体いる。
これなら道中の安全は間違いないだろうなとシンは思った。
「冷たい水はいかがですか?」
「え、あ、いただきます」
自前の水筒にも冷たい水は入っているが、ここはゴアドの厚意を受けることにした。
「冷たくて美味しいですね」
「そうでしょうそうでしょう。この『保冷瓶』に入れておくと、半日以上は冷たいままなんですよ」
「……そうなんですね」
カイナ村では何百年も前から使っているが、それは口に出さないシン。
「そういえば、ゼッケン112番のことをご存知ですかな?」
「デプス・カーターという、貴族の御曹司だとは……」
「まあ、そのとおりなんですが、彼、侯爵家の令嬢にプロポーズしておりましてな。その際、『1番を手に入れ、貴女に捧げます』と豪語したんだそうですよ」
「ははあ……」
それで111番にこだわっていたのか、とシンは妙に納得をした。
「もちろんレースは1位を目指していましたが、結果は3位。結果、宣言を果たせなかったということで振られたそうです」
「……」
なんというか、自業自得だなあ、と半ば呆れ、ほんの、ほんのちょっとだけ気の毒に思ったシンであった。
「ゼッケン1でも11でもよかったでしょうし、11位だってよかったかもしれませんのにねえ」
そんなとんちみたいな、とシンは思ったが口には出さなかった。
「さて、興味深い話をありがとうございました」
あまりのんびりもしていられないので、シンは出発することにした。
「僕は先を急ぎますので、僕はこれで失礼します」
「おお、そうですか。ではまた、どこかでお会いしましょう」
「水、ごちそうさまでした」
そしてシンはその場を後にした。
58 フラグ
「旅に出た日だったかな、楓子に聞いたよね」
「街道の治安ですか?」
「そうそう」
「この街道は、普段は人通りは少ないと思いますよ。なぜなら、ここ国境に警備兵がいませんから」
この時代、平時は各国間の行き来はフリーである。
城塞都市のみ審査がある、といった程度。
「そうだよなあ」
「ですが、あの商人さん、かなり高価そうな荷物を運んでいるようですね」
「わかるのかい?」
「ええ、まあ……」
「それって、手間を掛けてでも奪ったら儲かるくらい?」
「多分……」
「……何ごともないといいんだけど」
「シン様、それは『ふらぐ』と言うそうですよ?」
「え?」
「2代目『魔法工学師』ジン様が時折仰ってました。『無事帰ってきたら結婚するんだ』とか、『後から追いつくからここは俺に任せて先にいけ』とか、『俺は最強だ!』とか『なんだ気のせいか』とか『やったか!?』とか……」
「……」
その時、今出てきたばかりの砦の中から轟音が響いた……。
59 救援
「な、何だ!?」
「シン様、戦闘音です」
剣と剣がぶつかり合う音や、ゴーレムが何かを殴る音、そして人間の苦悶の声が響いてくる。
「戻ろう!」
「よろしいのですか?」
「うん、ここで見捨てたら、僕は僕を許せないから」
「わかりました。わたくしは全力でシン様をお守りします」
「ありがとう。……コンゴー、来てくれ!」
「ワカリマシタ」
シンは、楓子とコンゴーを引き連れ、砦へと戻った。
そこには……。
「戦闘用ゴーレム!?」
謎の戦闘用ゴーレムが5体、ゴアド一行を襲っていたのである。
人間の護衛は3人とも倒れており、今戦っているのは護衛のゴーレム3体。
が、多勢に無勢な上、性能も賊の方が上のようで、倒されるのも時間の問題だろう。
そこへ、コンゴーが割って入った。
60 戦闘
コンゴーの戦闘力は高く、一撃で賊ゴーレムは吹っ飛んで動かなくなった。
「こ、これは?」
「加勢します!」
「お、おお、シンさん!」
「一箇所に集まってください! 楓子、けが人をこっちへ!」
「はい、シン様」
幸い、けが人が倒れていた場所と戦闘エリアは少し離れていたのでなんとかなった。
「楓子、医療魔法は使えるか?」
「中級レベルまででしたら」
「けが人を頼む」
「はい、シン様。『快復』『回復』……大丈夫そうです」
傷を塞いだ後、体内の臓器類を賦活し、回復を早めたのだ。
その間にも、ゴーレム同士の戦闘は続いている。
「コンゴー! 戦闘不能を目指せ! 無理はするな!」
シンは指示を出す。
コンゴーはその指示に従い、もう1体を弾き飛ばした。
これで4対3(商人ゴアドのゴーレム3+コンゴー)である。
が、ゴアドのゴーレムは中破し、戦闘力は大幅に低下しているため、3体でようやく1体と互角だ。
なのでコンゴーが4体を相手にしている。
それでもコンゴーは力負けしていない。
「お、やった!」
賊ゴーレム1体を戦闘不能にしたのである。
これで流れはこちらに来た。
余裕の出てきたコンゴーはもう1体を倒す。
そうなるとさらに余裕ができ、相手を倒しやすくなる。
そしてもう1体。さらに余裕ができる。
結局、襲ってきた5体のゴーレムはコンゴーによって戦闘不能となったのである。
61 礼
「コンゴー、よくやった」
「オソレイリマス」
仁はまずコンゴーのボディチェックを行った。
「異常はないな」
「ハイ、ジョウブニデキテイマス」
「はは、そうか」
次にシンは商人ゴアドのゴーレムを診る。
3体ともかなりのダメージを負っていた。
「応急修理ならできますが」
「おお、シンさん、すみませんがお願いします」
「はい。……『変形』『融合』……『接着』『変形』……これでなんとか動きます」
「おお、これは素晴らしい! 今、手持ちは少ないのですが、これは気持ちばかりのお礼です」
「いえ、そんな……」
「いやいや、私は商人、無償での修理は認められません。どうぞ、お受け取りください」
「そ、そうですか? それでは……」
シンは礼金として20万トール(約200万円)を受け取ったのだった。
62 自爆
行動不能にしたゴーレム5体を前に、シンはどうしようかと考えていた。
「バラして使えそうな素材をもらっておこうか、それとも……」
その時、楓子がシンの前に出て叫んだ。
「シン様、危ない!」
その一瞬後、5体のゴーレムが爆発したのである。
が、爆風も破片も、楓子の展開した『障壁』によって完璧に防がれていた。
「あ、ありがとう、楓子」
「はい。わたくしがシン様をお守りいたします」
「しかし、自爆か……」
「誰が命令したのか、わからないようにしたのでしょうね」
「そういうことか」
犯罪者の心理というのは難しいなと感じたシンである。
「さあ、出発しましょう」
「そうだね」
63 降りかかる火の粉(比喩)
だが、簡単に出発はできないようだった。
今度は、身長が4メートルほどの大型ゴーレムが2体現れたのである。
「あれも賊のゴーレムか!?」
「おそらくそうです。魔力パターンが一緒ですから」
「とすると、素直に通してくれそうもないな」
「迎え撃ちますか?」
「降りかかる火の粉は払わないとね」
そしてそのゴーレムは、まさしく『降りかかる火の粉』だった。
シンや商人ゴアドに向かって、火属性の魔法を放ったのだ。
「『障壁』」
が、それは楓子が展開した『障壁』によって防がれた。
「コンゴー、あいつを止められるか?」
「ヤッテミマス」
コンゴーは倍以上の体格さのある敵へと立ち向かって行ったのである。
64 戦闘用ゴーレム
「あ、あのゴーレムは……」
怯えるゴアドに、シンは尋ねる。少しでも情報がほしいのだ。
「ゴアドさん、あのゴーレムに心当たりが?」
「あ、はい。……量産型ではありますが、セルロア王国の戦闘用ゴーレムです。10体あれば国を落とせるという噂もあります」
「へえ……」
「先月、それが2体盗まれるという事件がありました」
「つまり、あれは……」
「盗まれた戦闘用ゴーレムです! あれには敵うはずがありません!」
ゴアドの言葉を聞いたシンは、戦闘用ゴーレムを分析してみることにした。
「『分析』……うん、なかなかのパワーだ……」
距離があるので詳細は調べられなかったが、コンゴーよりもパワーがあるのは間違いなさそうだった。
そしてそれは事実で、次の瞬間コンゴーは蹴り飛ばされて砦の壁をぶち抜いたのであった。
65 交代
「コンゴー!」
「シン様、大丈夫です。コンゴーはあの程度で壊れたりはしません」
「そ、そうなのか?」
「ですが、コンゴーでは勝てないでしょう」
「では、どうすればいいんだ?」
こういう戦闘の経験がないシンは、楓子に頼るしかなかった。
「まずはコンゴーをこちらに呼んでください」
「わかった。コンゴー、こっちへ来てくれ」
「ワカリマシタ」
瓦礫の中から、何ごともなかったように立ち上がるコンゴー。
「コンゴー、なんともないか?」
「ハイ、ダイジョウブデス」
「シン様、これよりわたくしが出ます。その間、コンゴーに守ってもらってください。コンゴー、頼みましたよ」
「え、楓子!?」
楓子は地を蹴って飛び出した。
「わたくしは楓子! 『魔法工学師』、ジン様の娘です!」
66 楓子
弾丸のように飛び出した楓子は、大型ゴーレムの一体に体当たり。
があん、と金属音がして、大型ゴーレムは転倒した。
楓子も跳ね返されたが、危なげなく着地。
「うーん、まだパワー不足ですね……シン様、第1段階リミッター解除のご許可をいただけませんか?」
「え? ……それより、楓子、危ない!」
悠長なことを言っていた楓子は、もう1体の大型ゴーレムに捕まってしまった。
両手で掴まれ、締め付けられていく。
「楓子!」
「わたくしは大丈夫です。……シン様、許可を」
大型ゴーレムに両手で胴体を締め付けられているのに楓子は平然としていた。
「ああ、わかったよ! 第1段階リミッター解除を、許可する!」
効果は劇的だった。
「キーワード受領。リミッター第1段階解除。パワー50パーセント解放」
楓子が腕をちょっと動かすと、大型ゴーレムの締付けが緩んだ。
そのまま右腕を引き抜くと、自分の身体を締め付けている大型ゴーレムの指を握った。
「え……?」
まずは人差し指が握り潰された。
人間ならその痛みで手を放すだろうが、ゴーレムは痛みを感じないため、残った指で楓子を握りしめている。
楓子は次に中指を握り潰し、薬指を握り潰した。
そして順に、親指を除いた8本の指を握り潰すと、さしもの大型ゴーレムも捕まえていられなくなったようで、楓子は自由の身となった。
「では、こちらからお返しです」
手を握れなくなったくらいで大型ゴーレムの動きは止まらない。
その大きな足で楓子を蹴り飛ばそうとする。
「図体の割には素早いですね。ですが、まだ遅すぎます」
楓子は伸び切ったゴーレムの蹴り足を、振り上げた右膝と振り下ろした右肘で挟み込んだ。
鈍い音がして大型ゴーレムの膝から下が潰れる。
「え……?」
見ているシンにも、何が何やら。
「楓子って、あんなに強かったのか……だって、礼子媛の100分の1って……」
それじゃあ、礼子媛ってどれだけ強いんだ、と少し背筋を寒くしたシンであった。
67 決着
「また自爆されたら厄介ですから」
と呟いた楓子は、大型ゴーレムの胸部装甲を、まるで障子紙を破るように引き剥がしてしまう。
そして内蔵されていた『魔素変換器』を取り外してしまった。
これで完全に大型ゴーレムの動きは止まる。
が、まだ、もう1体の大型ゴーレムが残っている。
先ほど楓子の体当たりでも壊れなかったものの、どこか調子が悪くなったらしく、今ようやく立ち上がったところ。
そして楓子を認めると、火属性の魔法を放ってきた。『炎玉』だ。
「まだ抗いますか」
『炎玉』を右手の一振りで掻き消した楓子は、もう一度体当たりを敢行。
轟音が響き、大型ゴーレムは胸部を大きく凹ませながら20メートルも吹き飛んだのだった。
そして地面を2度3度とバウンドし、動かなくなる。
楓子はこのゴーレムからも『魔素変換器』を抜き取った。
「シン様、終わりました」
「ご、ご苦労さま、楓子」
「いえ。……では、改めましてリミッターをお掛けください。キーワードは『リミッターオン』です」
「いや、まだ何かあるかもしれないから、もう少し今のままでいてくれ」
「わかりました」
68 ウラウの町
「いやあ、シンさん、助かりました! 命の恩人です!!」
商人ゴアドはシンを拝むように頭を下げた。
「いえ、もういいですから。それよりも早くここを離れましょう」
「おお、そうですな」
「次の町まではご一緒しますから。馬車は無事ですか?」
「かたじけない。幸いにも無事です。もちろん荷物も、」
ということで、シンたちは次の町……ウラウの町までは行動をともにすることとなった。
護衛たちはその1つ手前、フレクの町で療養させることになる。
護衛のゴーレム3体はシンが応急修理したので問題なくゴアドの馬車の速度についてくることができた。
シンとゴアドはウラウの町へ……。
69 世界警備隊
その日の夜にはウラウの町につき、警備兵に報告。
警備兵は直ぐに行動を開始、翌朝には事件を把握していた。
そして……。
「私は『世界警備隊』第3機動部隊副隊長のケン・ダバ・デココという。シン君、ゴアド殿、捜査への協力、感謝する」
「どういたしまして」
「他人事ではなかったですからな」
事件から2日。
この事件は『世界警備隊』あずかりとなり、シンやゴアドも協力していたのである。
その甲斐あって、犯人の目星もついたという。
「制御核を調べたところ、セルロア王国の元宮廷技術者で、思想が過激なため解雇された男が犯人だ」
これからその男は国際指名手配犯となる。
これでシンたちも自由に旅立てるわけだ。
70 エピローグ
「さあ楓子、僕らも行こう」
「はい、シン様」
シンたちの旅はまだ始まったばかり。
これからもさまざまな人に出会い、さまざまな体験をするだろう。
そしていつかカイナ村に帰る頃には、一人前の『魔法技術者』になってやろう、という想いを胸に、シンは青空の下、旅を続けるのであった。
またいつか、彼らの旅を語ることもあるかもしれない……。
〜完〜
お読みいただきありがとうございました。
本編の更新は1月5日(日)12:00からの予定です。
20250103 修正
(誤)シンは礼金として20万トール(約200万円)を受け取った。のだった。
(正)シンは礼金として20万トール(約200万円)を受け取ったのだった。




