序
新年あけましておめでとうございます。
本年もどうぞよろしくお願いいたします。
01 プロローグ
「いったい、ここは……」
御堂迅は呟いた。
周囲は上も下も、周り一面が灰色一色である。
それどころか、自分が立っているのか寝ているのか、はたまたひっくり返っているのかさえ定かではない。
つまり、無重力状態のような感じなのだ。
どうしてこうなったのか、御堂迅は、記憶を辿ってみる……。
「確か、バス停でバスを待っていたはず……」
高校前にあるバス停で、帰宅するためにバスを待っていた、そこまでは覚えている。
が、そこで記憶は途切れており、この灰色の空間にいる理由はまったくわからない。
そんな彼の隣に、もう1つ人影が現れた。
紺色のブレザー姿の女の子だ。
長い黒髪を左右に分け、後ろで三つ編みにしている。
(あの制服は……乙女百合女子学園か……)
乙女百合女子学園は、御堂迅が通う五段高校のそばにあるお嬢様学校である。
最近、制服がセーラー服から紺色のブレザーに変更された。
ただしスカート丈が膝下という、今どき珍しい……いや、絶滅危惧種的なデザインである。
……それはさておき。
その子は不安そうに周囲を見回していたが、御堂迅に気付くと、おずおずと近付いてきて尋ねた。
「……あの、ここは……どこなんでしょう?」
「いや、それは、俺も知りたい」
多少ぶっきらぼうな口調になったのは、迅自身が不安に駆られていたからだ。
そんな2人の耳に、声が響いた。
《未来の勇者と聖女よ》
「え?」
「だ、誰!?」
2人はあたりを見回すが、他には誰の姿もない。
(直接、頭に!?)
どこかで聞いたようなセリフを迅は思い浮かべた。
それが正解だとすると……。
《そうです》
「うえっ!?」
当然ながら、頭の中で考えた言葉も読み取られてしまうわけだ。
うろたえた迅が少し落ち着くのを待ってくれたのか、しばらくしてから再び頭の中に言葉が響く。
《私は……あなた方の言葉では……そう、”女神”が最も近いでしょう》
「女神!?」
「女神様、ですか?」
《はい。とはいっても、あなた方の世界の神ではありません》
「はあ」
「……」
《世界の秩序を監視し、調整するのが存在意義なのです》
「はあ」
「……」
《そういう意味では”管理者”といってもいいのですが、あなた方が考えるそれよりももっともっと権限があるのです。ゆえに”女神”と称しました》
「はあ」
「……」
《まあ呼び方はどうあれ、あなた方をここに呼んだのは私です》
「ええ!?」
「いったい、どうしてですか?」
《とある世界の秩序の維持に、『勇者』と『聖女』が必要になったからです》
「それが、俺たちだと?」
《そうです。『未来の』と但し書きが付きますが》
「そ、その勇者と聖女、って何……どういうものなんですか?」
《『魔王』……魔物、魔人の王……と対になる、人々の剣であり盾でもある、それが勇者です》
「……」
《聖女は、そんな勇者を支え、人々の希望であり癒やしである、それが聖女です》
「……」
《あなた方2人は、私が管理する10万8千の世界に含まれる『地球』という世界に見出した未来の『勇者』と『聖女』なのです》
「俺はそんな、ケンカだってしたことがないのに」
「私だって、何もできません!」
《ですから『未来の』なのです》
「……」
「……」
《なにもいきなり魔王を倒せ、などとは言いません。そう……》
ここで”女神”はほんの少し間をおいて、また言葉を続ける。
《『木の棒』と『わずかなお金』で王城から出発させたりはしませんから》
「!?」
「?」
どうやらまた”女神”は自分の考えていたゲームの始まりを読んだみたいだ、と迅は思った。
《ちゃんとレア装備を手に入れられるように考えていますから》
「はあ」
「……?」
それなりにゲーム知識のある迅は”女神”の言うことが理解できたが、女の子の方はまるでわかっていないようである。
《未来の聖女の方はまだよくわかっていないようですが、それは未来の勇者から聞いて下さい。……そろそろ時間が来てしまいます》
「時間、ですか?」
《ええ。有機生命体がこの曖昧な世界に長くいると、時間のずれが大きくなりすぎるのです》
「それってつまり、現実時間がどんどん過ぎてしまう、ということですか?」
《そのとおりです。さすが『未来の勇者』ですね》
褒められてもあまり嬉しくない迅である。
《まずは、装備を手に入れてください。期限は7日間です》
「7日が過ぎたらどうなるんですか?」
《魔王のいる世界に再度転移してもらいます》
「えええ……!?」
かなりの無茶振りだ、と迅は顔をしかめる。
7日間でレベルカンストまで持っていけるだろうか……とも。
《それでは、頼みましたよ、『未来の勇者』と『未来の聖女』》
「あ、あの、まだ聞きたいことが……」
《もう時間がありません》
「そんな……」
これから送られる世界のこととか、魔王のいる世界のこととか、聞いておきたいことはたくさんあったのだが、”女神”はおかまいなしに迅たちを装備が手に入れられる世界へと送り出してしまったのである。
02 ???村へ
「どこだ、ここ」
「さあ……」
気が付くと、御堂迅と女の子は、峠に立っていた。
「太陽……の位置からして、おおよそこっちが南で向こうが北……かな」
方角が地球と同じ決まりに従っているとすれば、北には川が流れ、その向こうに村があるのが見える。
更に北には、雪をいただき氷河がかかる山々が連なっている。
反対側……南側は林があって見通しが悪い。
見えている方角にある村には、畑と思われる緑のエリアが広がっていた。
「向かうなら……向こうだよな」
「……はい、私もそう思います」
迅と女の子の意見は一致し、2人は峠を下って眼下の村を目指す。
「……あ、あの……」
「うん?」
「お名前……」
「えっ」
「お名前、教えていただけませんか?」
「あ、ああ!」
迅は、そういえば名乗っていないことを思い出した。
「ああ、悪い。俺は御堂迅。五段高校の2年生だ」
「私は『夢小路薫子』と申します。乙女百合女子学園の2年生です」
「夢小路さんか」
「御堂さん、ですね。これから、どうぞよろしくお願いいたします」
「あ、ああ、こちらこそ」
いかにもお嬢様然としたお辞儀をした薫子を見て、迅も慌てて礼を返す。
「それで、あの……これから、御堂さんはどうするおつもり、ですか?」
「……まず、あの村に行ってみるしかないと思うんだ」
「そう、ですね。……食べ物も寝る場所も、今のところないんですものね……」
「そうなんだよ。……でも、一番の懸念は……」
「な、何ですか?」
「言葉が通じるのかどうか、だと思うんだ」
「あ……」
それは気付きませんでした、と薫子はしおれた。
「”女神様”も何も言っていませんでしたね……」
「うん……」
迅も、それを聞こうと思ったわけだが聞けずじまいだったのだ。
「でも、村へ行ってみないとわかりませんし、行かずに済ませることもできません……よね?」
「まあ、そうだよな」
そんな話をしながら、2人はゆるゆると峠を下っていく。
ゆっくりなのは、迅はスニーカーだったが、薫子はローファーなので、少々歩きづらそうであったため。
とはいえ道は未舗装とはいえかなり均されている。
そして草の生え方を見ると、荷車が通ったような轍もできていた。
「ええと、御堂さんは、あの”女神様”が仰っていたこと、理解できましたか?」
「正直、勇者とか魔王とか、半信半疑だな」
「私もです……」
「でも、ここが地球じゃないというのは間違いなさそうだ」
「え……?」
「ほら」
峠から下ってきた2人の眼下に、奇妙な建物が見えたのだ。
「あれ……お城、でしょうか?」
「天守閣……に見えるな」
「ですよね。……ここ、日本なんでしょうか?」
「いや、あんな作りの城はない……はず」
迅も詳しい訳ではないが、弟が城マニアだったため、松本城や彦根城など国宝の城を見にいく機会があり、多少の知識はあったのだ。
「でも、鶴ヶ城とか大阪城って、天守閣だけ建っている感じじゃないですか?」
「いや、それでも石垣と少しの堀があったはずだから」
あんなふうに地面からいきなり天守閣が生えているような建て方はしないはず、と迅は反論した。
「うう……そうなんですね」
「まあ、そういうことなんだよ。だからあの城はある意味イレギュラーだ」
それからも2人は峠道を下っていく。
歩きながら迅は、問われるまま薫子の質問に答えていった。
「”女神様”が仰っていた『『木の棒』と『わずかなお金』で王城から出発させたりはしません』って、何ですか?」
「ああ、それは……そう、初期のコンピューターゲームで、王様に命じられた勇者が王城から旅立つんだが、その時に渡された装備が『木の棒』と『わずかなお金』なんだよ」
「なんか、それってひどい話じゃないですか? もっといい装備を授けてあげればいいのに」
「まあ、ゲームだから。……で、旅立った勇者は敵の魔物を倒したり、洞窟探検をしたりして経験を積み、強くなっていくわけだ」
「それは、まあ……わかりますけど」
「で、その過程で武器や防具もグレードアップしていくんだ。それもまたゲームの醍醐味なんだよ」
「ゲームとしてみたら、わかりますけど」
「現実には……な。だから”女神様”は、装備を手に入れられる世界に送ってくれた……んだと思う」
「ここがそうなんですか?」
「じゃないか……なあ」
迅としても、だんだん自信がなくなってくる。
城はおかしなところが多々あるし、近付いてきた村の様子は、どう見ても素朴な佇まいだ。
「こんなところでレア装備が手に入るのかな……」
どうみても田舎の村である。
御堂迅は、心の中でため息をついたのだった。
* * *
そして2人は峠道を下りきり、川に架かる石の橋を渡る。
そうすると、先程から見えていた城の直下となった。
「うーん……やっぱりどこかおかしいよなあ」
「そうですね、なんとなく違和感があります」
薫子もこの城が日本のものとは異なることを感じたようだ。
城の横を通り過ぎたが、特に何ごともなく、村に続く道を2人は歩いていく。
気温の感じと、畑の作物から、今は春あるいは初夏と思われた。
「……やっぱり村だな」
そうとしか形容のしようがない。
だが、こちらにも違和感を覚えた。
「整っているな……」
「そうですね、清潔な感じがします」
「あ、それだ」
田舎特有の臭いがないのである。
ぶっちゃけて言うと家畜の糞尿の臭いがない。
「おや、旅人さんかい?」
畑仕事からの帰りらしい村人が2人を見つけて声を掛けてきた。
やった、言葉が通じる、という喜びを心に秘め、御堂迅は返事をする。
「はい。ええと、ここはなんという村ですか?」
「ここかい。ここは『カイナ村』だよ」
「ありがとうございます。……ええと、実は、道に迷いまして……」
「そりゃあ大変だったねえ。んじゃ、村長さんのところへ行くといいよ」
ということで村長の家への行き方を教えてくれた。
といっても、今歩いている道を道なりに進んでいくと、ひと目でわかる建物があるのでそこがそうだ、ということだった。
「……とりあえず、言葉が通じてよかったよ」
「あ、そうですね」
そうやって歩いていくと、村の様子もだんだんと分かってくる。
「あれって……ポンプだよな?」
「ポンプ……ですね。社会科見学で訪れた、昭和記念公園で見たような気がします」
そんな2人の前を、リヤカーを牽いた村人が横切っていった。
「どう見てもリヤカーだな……ゴムタイヤが付いていたぞ」
「みたいですね……」
そして、自転車に乗っている子供とすれ違った。
「じ、自転車!?」
「自転車、でしたね……」
それも、かなり近代的なデザインだった。
(どう考えてもアンバランスだ……)
そんな疑問を抱えながら、2人は村長の家を目指したのである。
03 村長の家へ
「ああ、ここだな」
他の家に比べ、明らかに大きい家、それが村長の家だろうと判断した。
「えっと、どうしましょう」
尻込みする薫子だったが、迅は自分が、とドアをノックした。
「ごめんください」
すると、すぐにドアが開き、中年の男性が現れた。
「何だね?」
「ええと、こちらは村長さんのお宅で間違いないでしょうか?」
「ああ。私は村長のガイザックだ」
村長宅で間違いなかった、と迅はほっとした。
「ええと、俺たち、道に迷ってしまって……」
「あ、あの、それで、峠から見たら、この村が見えて、それで……」
迅と薫子は代わる代わる説明する。
たどたどしい話し方ではあったが、村長ガイザックは真剣に聞いてくれた。
「ほう、それは大変だったね。まあ、立ち話も何だから、それ以上の話は中で聞こう。まあ、入りなさい」
「お邪魔します」
「お、お邪魔します」
村長に招き入れられた2人は、応接間らしき部屋に通された。
「まずは名前を教えてくれるかな? 私はさっき名乗ったように、ガイザックという」
「あ、すみません。俺は迅……御堂迅といいます」
そう名乗った時、村長は一瞬驚いたような顔になったが、すぐに真顔に戻る。
「お嬢さんは?」
「申し遅れました。私は夢小路薫子と申します」
「ふむ。……ジン、が名前で、ミドウ、が姓、で合っているかな?」
「あ、は、はい、そうです」
「お嬢さんは……カオルコ、が名前で、ユメコージ、というのが姓だね?」
「え、ええ、そうです」
「ふむ……」
村長ガイザックは俯いて何事か考え始めたが、すぐに顔を上げた。
「ああ、その前に、トーゴ峠から歩いてきたのなら、喉は渇いているだろう?」
「あ、はい」
2人とも喉がからからであった。
「熱い飲み物と冷たい飲み物、どちらにするかね?」
「あ、できましたら冷たい物でお願いします」
「私も、冷たい飲み物をいただけましたら嬉しいです」
「うむ、わかった。ちょっと待っていてくれ」
村長は席を立ち、台所へ通じると思われる扉に姿を消した。
そしてすぐに戻って来る。
手にはトレイがあり、トレイにはコップが3つ載っていた。
「すまないね、家内と娘は今外出中なんだ」
そう言って、2人の前に、それぞれコップを置く。そして自分の前にも。
「口に合うかわからんが」
そう言って村長は自分のコップの中身を口にする。
それを見て、迅と薫子も、コップを手に取り、一口、二口。
「美味しい……!」
「すっきりした味ですね」
すっきりした味のお茶であった。
だが迅が一番驚いたのはよく冷えていたことだ。
井戸や湧き水の、自然界で冷やした温度ではなく、明らかに『冷却』された冷たさだった。
「よく冷えてますね」
「そうだろう。最新式の冷蔵庫で冷やした『カイナ茶』だよ」
え、冷蔵庫があるのか、と迅は驚いたが、よく考えてみると氷で冷やすタイプかも知れない、と思い直す。
喉を潤して落ち着いた2人を見た村長ガイザックは、
「2人とも、腹は減っていないかね?」
と尋ねた。
「そろそろお昼時なのだが、腹は空いているかね?」
返事がないので、再度尋ねるガイザック。
「……あ、図々しいようですが、お願いします」
「俺も、お願いします」
「わかった。簡単なものしかできんが、そこは勘弁してくれ」
「いえ、食べさせていただけるだけで」
そこで3人は食堂へ移動。
座って見ている迅と薫子の前で、ガイザックは冷蔵庫から何やら取り出した。
(冷蔵庫……普通に冷凍冷蔵庫だな……デザインは昭和っぽいけど)
ガイザックはそれを、別の白い箱へと入れる。
(まさか……電子レンジ?)
こんな田舎の村で白物家電を見るとは思わなかった、と迅はびっくりしている。
(一体誰が……)
と思いはじめ、ふと”女神様”の言葉を思い出す。
『《ちゃんとレア装備を手に入れられるように考えていますから》』
(……つまり、この世界は、モノづくりに特化した世界なのかな? ドワーフの国があるとか?)
そんなことを考えていたら、ピーと、笛のような音が聞こえた。
見ると、コンロの上でヤカンが鳴っていたのだ。
(コンロまである……)
「おお、お湯も沸いたな」
迅の心境も知らず、村長ガイザックは沸いたお湯を保温ポットらしきものに移し替えていく。
(魔法瓶もあるのか……)
これまた昭和感の漂うもので、さすがにプッシュ式ではなかった。
「緑茶でいいかね?」
と聞かれ、迅は慌てて返事をする。
「あ、はい、それでお願いします」
「私も、緑茶がいいです」
そして2人の前に出されたものは……。
「……焼きおにぎり?」
少し焦げた醤油の匂いが香ばしい、焼きおにぎりだったのだ。
「苦手だったかな?」
「あ、いえ、大好きです」
香ばしい匂いに誘われ、迅は焼きおにぎりを手に取った。
「いただきます」
一口食べると、温め直したとは思えない香ばしさと食感が口の中に広がる。
「味噌味のおにぎりもあるんだが、そちらは家内が持って行ってしまってね」
「いえ、このおにぎり、とても美味しいです」
薫子も焼きおにぎりが気に入ったようだった。
「それに緑茶も、とっても香ばしくて……」
「はは、ありがとう。それはこの村で採れた茶葉なんだよ」
「え!? お茶って、温かい地方でないと栽培できないのではありませんの?」
薫子は驚いたようだ。
「ああそれなら、『びにーるはうす』というものがあるので、冬越しは問題ないのだ」
「え……?」
「ビニールがあるんですか?」
「うん? あったらおかしいのかね?」
「ええ、と……」
真正面から聞かれてしまうと、迅としても、どう答えたらいいのかわからなかった。
「ビニールって、透明で布みたいに柔らかい素材ですよね?」
「うむ、そのとおりだ」
言葉に詰まった自分の代わりに薫子が質問してくれたのでうまいこと話がそれてほっとする迅。
「正確には『まぎ・ぽりえちれん』と言っていたかもしれん」
「マギ・ポリエチレン、ですか」
「うむ。なんでも『ごうせえぶっしつ』とかいうらしい」
「合成物質……」
この世界にはそんなものもあるのか、と感心した迅であった。
04 二堂城へ
「さて」
昼食も済み、落ち着いたところで村長ガイザックが、改めて話を切り出した。
「君たちは、これからどうしたいのだね?」
「え、ええと……」
特に考えていなかった2人である。
「……人里に出ることしか、考えていませんでした……」
こうなった正直に言うしかないと、迅は腹をくくった。
「そもそも、君たちはどこから来たのかね?」
「ええと……」
「地球の、日本という国です」
言い淀む迅と、正直に答える薫子。
「ニホン……聞いたことがある気がするな」
「本当ですか!?」
「うむ、だが、私ではきちんと答えることはできそうもない。そうだな……」
と、村長はしばし考えた後、
「ふむ……では、領主様にお会いするといい」
と言ったのだった。
「えっと……それは、どこに?」
「昔は『ニドージョー』に住んでいらしたのだが、今は村の奥のお屋敷だよ」
「ニドージョー? ……『二道場』? 『二堂城』?」
城の正式名称を聞き、更に謎が深まった、と迅は感じた。
が、それも、領主に会えばわかるだろう、とも考える。
「……うん? 待てよ……」
が、村長ガイザックは、何ごとかに気が付いたようで、壁に貼ったメモを見返した。
「おお、あんたらは運がいい。今日はジン様たちがお見えになる日だった」
「え?」
「ジン様、ですか?」
自分と同じ名前だなあ、と迅は驚いた。
「うむ。ジン・ニドー様。今代の『魔法工学師』であり、『アヴァロン』の相談役でもある」
多分、にどうじん……。どんな字を書くんだろう、会ったら聞いてみよう、と御堂迅は考えていた。
「よかったら、紹介してやろう。一緒に行くかね?」
「行きます!」
迅は即答した。
「夢小路さんも行くよな?」
「え、はい、もちろんです」
そういうわけで、迅と薫子は、先ほど歩いてきた道を引き返すことになったのである。
歩きながら迅は村長に尋ねた。
「あのお城って、そのジン様が建てたんですか?」
「いや、建てたのは先代のジン様と聞いている」
「先代もジン様、というんですか」
「うむ。受け継がれる名前なのだろうな。……私にもよくはわからないのだが」
お会いしたら直接聞いてみるといい、と村長は言った。
そしてやって来た二堂城。
「おお、もうお見えになっている」
城の横に大きな物体が置かれていた。
「……どう見ても、飛行船、だな……」
その呟きを、村長が聞きつけた。
「そう、ジン様の飛行船だ。『ハリケーン』というらしい」
「はあ」
いろいろあって、そろそろ脳の処理が追いつかなくなってきた迅が隣を見ると、既にいっぱいいっぱいになってしまい、言葉を忘れたような顔をしている薫子がいた。
「ええと、夢小路さん」
「……」
返事がない。
「夢小路さん」
呼びながら肩を軽く叩いたが、反応しなかった。
そこで非常時とばかりに、
「薫!」
と耳元で叫ぶと、ようやくびくっとした反応を見せてくれたのである。
「え、あ……御堂さん」
「よかった、戻ってきたな」
「あ、ああ。……いろいろありすぎて、わけがわからなくなってしまっていたみたいですね」
「無理もないよ」
そんなやり取りをしている迅たちを尻目に、村長ガイザックは二堂城へと歩いていった。
そして、入口を守る人影に何ごとかを告げると、その人影は城の中へと消え……。
代わって2つの人影が出てきたのである。
「道に迷ったというのは君たちか?」
それは20代前半と思われる黒目黒髪の男性だった。
そしてその横には10歳くらいに見える、メイド服を着た女の子がいた。
「まあ、話は中で聞こう。……俺は二堂仁、この子は礼子だ」
05 魔法工学師
二堂城内、大広間。
その一角に座卓を置き、座布団が敷かれた。
そこで迅と薫子は、城主である二堂仁と向き合って座っている。
「粗茶ですが」
「あ、どうも」
お茶を給仕してくれたのは、どう見ても金属製の……ロボットあるいはアンドロイドにしか見えないメイドであった。
「まず簡単に自己紹介しよう。……俺は二堂仁、こちらではジン・ニドーと名乗っている」
「えっと、御堂迅です。日本人です。五段高校の2年生です」
「夢小路薫子です。乙女百合女子学園の2年生です」
二堂仁は、納得したように小さく頷いた。
「俺も出身は日本だ。向こうでは金属関係の技術者だった」
「あ、やっぱり日本人なんですね!」
「そ、そうだったんですか? でも、いったいどうしてこの世界に……」
「徹夜続きで注意力が欠如していてな。溶鉱炉のチェック時に、命綱を付け忘れていて取鍋に落ちたんだよ。あ、取鍋というのは溶けた鉄が溜まっているでかい容器だ」
「うええ……」
「よ、よく無事でしたね?」
「いやあ、無事というか……多分向こうで焼け死ぬ寸前だったんじゃないかと思う。それを、この礼子の前身に召喚してもらって助かったんだ」
「召喚……ですか」
「召喚って、どういうことですか?」
迅は理解できたが、薫子はよくわかっていないようだった。
「初代魔法工学師が後継者を探していてな。聞く所によると、3601の世界を探し回ってようやく適合者を見つけた、ってところかな」
「え……そんなに?」
「え? え? 3601の世界?」
やはり薫子はわかっていないようだ。
「SFの世界では定番なんだけど、『並行世界』とか『多重世界』っていう概念があってね……」
「召喚者が魔法とか、不思議な力で被召喚者を呼ぶっていう物語があって……」
「…………そう、なんですね……」
仁と迅は、薫子に対し、代わる代わる説明を行った。
それでようやく、仁がどうしてこの世界にいるのか、ということを理解したようである。
「魔法……がある世界なんですね」
「そうだ。それ以外の物理法則は、我々のいた世界とほぼ同じと思っていい。それから、この世界の人間は、生物学的にいって同じだ」
なぜならば、結婚して子供を設けられるからだ、と仁は説明した。
その子供もまた、この世界の人間と結婚して子孫を残せた、ということまで説明する。
「はあ……」
「そうなんですね……」
迅たちにも、少しだけこの世界のことがわかってはきた。
だが、問題はそこではない。
「さて、君たちはこの世界でどうしたいか、だな」
これが本題である。
「君たちの世界への『マーカー』がないから、俺の力では送り返すことはできない」
どの場所、どの時代へ出るか全く見当がつかない、と仁は説明した。
「いえ、それはいいんです」
「いいのか?」
「はい、実は……」
迅は仁に、”女神様”に言われたことを説明した。
「ふうん……要するに”女神様”っていうのは上位存在なんだろうな」
「信じてくれるんですか?」
「ああ。俺も、”女神様”ではないけれど、上位存在に会ったこともあるし」
「そうなんですね」
「……そうすると、俺は君たちに『最強装備』を作ってやればいいのかな?」
その”女神様”とやらが自分に期待していることはそれだろう、と仁は推測した。
「事情は大体わかったよ。つまり、あと1週間すると、君たちは再び”女神様”によって転移させられるというわけだ」
「多分、そうなると思います」
「うーん……」
仁は何やら考え込んだ。そして、
「ちょっと調べさせてくれないか?」
と言い出した。
もちろん、理由も説明する。
「君たちの特性というか、向き不向きを調べたいんだ」
装備を作るのに必要だから、と仁は説明。
「そういうことでしたら、むしろやってください」
「わ、私も、お願いします……」
「わかった。……礼子、『魔結晶』を」
「はい、お父さま」
礼子はエプロンのポケットから2個の『魔結晶』を取り出し、仁に手渡した。
「よし、2人とも、リラックスしてくれ」
「はい」
「はい……」
「『知識転写』レベル8・マイルド」
仁は2人まとめて『知識転写』を行った(もちろん別々に転写)。
「礼子、これを老君に送って、ざっとスキャンしてもらってくれ。目的は蓬莱島へ招いて大丈夫か、という点だ」
「わかりました」
礼子は2つの『魔結晶』を受け取って、大広間を出ていった。
「礼子は、俺が作った『自動人形』だ。日本でいうなら単数形の『自動人形』というべきかもしれないが、こっちの世界では単数も複数も『自動人形』なんだ」
「は、はあ」
「まあ、アンドロイドだと思ってくれていい。……さっきの侍女はゴーレムメイド。ゴーレムは……まあ、ロボットだな」
「……はあ」
「どっちも魔法で動いている。この世界はそういうものだと思ってくれ」
「わかり……ました」
「はい……」
そこへ礼子が戻ってきて報告する。
「お父さま、老君は『問題なし』とのことです」
「そうか。……それじゃあ、移動するか」
そう言って仁は立ち上がった。
「ここじゃあ十分な製作ができないから、俺の拠点へ行くぞ」
「は、はい」
「……はい」
「不安かもしれないが、そこは信じてもらわないとな」
「わかりました。……行こう、夢小路さん」
「はい」
迅は、不安そうな薫子の手を取って立ち上がらせた。
「よし、じゃあこっちへ来てくれ」
仁は先頭に立って歩き出す。
向かったのは『ハリケーン』。
「転移してもいいんだが、この世界について多少理解してもらったほうがいいだろうからな」
と仁は言い、2人を招き入れた。
「それじゃあホープ、蓬莱島へ向けて発進だ」
「了解。『ハリケーン』、発進します」
復唱する言葉とともに、飛行船『ハリケーン』はふわりと浮き上がった。
だが、迅にも薫子にも、ほとんど揺れは感じられない。それどころか上昇時のGや加速Gとも無縁であった。
「俺の本来の拠点へ行く。そこでなら全力で装備を作ってやれるからな。1時間ほどで着くから、景色を楽しんでくれ」
「はい!」
「わあ、もう地上があんなに遠くに……」
『ハリケーン』(正式には『ハリケーン改』)は時速800キロほどで飛んでいく。
陸地が途切れると青い海となり、2人とも目を輝かせて空の旅をしばし楽しむのだった。
06 ようこそ、蓬莱島へ
仁が宣言したとおり、50分ほどで『ハリケーン改』は着陸した。
「ようこそ、蓬莱島へ」
先に降り立った仁は、そう言って迅と薫子を迎え入れる。
「ここが、ジン様の拠点ですか」
「ああ。初代から受け継いだ島……『蓬莱島』だ。北回帰線上にあるから、亜熱帯だな」
空はそろそろ茜色に染まりつつある。
「今日は色々あって疲れたろうから、装備の製作開始は明日にしよう。今日は温泉に入ってのんびり寛ぐといい」
「え、温泉があるんですか?」
「なんとなく埃っぽかったんで助かります」
そんな2人を、仁は温泉へと案内する。
「脱いだ服はゴーレムメイドにきれいにさせておくから。男湯はこっち、女湯は向こうだ」
「ありがとうございます」
「ありがとうございます」
ということで、2人は温泉に入って寛ぐこととなった。
ゴーレムメイドに背中を流させようか、と聞かれたのだが、それはお断りした2人である。
* * *
「ふぅ……いいお湯だな……まさか、異世界で日本人に出会うとは思わなかったよ……」
男湯に1人浸かる迅はひとりごちた。
「温泉も気持ちいいし……食事も期待できそうだし……」
”女神様”もちゃんと考えて転移させてくれたんだなと、ちょっぴり感謝した迅であった。
* * *
「はあ……いい、お湯ですね……」
薫子もまた、温泉で寛いでいた。
「聖女とか異世界とか”女神様”とか……」
理由のわからないことで埋め尽くされた1日だった、と振り返る。
「でも、出会ったのはいい人ばかりで、運がよかった、のでしょうね……」
ほう、とため息を吐く。
「『聖女』なんて……私に、何ができるんでしょうか」
* * *
その夜は『二堂家』での夕食となった。
「美味しいなあ、この味噌汁」
「鰹節と昆布の合わせ出汁、です」
料理をしたのは仁の妻、エルザ・ニドーであった。
「エルザさん、お料理お上手ですね」
「ありがとう」
「美人だし……ジンさん、勝ち組ですね」
「はは、そうか?」
すっかり打ち解けた2人は『ジンさん』呼びになっている。
それにならって、エルザのことも初めから”さん”付けで呼んでいた。
「1週間したらこの世界からいなくなってしまうなんてなあ」
「私も、いまだに信じられません……」
「そういう、時空を制御できる”存在”がいるのは確かだが、いとも簡単にやってのけられるとな……」
苦笑する仁であった。
「カオルコさん、いろいろ不安かもしれない。だから、この世界にいる間くらいは、頼って」
「ありがとうございます、エルザさん」
エルザはエルザで、不安そうな薫子にフォローをしていた。
その夜は、畳の部屋に布団を敷いて眠ることができたので、迅も薫子も、ぐっすりと休めたようである(部屋は2人別々)。
お読みいただきありがとうございます。
次回更新は1月2日(金)12:00の予定です。
20260101(木)修正
(誤)(どう考えてもアンパランスだ……)
(正)(どう考えてもアンバランスだ……)
(誤)「抜いた服はゴーレムメイドにきれいにさせておくから。
(正)「脱いだ服はゴーレムメイドにきれいにさせておくから。




