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祝宴

「いや、めでたいめでたい!」

いつも大人しい齋と茉莉香の父、呉竹正敏が顔をすっかり赤くしてビールを飲んでいる。最も正敏だけでなく周囲の大人は皆楽しそうに羽目を外している。

「ささ、正敏さん。もう一杯どうぞ!」

そういって父に負けない赤ら顔の男―蓮実省吾がビール瓶片手に酒を進めている。

「全く、お父さん達ったらうれしいのはわかるけど恥ずかしいな。」

息子の堯がテーブルの反対の端できまり悪そうにする。

「そうね、とっても嬉しいのよ。」

涼しい顔をして齋が枝豆を口元に運びながら酔っ払い達を眺める。ただ今時計は午後九時ほどである。娘、息子達の入学式に顔を合わせた蓮実家、呉竹家の親達は折角のお祝いということで昼に共に寿司屋に行った。その際話のあった親達が盛大な夕食会を両家合同でとり行おう、という提案をした。場所は広い座敷を持つ蓮実家ということに決定し、帰ってすぐ準備を始め、夕方から宴会を始めたわけである。

「本当に仲がいいよね。おじさん家とうちの家って。」

「ええ。」

ふと齋は向かいに座る堯を見ると、精悍な顔立ちにふと泣き虫の少年の顔が重なる。

―もう十六歳なのね。月日は百代の過客と古代の人は言ったけれど本当だわ。


 呉竹家と蓮実家は近所同士で年の近い子供達がいることで仲が良かった。齋、茉莉香、堯の三人は両方の親達から可愛がられ、いつも一緒に遊んでいた。

「お姉しゃん、まって。」

小さな頃の堯は泣き虫で、人見知りな子供だった。髪は長めで目はぱっちりとして大きく、しかも今より色白だったこともあいまって女の子のようだった。それに同世代の男の子と遊ぶよりも姉妹と遊ぶことが多かったせいか、サッカーよりもままごと遊びを好む子供だった。三人で手をつないで歩いていると三姉妹に良く間違えられたものだ。

 けれど今隣にいる堯は齋より頭一つ高く、サッカーで黒く日に焼けてたくましい体つきをした青年だ。

女の子のような小さな男の子の面影はもう残っていない。

「本当に大きくなったわね。」

しみじみと呟く。

「姉さん年寄り臭いよ。」

「そりゃ、昔の貴方を知ってるからね。近所の犬が恐くて私の後ろに隠れたり、怪談を聞いて夜トイレに一人でいけなくなった「わわわっ!」

「あははは!なっさけなーい!」

年寄りという単語にむっとして反撃すると、堯は慌てて話を遮った。茉莉香がそんな堯を見て笑う。

ふわりとした髪が揺れ、えくぼが可愛らしい茉莉香だが、人をからかうのが実は好きな少女だ。

―この子はあまり変わらないわね。三つ子の魂百までもってとこかしらね。

茉莉香は昔からよく笑った。小さな頃からその笑顔はそれはそれは破壊力抜群で、道行く人が振り返ったほどだ。今はその容姿で道行く人を振り返らせ、時折モデルにならないかとも誘いをかけられるほどになったが、甘いものが好きなところも、堯をからかうところも全く変わらない。

「もう、やめてくださいよ二人とも。」

いたずらを見つかった柴犬のように青年がしゅんとした。

―ちょっとからかいすぎたわね。

反省していつもの手を使う。

「さて、お腹は空いてる?ザッハトルテを持ってきたけど食べる?」

「いただきます。」

「あたしも食べるわ!」

「はいはい。」

どうやら上手く忘れてくれたらしい。出したケーキをおいしそうに食べる二人を眺めつつ、静かに齋は微笑む。その様子をいつの間にか酔っ払いや料理を運んできた母親達も微笑ましそうに見ていた。

「やっぱり齋は二人の扱いがうまいわね。」

呉竹美代が目を細めて娘を見る。

「ええ、おたくの齋ちゃんにとっても懐いてますから。いつだったか「お父さんより齋姉ちゃんの方が物知りだ」って言ってましたわ。」

「そんな!」

妻の言葉に省吾がショックを受ける。

「あら、うちの茉莉香もよ。「お父さんよりもお姉ちゃんの方が教え方が上手い。」って言って宿題を教えてもらってるわ。 」

正敏が俯く。心なしか目のふちが酔いとは違う意味で赤くなっているように見える。

「・・・まあ、飲みましょう。正敏さん。」

「・・・そうですな省吾さん。」

うらびれた男達とは対照に、母親達はそのまま子供達の話に花を咲かせている。こうして入学祝いの日の夜は更けていった。

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