第26話 時計塔の激突(後編)
「死ねッ、天秤のネズミがあぁぁッ!!」
クララの咆哮とともに、白銀の閃光が暗闇を切り裂いた。大剣から放たれた真空の刃が、時計塔の床を爆音とともに崩落させる。
だが、シャルロットはまるで重力をあざ笑うかのように優雅に跳躍し、空中で宙返りしながらその刃を間一髪でかわした。
「相変わらず力任せで品がないのね、王国騎士団長様?」
「戯れ言をーっ!」
着地と同時に襲いかかるのは、光の矢の雨。ルチアが聖印を掲げ、怒涛の勢いで放つ高速の攻撃呪文。さらにシャルロットの側面からは、ヴァネッサの影の触手が蛇のようにうねり、彼女の四肢を絡め取らんと襲いかかる。
三人の息つく隙もない完璧な連携。圧倒的な暴力の奔流の前に、シャルロットの黒いドレスは切り裂かれ、鮮血が夜風に舞う。普通なら一瞬で磨り潰されるような死地。
しかし、シャルロットの瞳に恐怖の色は一切なかった。
(いいわ……それでいい。私を殺すことだけに意識を集中しなさい……!)
シャルロットの目的は、彼女たちを倒すことではなかった。ただ一つ、ノアに施された「呪縛」を打ち破ることだけ。
クララの踏み込みによって、時計塔の床が大きく跳ね上がる。その一瞬の死角と衝撃波の乱れを、シャルロットは見逃さなかった。あえてヴァネッサの影の爪をその身に受け、右肩を深く肉薄させながらも、その推進力を利用して爆発的に加速する。
「なっ……自分の身をけずって……!?」
ヴァネッサの驚愕の叫びを置き去りにし、放たれた矢のように血を撒き散らしながらシャルロットが肉薄したのは、交戦の渦中で愕然と立ち尽くしていたノアの真正面。
「ノアっ……逃げてえぇぇッ!!」
ルチアの金切り声が響く。
だが、遅い。
「これで……終わりよ、ノア……」
シャルロットは胸から血を流しながらも美しく微笑むと、その血に濡れた右手でノアの胸元を力強く叩いた。
その瞬間、「ギィィィィンッ!!!!」という大気を引き裂くような高周波の金属音が響き渡り、シャルロットの指先から血の魔力が爆発的に広がった。彼女の足元を中心に、時計塔の床全体へと広がる幾何学的な古代幾何学紋様。
「古代秘術——『精神解呪陣』!」
「が……ッ!? あぁぁぁぁぁぁぁッ!?」
胸を突かれたノアが激痛に叫び声を上げる。同時に、その体から脈動する黄金の波長が放出された。
「ぐ……がぁぁぁぁッ……!!がはッ……」
シャルロットが言っていたように、ノアの中には『古代兵器の起動核』——マスターキーが眠っていた。それは、ノアの意識に関わらず、無意識にある波動を垂れ流していた。その波動が周囲の人間——とりわけ彼を愛する三人のヒロインたちの精神に作用し、「過剰なトラウマの増幅」と「過保護の強迫観念」を植え付けていたのである。
今回、シャルロットが使った古代の秘術は、ノアの中に眠る『マスターキー』を無理やり起動させ、それを物理的に砕き割るためのもの。不快な精神固定の波長(呪い)を打ち砕き、ルチアたちを正気に戻すための行動だった。
黄金の波長がルチアたちの体を包み込み、パキィィンッ! と澄んだ音が鳴り響く。目に見えない鎖が弾け飛ぶような澄んだ音が、ルチアたちの胸の中で。
「なんだ……これ……は……?」
剣を構えていたクララの手に力が抜け、大剣が音を立てて床に転がった。ルチアは自らの胸を強く押さえ、喘ぐように膝をつく。ヴァネッサもまた、頭を抱えて激しい眩暈に襲われたかのようにその場にうずくまった。
胸を苛んでいた、あの狂おしいほどの焦燥感。ノアを片刻も離さず、手足を奪ってでも閉じ込めなければならないという逃れられない強迫概念。それらが、朝露が日に照らされるように、急速に霧散していく。
「ふふ……あはは……っ! 見たかしら、哀れな女たち!」
血を吐きながら膝をついたシャルロットが肩で息を叩きながら嘲笑を浮かべた。
「あなたたちのあの異常な狂愛と束縛はね……ノアを守るためでも何でもない。彼のマスターキーが発していた『自分を守らせるための洗脳の呪い』に、踊らされていただけなのよ……!」
黄金の波長が荒れ狂う中で、シャルロットの声が時計台から響き渡る。その傍で強烈な喪失感と虚無感に苦しむルチアたち。そんな四人のことを、ノアは光のない瞳で見つめていた。




