第46話:黄金の海を越えて。砂漠の国と冷たき奇跡
「……エルシア、やはり戻ろう。これ以上、君を砂にまみれさせるなど、私の理性が許さない」
サバナ王国の境界を越えた瞬間、カイルム様が私の腰を引き寄せ、低く、切実な声で囁きました。
灰色の瞳には、私を連れ出したことへの激しい後悔が滲んでいます。彼にとって、私はどこまでも温かな部屋で、柔らかい毛布に包まれていなければならない存在なのでしょう。
「ふふ、カイルム様。馬車の中は閣下の氷の魔力で、こんなに涼しいではありませんか。少しも暑くありませんわ」
私は、彼の逞しい腕に寄り添い、その冷たいマントに頬を寄せました。
カイルム様は、道中の暑さから私を守るため、移動中もずっと微細な冷気を操り、この豪華な馬車をひとつの「移動する聖域」に変えてくださっているのです。
「馬車の中はいい。だが、一歩外へ出れば、この黄金の砂が君の柔らかな肌を傷つける。……ハシム、貴様の国の太陽は、どうしてこれほどまでに行儀が悪いのだ」
「ひっ、は、ははぁっ! 申し訳ございません、カイルム閣下!」
向かい合わせに座る使節のハシム様が、震えながら平伏しました。北領の「死神」の眼光に、砂漠の戦士さえもたじろいでいます。
窓の外に広がるのは、見渡す限りの黄金の海。
王都ルミエールで見ていた「優雅な太陽」とは違う、生きる者の水分を容赦なく奪い去る、荒々しい光の世界。
けれど、その過酷な景色の中に、私は確かな呼び声を感じていました。
(……待っているわ。この砂の下で、何かが……)
やがて、私たちはサバナ王国の最初の宿場町、オアシス『ザムザム』へと到着しました。
馬車の扉が開いた瞬間、熱気が波のように押し寄せ――ようとしましたが、カイルム様が私の前に立ち、マントを広げてその熱をすべて遮断しました。
「……私の側から離れるな。一歩でも外へ出るときは、私の影の中にいろ」
そう言ってカイルム様が私を抱き上げ、地面に降ろそうとしなかったのは、私への過保護ゆえでしょう。
けれど、私は彼に耳打ちしました。
「閣下、ありがとうございます。でも、ここからは『聖女』としての私を見ていてくださいませ」
私は、カイルム様がこの旅のために用意してくださった『砂漠の聖装』に身を包み、ゆっくりと地面に足をつきました。
薄い絹を重ねた、風に舞うような純白の衣。肩や背中が少しだけ覗くデザインに、閣下は出発前から「破廉恥だ」と顔を真っ赤にして反対されていましたが、砂漠の精霊と共鳴するためには、この軽やかさが必要なのです。
広場に集まった砂漠の民たちは、白銀の髪をなびかせ、氷の結晶のように輝くドレスを纏った私を見て、一斉に息を呑みました。
「……あ、ああ……女神様……」
「なんと清らかな……。見ているだけで、渇きが癒えていくようだ……」
彼らが縋るように私を見つめる中、私はオアシスの中心にある、今や泥水しか湧かなくなった泉へと歩み寄りました。
サバナ王国の水が死ねば、人々は生きていけません。
「……精霊たちよ。静かな眠りと、清らかな目覚めを」
私は胸元の魔導書に手を当て、内なる「白氷」の魔力を、泉の底へと流し込みました。
――キィィィィィィン……。
高純度の氷の魔力が泥を浄化し、一瞬にして泉全体を透き通った藍色へと書き換えていきます。
立ち昇る涼やかな霧。
水面に浮かんだのは、私の魔力が形作った、決して溶けない『氷の蓮』でした。
「おぉ……! 水が、水が生き返った!」
「冷たい! こんなに甘くて冷たい水、生まれて初めてだ!」
歓喜の声が爆発しました。
人々は涙を流して私に跪き、砂に頭を擦り付けて感謝を捧げています。
王都で「不浄」と石を投げられた私の力が、ここでは命を繋ぐ「奇跡」として、最高に祝福されている。
「……エルシア」
背後から、カイルム様の腕が私の腰を抱きしめました。
彼は満足そうに微笑む領民たちを、まるで自分の獲物を自慢するかのような、傲慢で甘い視線で見渡しました。
「……見たか。これが私のエルシアだ。これほどの奇跡、本来なら貴様らに見せることさえ惜しいのだがな」
カイルム様は、跪く人々を威圧するような強さで私を自分の方へ引き寄せ、衆人環視の中で、私のこめかみに深い口づけを落としました。
独占欲。
その熱い響きが、砂漠の熱気よりも強く私の身体を震わせます。
「閣下、また……。皆さん、見ていらっしゃいますわ」
「構わん。君を敬うのはいいが、君に触れようとする不届き者が現れぬよう、釘を刺しておくだけだ」
カイルム様のどこまでも重い愛に、私は苦笑しながらも、深い安心感に包まれました。
けれど。
喜びの中、私はふと、泉の隅に咲いた氷の蓮の形が、微かに歪んでいることに気づきました。
蓮の根元――砂の中に半分埋まっていたのは、私が作ったものではない、鋭い『氷の破片』。
それは、エルシアの魔力とは異なる、どこか「悲しみ」を孕んだ冷気を放っていました。
(……私以外に、この砂漠で氷を使う人が……?)
母様の魔導書が、かすかに震えました。
黄金の海の向こうに、私を呼ぶ、もうひとつの孤独な影がある。
カイルム様の熱い手に守られながら、私は砂漠の深淵へと続く、さらなる謎の予感に胸を騒がせるのでした。
「……君に触れようとする不届き者が現れぬよう、釘を刺しておくだけだ」
カイルム閣下、砂漠の真ん中でも独占欲のエンジンはフルスロットルですわね!
エルシア様の新しい衣装(少しだけ肌が見える聖装)に、内心では気が気でないご様子……。
その過保護っぷりが、砂漠の熱さえも「甘さ」に変えてしまうようです。
泥に沈んだオアシスを、一瞬にして「宝石の泉」へと変えたエルシア様の奇跡。
王都の人々が見れば腰を抜かすような圧倒的な格の違いを、
サバナの民は魂の底から讃えていますわ。
ですが、泉の底で見つけた「異質な氷の破片」。
サバナ王国には、エルシア様が知らない「氷の力」を持つ誰かが潜んでいるのでしょうか?
物語は、救済からミステリーへと、さらに深みを増していきます。
もし、閣下の「新婚旅行のような溺愛」と、エルシア様の無双っぷりに「もっと見せて!」と思ってくださったなら、
ぜひ【ブックマーク】の継続と、下の【☆☆☆☆☆】の評価で、
二人の旅路に「祝福の風」を贈ってあげてくださいな。
皆様の評価が、エルシア様の魔法をより輝かせ、
砂漠の謎を解き明かす「真実の光」になりますわ。
次回、第47話「不遜な王子と死神の眼光。私の妻に触れるな」でお会いしましょう。
(※新たなライバル(?)の登場に、閣下がかつてないほど荒ぶりますわよ!)




