第25話:運命の婚礼衣装。『純白の氷』を纏う花嫁
「――これを、私が紡ぐのですか?」
母様の魔導書を膝に置いたまま、私は自身の指先を見つめた。
地下倉庫で見つけた古い知識によれば、私たちの血筋に眠る「調和の氷」は、ただ冷やすだけではない。想いを形にし、永遠を凍結させる「創造」の力。
「ええ、そうですわエルシア様! 王都の薄っぺらな流行なんて、今のあなたには相応しくありません。……カイルム様が用意した最高の布地に、あなたのその『聖女の輝き』を直接縫い込むのですわ!」
ロザリア様が、興奮で頬を上気させながら私の周りを回る。
私の前には、カイルム様がどこからか調達してきた、月の光を織り込んだような最高級のシルクベルベットが広がっていた。
「……君の好きなようにすればいい、エルシア。君が自分自身の手で描く未来なら、私はそれを全力で守るだけだ」
カイルム様は、私の背後に立ってその広い胸に私を預けてくれた。
彼の手が私の指先に重なる。彼の「熱」が私の「冷気」と混ざり合い、魔導書に記された古い術式が、私の脳裏に鮮やかな紋様を描き出した。
(母様、見ていてください。私はもう、震えるだけの娘ではありません)
私は瞳を閉じ、深く呼吸した。
指先から溢れ出すのは、真珠のような光を纏った「白氷」の魔力。
さらさらと、心地よい鈴の音が部屋に満ちる。
私が空中に指を走らせると、魔力は細い、細い光の糸となり、広げられた白銀の布地へと吸い込まれていった。
「……まあ……っ! なんてことですの……!」
ロザリア様が息を呑む。
針も糸も使わず、私の魔力そのものが布の上で踊り、見たこともないほど繊細なレースを編み上げていく。
それは、ノースウォールの吹雪が描く雪の結晶のようであり。
カイルム様が私にくれた、温かな春の陽だまりのようでもあった。
裾には氷の花が咲き乱れ、動くたびにダイヤモンドのような粉雪が舞う。
デコルテには、母様の遺した魔石を核とした「永遠の加護」が刺繍され、私の心臓の鼓動に合わせて青白く脈動していた。
一刻、あるいは永遠のような時間の果て。
そこには、王都のどんな王妃の衣装も霞んでしまうような、幻想的な「純白の氷のドレス」が顕現していた。
「……できた……。これが、私の『誓い』……」
私は鏡の前に立った。
そこに映るのは、かつて屋根裏で泥に汚れ、家族に「不浄」と蔑まれていた私ではない。
凛とした意志を瞳に宿し、愛する人の隣に立つ資格を手に入れた、北領の主母としての姿。
「……ああ……。くそ、やはり外に出したくない」
カイルム様が、たまらずといった様子で私を後ろから抱きすくめた。
彼の低い声が、独占欲でわずかに震えている。
「こんなに美しい君を、他の男たちに見せるなど……。領民たちへの披露が終わったら、すぐにこの部屋へ連れ戻して、私だけのものにするからな。覚悟しておけ」
「……カイルム様……。ふふっ、そんなに強く抱きしめたら、せっかくのドレスがシワになってしまいますわ」
「シワになどならん。君の魔力でできたドレスだろう? ……なら、私の熱で溶けないように、一生かけて私が温め続けてやる」
カイルム様は私の首筋に鼻を寄せ、深く、深く、その香りを吸い込んだ。
彼の熱い唇が、鎖骨に刻印を残すように触れる。
幸せすぎて、胸が痛い。
王都から追い出されたあの日、私の世界は終わったと思っていた。
けれど、あの絶望があったからこそ、私はこの「温度」に出会えた。
「――閣下! 申し上げます!」
不意に、扉の外から近衛騎士の緊迫した声が響いた。
カイルム様が私を離し、一瞬で「死神」の貌に戻る。
「……何だ。今は取り込み中だと言ったはずだぞ」
「はっ! ……監視網に動きがありました。王都の『太陽騎士団』本隊、および異端審問官マルファスの増援……。その数、およそ三千! ……国境の峠を越え、あと数刻でこの城の見える位置まで到達します!」
部屋の空気が、一瞬にして凍りついた。
三千。この北領の平和を力ずくで奪いに来る、傲慢なる王都の軍勢。
「……フン。三千か。……私の妻の門出に、随分と賑やかな余興を用意してくれたものだな」
カイルム様が、私が縫い上げた氷の刺繍のマントを力強く羽織った。
彼のマントと私のドレスが、共鳴するように青く輝く。
「カイルム様。……行きましょう。私たちの、本当の婚礼へ」
私は、彼の差し出した大きな手を、迷うことなく握り返した。
王都の連中が何を持ってきたとしても、もう怖くはない。
私の隣にはこの人がいて、私の背中には母様の愛があり、そして今――。
私の手には、王都を凍てつかせるための「最強の氷」が宿っているのだから。
「私たちの、本当の婚礼へ」
純白のドレスを纏い、戦場という名の祭壇へと向かうエルシア様……。
その凛とした美しさに、私の心も熱く震えてしまいましたわ。
カイルム閣下の「一生かけて温めてやる」という誓い。
それは、どんな吹雪よりも強く、どんな太陽よりも眩しい愛の言葉。
ですが、ついに現れた三千の王都軍。
彼らはまだ知らないのです。自分たちが手放した「聖女」が、
今や世界を書き換えるほどの力を手にしていることを。
さて、次回はノースウォールの世紀の結婚式……と同時に、
王都軍を完膚なきまでに叩きのめす「最高のざまぁ」の幕開けですわ!
もし、エルシア様の魔法のドレスに「なんて綺麗なの!」と思ってくださったなら、
ぜひ【ブックマーク】と【☆☆☆☆☆】の評価で、
彼女の門出に「幸運の雪」を降らせてあげてくださいな。
皆様の評価が、王都軍を震え上がらせる「絶対零度の吹雪」になります。
次回、第26話「ノースウォールの世紀の結婚式。領民たちの祝福」でお会いしましょう。
(※閣下とエルシア様の「夫婦最初の共同作業」……一掃タイムが始まりますわよ!)




