36.元祖悪役令嬢は断罪劇を嗤う
シャンデリアの冷たい光が、パーティーの華やかな会場を照らし出す。しかし、その中心に流れる空気だけは、氷のように凍りついていた。
鳴り響いていた音楽は唐突に止まり、何百という貴族の視線が、一人の令嬢へと突き刺さっている。
「ソフィア・サブジーナス。貴様との婚約を、今この瞬間、破棄することを宣言する!」
王太子の鋭い声がホールに響き渡った。彼の傍らには、怯えたように彼の腕にすがりつく、平民出身の聖女が居る。
王太子の瞳には、婚約者への慈しみなど微塵も残っておらず、あるのは煮え繰り返るような嫌悪と軽蔑だけだった。
「……もう一度おっしゃっていただけるかしら?」
彼女は、衛兵の槍を向けられても眉ひとつ動かさず、それどころか、優雅に扇を畳むと、その先端で王太子が突きつけた罪状の書類を、汚物でも見るかのように撥ね退けた。
「婚約破棄、そして処刑ですって? 貴方、私を誰だと思って居るのかしら?」
「白々しい。その傲慢さが、この清らかなシルヴィアをどれほど傷つけたか分かっているのか?」
彼は懐から数通の書状を取り出し、床へと叩きつけた。
・聖女への暴行。 暗殺者を雇い、シルヴィアを暗殺しようとしたこと。人身売買に出そうとしたこと。学園内での暴言やいじめ。
・ 学園内での横暴。 自身の権力を笠に着て、自分に歯向かった生徒達を次々と退学に追い込み、私物を噴水に投げ捨てたこと。魔術で生徒や教師を傷つけたこと。
「貴様のような毒婦が、この国の王妃になることなど断じてあってはならない」
周囲からは「やはり」「恐ろしい女だ」というひそひそ話が漏れ聞こえる。ソフィアを庇おうとする者は一人を除き、居なかった。そして、ソフィアもそのことを気にもとめていなかった。
「王太子殿下、サブジーナス家のことを存じていないのですか?無能ですね。お姉様を処刑しようとするなんて、出来るはずが無いでしょう」
レオンが、鋭い眼差しで聖女や王太子を見つめる。声には、彼らへの嫌悪が入り混じっていた。
王太子の傍らで、聖女が、「ソフィア様、もう罪を認めてください」と、少し怯えながらも縋る。しかし、ソフィアはその冷徹な眼光だけでシルヴィアを射抜いた。
「偽善者は黙って?私はお前の発言を許していないわ」
「貴様、 シルヴィアを侮辱するのか……!」
激昂する王太子を無視し、ソフィアはゆったりと会場を見渡す。その場にいた貴族たちは、彼女と目が合うたびに、蛇に睨まれた蛙のように震え上がり、視線を逸らした。
「王太子殿下、そのように些細なことで激昂していては、疲労で死ぬのでは?」
「レオン公爵子息……。本当に、サブジーナス家は権力が無駄にあるだけで、性格の悪い奴らばかりだな……!」
その言葉を聞いた途端、部屋の温度が急激に下がった。
レオンは溜息を付いた。
「愚か……」
ソフィアが愉快そうに笑った。
「何、何をっ……!フフ、アハハハハッ!貴方、本当に馬鹿だわ。前から阿呆だと思っていたけど、間違いないわ。フフッ…最高ね!」
何に彼女が笑っているのか分かっていない彼らに、レオンは説明をする。
「貴方は今、サブジーナス家を貶めたのですよ。怒りに身を任せて失態を犯すとは。この国も終わりですかね」
王家を超えるほどの権力と財産、才能を兼ね備えた第二の王家とも言われるサブジーナス家を貶めたこと。それは、普通に考えれば、国家転覆の危機でもあった。
「しかし、貴様がやったことは大罪だ。さっさと罪を認めて、牢獄へ入れ!」
ソフィアは長い溜息を吐いてから、言った。
「えっと、誰だったかしら……ああ、シルヴィアさんへの暴行? 横暴? ええ、殿下の言う通りやりましたわ。だけど、それが何だというのかしら? 学園は我がサブジーナス公爵家が多額の寄付を行っている庭。庭の雑草を抜いて、何が悪いというのかしら?」
彼女は一歩、また一歩と王太子へ詰め寄る。
「私を処刑? 笑わせないで。そう言うのは……
彼女は扇を彼の首にポンと触れた。
「死ぬ覚悟ができてからにしなさい」
彼女はにっこりと、愛想笑いのような満面の笑みで言葉を紡いだ。
「さあ、殿下。その卑しい平民の女の首を自らの手で、跳ねなさい。そうすれば、慈悲深いこの私が許してあげてもよろしくてよ?」
しかし、王太子は怯えるどころか、憐れみすら含んだ冷ややかな笑みを浮かべた。
「ソフィア……。お前のその傲慢さが、お前自身の目を曇らせたのだな」
彼が静かに合図を送ると、会場の重厚な扉が開いた。そこに現れたのは、ソフィアやレオンの父、サブジーナス公爵本人だった。
レオンが衝撃を受けたように公爵から目を離さない。
「お父様……ああ。……殿下に罰を受けさせる手伝いをしてくださるのですか?」
「……黙れ、この愚か者が!」
公爵の怒号が響き、彼女の頬を鋭い衝撃が襲った。彼女が頬に手を添えると、真っ赤な液体が手に付着した。
彼女は何かを考えているようで、黙ったままだ。
「殿下、申し訳ございません。この娘が積み上げた横領、不当な弾圧、そして聖女暗殺未遂の証拠……すべてここに。我が公爵家は、本日をもってこの大逆人との縁を切り、ソフィアを王法に……
「お父様も離れるのね」
彼女の言葉に彼は息を止めてから、再び口を開いた。
「委ねます」
ソフィアが周囲を見渡すと、さっきまで彼女に怯えていた貴族たちは、今や一様に蔑みの笑みを浮かべていた。
「連れて行け。二度とその汚らわしい口を開かせぬようにな」
王太子の命令に、近衛兵達が、今度は容赦なく彼女の細い腕を掴み、引きずって行く。金髪は乱れ、高価なドレスは床に擦れて無惨に汚れる。
「……いや、嫌よ! その女、その汚らわしい聖女に負けるなんて……!離しなさい! 無礼者!私はソフィア・サブジーナスよ! 」
彼女の叫びは、冷たく閉ざされた扉の向こうへと消えていった。最後に、ソフィアは微笑を浮かべた。
後に残ったのは、静まり返ったホールと、勝者として寄り添う王太子と聖女の姿だった。ただ、聖女は気まずそうにしていた。
レオンは涙目になりながら、悔しそうに公爵に語りかけた。
「それが、父上の答えですか?」
「……ああ」
「僕を投獄しないのですか?」
「お前はソフィアの命令に強制的に従わされていただけだ」
「違います!」
レオンは公爵の言葉を否定する。
「僕は、自らの意思で彼女に従っていた!強制なんてされていない!強制されたことなんて、一度もない!……何故、お姉様を処刑するなんてことが出来るのですか?お姉様に罪があるというのなら、僕にも、そして父上にも罪はある筈だ!」
レオンは公爵に掴みかかり、そう問いただす。公爵は何も答えない。
「なにか言ってください!お姉様を愛しているのでしょう!お姉様が処刑される理由なんて、無い筈だ……」
王太子や聖女たちは、口を挟みそうになりながらも黙って彼らを見つめる。
「お姉様が、お姉様が処刑されるのだったら……」
彼は公爵からゆっくり手を離した。その時、床に水滴が一滴二滴と零れ落ちた。
「僕を代わりに処刑してください……」
サブジーナス家にレオンがやって来た時と彼が重なった。
「連れて行け」
公爵が近衛兵に命じた。近衛兵は彼の腕を掴むが、彼は反抗する。最終的に彼を五人がかりで無理やり歩かせていった。
「父上!ねえ、父上!そうやって逃げ続けるのですか!?父上!父上ーー……!」
彼も見えなくなった。気づくと、公爵も消えていた。
◇ ◇ ◇
……喉が、焼けるように熱い。
視界を覆っていた真っ赤な血の色が消え、代わりに目に飛び込んできたのは、見慣れた天蓋付きのベッドと、窓から差し込む柔らかな朝日だった。
「夢……」
寝巻き越しに、心臓の鼓動を確かめるように掌を押し当てた。
ドクン、ドクン、と早鐘を打っている。
生きてる。
今のは、乙女ゲームの最終章の夢だ。
……死にたくない。私は絶対にこうはならない。
今話、どうだったでしょうか?急に場面が変わって驚いた方も居ると思いますが、楽しんで(?)頂けていたら嬉しいです。
この話の次からは、ソフィア達が成長します!学園入学します。様々なイベントが盛り沢山です。完結させますので、最期まで読んでくださいね!
それと、感想ください!感想めちゃくちゃ嬉しいです。




