懐中時計。
「もう……笑ってほしくて、喜んでほしくて……頑張って作ったんだから、泣かないで?」
ハンカチ……と思ってポケットに手を突っ込むと、おぅ……出てきたのはハンカチではなくて布状のメモ。
そういえば、執務室兼私室に来た時にシシリーの普段着に着替えたんだっけ……。
じゃなくて、普段着にメモ、じゃなくてハンカチとちり紙はっ!
(セシリアの服なら、ポケットには必ずハンカチが入ってるんだ……)
まぁ私が入れるんじゃなくて、専属メイドのセリカが入れてくれてるんだけどさ。
セリカに感謝だわ。
いや、でもきっとどこかのポケットにはハンカチがあるはず!と、必死にポケットを漁っていると、携帯用のペンやら飴やら、果ては何かのネジとかゴムのような部品が、どうやって入れてたのか、なぜか大量に出てきて愕然としていると、ふふ、と笑い声が聞こえた。
「……らしいな。シシリー…らしい」
「涙を拭いてあげたかったのだけど……さすがにネジじゃ拭けないね。ごめんね」
「大丈夫だ」とでも言うように、軽く横に首を振ったその顔にあった涙は消えていた。
琥珀色の双眸は……泣いてしまったことを示すかのように、少し赤く充血していたけれど。
……たしかに機能重視で、ポケット多めの服を好んで着ていたけど、これは無いわ。
全身が道具箱化してたわ。気をつけないと。
そんな私の思いはともかくとして、ルークはゆっくりと自分の手元へと視線を落とし、紙の包みを解き始めた。
思わず、その様子をじっと見入る。
(喜んでくれるかな?)
布張りの小箱の中に、いぶし銀の懐中時計。
ハンターケースの両開き……あぁ、懐中時計に裏も表もカバーのように蓋がついているタイプで、前のカバーはデミハンターにしてたんだっけ。
デミハンターっていうのはね、中心だけがガラス張りにしてあって、蓋を開けなくても時計が覗けるようになっているんだ。
(……カバー部分の彫金は、本当は家紋だったり、何か入れるものが色々とあったらしいんだけど、私は貴族出身ではなかったから、そういうルール的なものは知らないし、よくわからないから私の好きな薔薇と、国の守護龍を模様にしてガラス部分を囲うように彫った……シシリーが、彫ったの)
反対側の蓋は、何も彫っていない。
陞爵するのでは?という話も聞いていたから。
まぁ、国の騎士団の上層部に所属している時点で、なんらかの爵位を持っていたのだろうけど、今回の陞爵で領地付きの、俗に言うような『一代限りではない貴族』の仲間入りをするのでは?と言う噂だったので。
「……今も使えるといいんだけど、デザインとか大丈夫かな?」
反対側の蓋にそういう紋とかを彫れば格好もつくんじゃないかなってこっそり思ってたのと……あと、途中で燃え尽きたとも言う。
彫金って難しいんだよ!
ちなみに、裏側は2枚葢になっていてね……ちょっとした細工がしてある。
2枚目をひらくと、懐中時計の裏側……スケルトンタイプにしてあるので、ガラス張りで時計の構造が見えるようになってる。
「作り立ての新品のはずなのに、最初からアンティークになっちゃったね。ちゃんと動いてる?」
食い入るように懐中時計を凝視したまま、こくりと頷く。
うーん、これは2枚蓋の細工部分は見せられないかもしれない。
見たら、また泣かれる気がする。
「……折角だから着けてみても良いかな?」
また、声も無しで……こくりと頷いたので、布張りの小箱に入れてある、数本のチェーンの中から、ちょっと長めのチェーンを取り出すと、ルークの手の上にある懐中時計を繋げて。
このチェーンはベストのポケットに入れる為の物だから……。
「ちょっとごめんね」
ソファーに座るルークの正面で膝立ちになって、ジャケットのボタンを外していく。
ルークが今着てるのは、フロックコート。
あれだ、ちょっと丈の眺めのスーツみたいなやつなのね。
着方としては、名前の通りジャケットとコートの中間みたいな使い方をする感じだと思えば、だいたい間違いではないかな?
で、中にベストを着て、その下がドレスシャツ……簡単に言えばワイシャツです。
(ジャケットの胸の部分にあるポケットに、しまえるように着けても良いんだけど、個人的にはベストのポケットにしまう方が格好良いんだよね)
折角だしと思って、ベストにつける方向でチェーンも選んじゃったし。
って事で、ボタンを外したジャケットの前をひろげると、ベストのポケットに懐中時計をしまう。
そこからチェーンを伸ばすように引き出すと、先端より少し手前に付けてある金具をベストのボタンに被せるように固定する。これで完了ね。
ベストのボタンの飾りのようにチェーンの先端がきらきらと揺れる。
(飾りのチェーンもつけてもよかったかなぁ)
構造としてはボタンに掛けるだけのフック状のものもあったのだけど、動きの激しい場合は外れてしまうかも……って聞いたので固定できるタイプの金具にしたんだ。
……それにしても、着けてる間もまるでマネキンか何かのように、俯いたまま一点を見つめ、微動だにしないルーク。
大丈夫かなぁ。
「よし、出来た……」
ジャケットの前をボタンはつけずに軽く戻して、立ち上がると、少し下がって全体を見てみる。
俯いてしまっているので表情こそ見えないけど、チェーンの太さも長さも、嫌味にならない程度に品良く選べたと思う。
普段使いに長く使って欲しいから……頑丈さも、だけど、懐中時計って礼服に着けるお洒落の一つでもあるから、見栄えもある程度は欲しい。
そう考えると、本体以上にチェーンも金具もデザインが堂々巡りをしてしまって、なかなか決まらなかったんだ。
ま、杞憂だったかな。
身に付けるルーク自身が、とてもスタイルが良くて素敵だもの。
なんでも素敵に見えちゃうから大丈夫。
「うん……格好良い!」
頑張って作っただけあって、似合っているのが嬉しくて、笑みが止まらなくなってくる。
テーブルに置いてある布張りの小箱には、チェーンがあと3本ほど入れてある。
全て長さが違うのは、それぞれ用途が違うから。
今回着けたのはベスト用。
ジャケットのポケットに入れる為の長さで金具がついている物もあるし、少し短めのはトラウザーズ……ズボンね。
ズボンのポッケに入れて使うためのチェーン。
あと、どれも落とさないように、しっかりと着けられるように、金具もいくつか揃えて入れてある。
(ま、好きな金具をチェーンにつけて使えば良いんだけどね)




