216 炎帝杯-片鱗
其れは今迄抑えていた狂気が垣間見えたような一撃だった。
◇
試合は進み、"せんな"が出場する試合の順番が回ってきた。"せんな"は舞台へと向かう前にウインドウを呼び出して何かをしていた。其れは装備変更であり、試合に出た"せんな"が構えた武器は普段とは異なった武器であった。剣という種類は同じであるが今回の武器は前の刀剣はおろか使い手よりも長大であった。剣の柄は両手で持ってもかなり余る程に長く、刀身は背丈よりも長く幅は広い。其れを片手で持っていた。あとオマケに仮面まで付けている。
そして参加者とは別に試合に放たれた刺客は、参加者たちよりも大きな身体を持ち、岩のような鱗を持っている重量級のエネミー"マウンテンロックス"。領域内でも障害物のように立ちはだかった其れの調整体であろう。
試合が始まる。舞台の仕掛けとして脱落を示す熱気が舞台を囲む。今回の刺客は今迄よりも重量級なだけあって動きは遅く回避されるような心配も無いからか参加者たちは一斉に狙い出す。様子見のように手頃な攻撃を放つ者や一気に沈めようと大技をぶつける者。しかし刺客はビクともしない上にHPも僅かしか変動がない。
そんな中で"せんな"も走り出した。能力上昇付与でもしたのか巨大な武器を持っているにも関わらず普段に近い動きで刺客に詰め寄る。他の参加者を躱し、刺客の身体を足場にして刺客の頭上に跳び上がる。すると其処で"せんな"が振り上げた武器に荒々しい光が灯った。意思を持っているように激しく荒ぶる光を持ちながら"せんな"は真下の刺客に向かって武器を振り下ろした。
以前にとある仮面ピエロがこのような事を言っていた。―――昔はストレス発散とばかりに鬼気迫る勢いで敵を屠って"《《バーサークヴァルキリー》》"と呼ばれる程でしたのに―――
そんな言葉が納得してしまうように試合では"せんな"が振り下ろした光が刺客に大きな衝撃を与えていた。その一撃は刺客から鱗を飛散させて、刺客本体をダウンさせるだけには留まらず、衝撃と飛散した鱗が近くにいた参加者に被弾した。
「なんだ今の一撃!?」
「一瞬であのデカブツを!?」
「対【竜】用の大剣スキルか、ヒュー、派手だねぇ」
"せんな"の放った一撃は刺客のHPの全ては削れていないとはいえ、刺客の防御力を認識させた途端に大きくHPを削った上に体勢を崩したのだから外野が騒ぎ立てても不思議は無いだろう。
"せんな"の放った一撃は外野の中で看破した者が居るように【竜】に使用する事で真価を発揮する大剣用スキル。威力が高く、【竜】の防御力を高確率で下げる事が出来る。"マウンテンロックス"の鱗が飛散したのがその証拠である。普段の刀剣では出来ず大剣に持ち替えた事で成立する技である。
「何アレ!?あんな事出来たの!?」
「…あの武器も見た事無い」
「そういえば…元攻略組なんだっけ…?」
元攻略組という事は知っていても当時のような戦闘を見る事の無かった面々からすれば驚きの戦闘である。とはいえ攻略組としての実力の殆どを見た訳では無いという自覚は持っているので驚きと同時に納得もある。
「あんなの有るなら教えてくれれば良かったのに」
「あまり使うつもりは無いみたいですけど、稀に使ってましたよ?」
「え、そうなの!?」
間近で見た事のある"るる。"がそう言うように、"せんな"が武器を持ち替えた場面は存在した。ただやはりその大きさや重さに問題でもあるのか、一度使った後は直ぐに武器を戻しているので見られる機会は限られていた。
そんな"せんな"であるが、試合中は武器の持ち替えが出来ないルールである為、武器は変わらず大剣を持っている。だからなのか今は距離を置いて剣先を地面に付けるような構えで止まっている。
「やっぱり重いのかな?」
「スキルのデメリットかも?」
何か考えが有るのか無いのか"せんな"に動きは無い。その間に他の参加者が刺客へと攻撃を行っている。先程の"せんな"の一撃が効いているようで、参加者たちの攻撃は先程よりも通るようになっている。ただあの一撃を越えるような威力は出ない。
攻撃を受けながらもダメージを感じさせないように刺客は動く。
「おお!?」
「マジかお前!」
刺客が身体の上半身を浮かせた。あの重量から立ち上がるかのような動作が出た事に驚く参加者。刺客の腹部付近には鱗は少なく腹を見せるような行動は一見すると攻撃のチャンスのようにも見える。しかし其れは油断となる。
「ぁ―――――」
「うおっ!?」
「ぐあああ!!」
刺客が身体を地面へと叩きつける。油断した者がそのまま巨体に踏み潰されるが被害は他にある。叩きつけた衝撃が波として舞台全体に広がる。立っているだけでは吹き飛ばされるような強烈な圧が参加者を襲う。
他が吹き飛ばされる中、"せんな"は大剣を使って上空へと跳躍した。しかし大剣は地面に置いてきたために先程のような一撃は使えない。このまま空中に居ても回避が出来ず的になるだけ。
「どうするつもりだ…?」
他にも衝撃を耐え忍ぶ者も居る中、観客の注目は"せんな"へと集まる。先程の一撃を思えば次にどう出るかと気になるのは当然か。
"せんな"は武器が無いなりに空中で構える。すると周囲に光が灯り始める。援護射撃としても何度か使用した事もあるスキル〈チャリオッツ・レイ〉。空中に現れた複数の光が刺客へと襲いかかる。
グオォォォォ!
放たれた光は体勢を整えた刺客に降り注ぐが、貫通性は大剣より劣るのか傷は浅く幾つかは弾かれていた。ダメージは薄いものの着地した"せんな"は直ぐに自身の武器を拾う。またあの一撃を繰り出すのだろう。そう思われた時、"せんな"に向かって何かが飛んできた。
「流石に見せ場を全部持ってかれる訳にもいかねえな」
"せんな"は大剣を盾にして難無く防ぐが、攻撃してきたのは他の参加者であった。流石に派手に立ち回り過ぎたか。戦力としては頼もしいがこのままではMVPが取れないとでも思ったのだろう。他の参加者が刺客と同じように"せんな"を狙い始めた。
「え、邪魔してくるの!?」
「…変な興味を惹いてしまった」
「……でも大丈夫じゃない?」
単に戦いたいのか数人の参加者たちが"せんな"を攻撃する。その間にも刺客には他の参加者が攻撃を仕掛ける。連携を取っているつもりはないのだろうが足止め側と攻撃側の二手に分かれていた。攻撃側には実力者が居るようでドォンという音を響かせながら先程の"せんな"のように力で圧しているが、足止めの方はというと――――
「…相手にされてないね」
襲い来る相手を"せんな"は軽く流す。体力温存のように大剣を振り回すような事は少なく殆どは大剣の角度調整で力を流している。そして一通り受け流すと攻撃の一つを利用して上空へと跳び、再び刺客に対して一撃を振り下ろした。
◇
「おかえりなさい」
「やっぱりMVPだったね」
試合が終わって"せんな"が控え室に戻ってきた。
試合の結果としては刺客にトドメを刺したのは別の者であるがHPの半分以上を削って勢いを付かせたのは間違いなく"せんな"であり、ダメージMVPを取るのも当然であろう。
ちなみにもう仮面は付けていない。あれだけ悪目立ちすると分かっていたから付けていたのだろうか。
「そういえば、どうして急にあんな戦い方を?」
「行く前…」
訊けば観戦の際に出た話題に感化されたとか。其れで気が変わって持ち出してきたとか。戦闘の始めに鬼気迫る勢いで攻撃していたが別にストレスが溜まっている訳では無いらしい。
「そういえばそんな話したかな。まさか簡単に実行してくるとは思わなかったけど」
「出来る人は単騎撃破出来そうだね…アレを見せられると…」
戦闘についての感想の後はMVP報酬へ。MVPを取ったのだから当然特別報酬が与えられている。特別報酬は最終報酬等とは違って既に配られているようで"せんな"も此処で確認しようとする。だけど其れを止めるものが現れる。
『此れで一通りの試合は終了しました。
では此れよりエキシビションマッチへと移行します』
想定通りか想定外か、試合を終えて気の緩み始めていた参加者たちに次の内容が告げられた。




