214 炎帝杯-陽炎(かげろう)
【独り言】
マツケンサンブレイク…!?
「納得いかない!」
"Akari"が戻ってきて第一声が其れだった。
結論から言えば"Akari"は善戦すら出来ずに敗退した。"Akari"が出場した試合に出てきた刺客は猛竜地帯で走り回っていたような速度のあるエネミーだった。とはいえ、先の試合のように空中に居る訳では無いので"Akari"としてはまだ戦い易い部類であった。…のだが、速度がある分その動きで参加者を翻弄し、同士討ちが此処までの試合で一番起きた。"Akari"は刺客に攻撃を通す前に巻き添えでHPの殆どを失って脱落となった。納得がいっていないのも当然だろうが乱戦となれば仕方が無い。
なお、速度があるものの打たれ弱かったようで割とあっさりと刺客は倒された。巻き添えに注意さえ出来ていれば生き残るのも難しくなかったので余計に悔しいだろう。…其れでも巻き添えで参加者はかなり減ったが。
"Akari"がリベンジを願おうがその願いは何処にも届くこと無く、次々と参加者にメッセージが届く。炎帝杯はもう次の試合へと移っていた。
炎帝杯は平均よりも多い参加者を有しているが、一試合辺りに其れなりの数が参加するのでまだ試合をしていない参加者は半分を切る頃合いだろう。折り返しである。
「……、本当に突然来るのね」
「え、次は"詠"なの?」
「そうみたいね。じゃあ行ってくるわ」
参加を告げるメッセージを受け取った後、戦いの舞台へと向かう。
此処でこの大会のルールをおさらいしよう。と言っても其程難しい事はない。基本的には乱戦がベースとなっている。なので確認するのはこの大会の特徴的な部分。
一つ、試合には刺客が参戦してくる。現段階で試合毎に異なるエネミーが登場している。一度に登場する種類は一種類だけだが数は決まっていない。飛竜のように複数体というパターンも存在する。刺客は既存のエネミーから選ばれているように思えるが個体自体は調整されていると思われる。
二つ、フィールドセット。所謂舞台の仕掛けである。HPに関わらず脱落させるものや特定行動を強めるもの等、仕掛けは様々。毎回試合の開始時に仕掛けられ効果の説明が無い事も多く、恩恵を与えるものでさえ暴発の危険性があるので早めに把握をしなければ命取りになる事もある。
「詠さん待って下さい」
「あれ?貴女も届いていたの?」
「はい、あの後に届きました」
後から現れたのは"るる。"だった。どうやら『Celesta Sky』からの参戦は二人だったようだ。此れで大体はフィールドに出揃っただろう。そして其れを狙ったように刺客が舞台に現れる。
今回姿を現したのは炎を纏った生命体。初戦で出てきた竜人の炎に似てはいるが形が異なり、此方は浮いている。言うなれば炎の妖精もしくは悪魔とでも言うべきか。其れで言えば強者を護衛していた炎の幽霊にも似ている。
「なんだ……炎魔か…?!」
「炎魔…ってあんなだったか?」
以前に聞いた"炎魔"という名称が似合う形ではあるがどうやら別個体のようだ。とはいえ刺客として出てきたのだから同等かそれ以上の厄介さである事は確かだろう。
「初戦の刺客と同じようなものでしょうか?」
「そう決めつけるのは早計だと思うけど…特にこの状況に関しては…」
炎の生命体という点は似ているが竜人の炎とは違って攻撃的な圧が無い。似た攻撃の可能性はあるものの、拳などが飛んでくるような印象は無い。とはいえ状況を理解するのにやはり情報が足りていない。炎の悪魔もだが、今回の舞台の仕掛けも一目で分かるタイプでは無い。刺客が現れたタイミングでフィールドにも何かが反映された筈なのだが変化が殆ど無い。先のように舞台を囲まれている訳でも染まっている訳でもない。恩恵なのか罠なのかも判断出来ないために下手な行動もうてない。
そんな警戒状態の中、開始の合図が鳴り響いた。
数人の参加者が刺客を攻めようと走り出す。其れに対応するように刺客も何か動きを取ったかと思うとその姿がどういう訳か二重になった。
「させるか!」
参加者の一人がスキルを使用して加速、その速度のままに刺客に突撃した。先手必勝、何かの途中であろう刺客にその攻撃が届く。ところが――――
「何、消えた!?」
突撃が突き刺さった筈の刺客は幻のように消えて攻撃が空を切る。では刺客は何処へ行ったのか、その答えは直ぐに判明した。
「うお!?何時の間に」
幻となって消えた刺客は皆が見ていた方向とは反対の場所に位置取っていた。また正常に目視された刺客が軽い動きを取った。するとその視線の先に赤い空気が集まる。そしてその空気は急激に色を強め―――
ヴォアアアアァン!!!
「ハァッ……」
「ウ……」
業火となって範囲内の参加者を焼き払った。巻き込まれたのは精々二人程度であるがその威力は飲み込んだ者を問答無用で脱落させた。
「此奴…術者タイプか!」
どうやらこの刺客は近接系ではなく術を主戦術とするエネミーのようである。確かにこの刺客の動きは動きは素早いものの相手と一定の距離を取ろうとする節がある。この人数差に加えて発動までに時間のある術系ならば一見すると対処は簡単に見える。だがそう簡単な訳は無い。
「くそっ、またか!此れも何かの術なのか!」
「其処だ!…って此れもか!?」
術で攻めてくるのならその隙を突いてしまえばダメージと共に発動の妨害になる。だが其れが成立しない。参加者が隙を突いて攻撃すると決まって刺客は幻と消え、其処から離れた位置に移動する。今も移動後に隙があると思った参加者が攻撃した場合も同じように移動した。それ故に参加者は未だに攻撃が一度も通せていない。そして逃げられた後には特大の一撃が上がる。
参加者たちは熱源を察して回避を取る。すると移動する前の場所に大きな炎が出現した。
「キリがねえな!」
「どうすれば攻撃が通るんだ…?」
攻撃が通らない以上、術を避け続けなければ燃やされる事になる。
だが、状況を打開する事は出来なくもない。
「(やっぱり怪しいのはアレよね…)」
刺客が攻撃術を行使するよりも先、正確に言えば移動するよりも先、刺客の身体は二重に見えていた。其れは単なる見間違い等では無い事を他の参加者の反応からも分かる。そして移動を行った後はその視覚的な疑問は無くなっている。つまり視覚は攻撃よりも先に自身に対して回避の為の術を行使している。其処に突破口はある。
「となれば問題は回数か…」
先程移動後に続けて移動した所から考えれば、回避用の術は複数回重ね掛け出来る事になる。問題はその重ね掛けが幾つまで可能なのか。重ね掛けが多ければ其れだけ移動させて回避を消費させなければならない。
「(…案外大丈夫かも)」
突破口に気付いた参加者は他にもいるだろう。今は怯んでいる者が多いがそれらが攻撃に乗り出せば攻撃を届かせる事も不可能では無い。
「チッ…止まってても仕方ねえ!」
刺客がまた術の態勢に入る中、切り出したのは一人の参加者だった。当たらないと分かっていても攻め込まねばならない。だが、その参加者の足下に異変はあった。踏み込んだ部分の地面が赤くなっていた。
「は…?」
突如として火柱が上がった。
刺客の術ではない。術にしては発動が早すぎる。
「ぐ……罠か…」
「まさかフィールドか!?」
フィールドを確認しても先程のように赤く染まってはいない。だが間違いなくフィールドに仕掛けられた力が原因であろう。
今回の仕掛けはどうやら地面から炎が出てくる罠タイプのようだ。一度きりの効果とは到底思えず、恐らく不規則に繰り返すのだろう。威力や規模は異なるが、刺客の術のタイミングを紛れさせるという役割もあるのかもしれない。
「まずい…!」
フィールドの仕掛けの発覚により参加者たちの動きに乱れが生じた。そして其れは刺客が点すには十分だった。
またも業火が参加者を襲う。動き出すタイミングがずれた者が焼き払われていく。だが其れだけでは終わらず、避けた参加者の一人の足下で罠が起動して炎が立ち上る。
「面倒だな此れは…」
足下からの炎に巻き込まれた者は脱落までは至っていない。刺客ばかりを意識すれば足下への注意が疎かになる。罠が活発では無いにも関わらず此処に来て仕掛けの存在感を感じさせる。かなり嫌らしい盤面である。
状況に恐れている間にも刺客は次の術の準備に入る。先程の回避術が残っているからなのか新たな視覚的変化はない。
「嘗めるな!」
刺客の近くに居た参加者が攻撃を振るう。だが予想通りダメージはなく刺客は別の場所へと転移する。其処に別の参加者が突撃する。其れも回避されて別の場所へ。其処に更なる参加者の攻撃が飛ぶ。連携したかのような三段攻撃。見れば後ろから畳みかける他の攻撃も存在する。視覚情報からして刺客の回避は尽きており、此れは当たる。
「よし!」
参加者の剣が此処で初めて刺客へと届き、やっとのダメージが入った。其処まで大きくないダメージだが後にはまだ数人の攻撃が控えている。光明が見えてきた。
しかし、攻撃が届いたと同時に赤い空気も溢れ出していた。
ヴォアアアアァン!!!
業火がまたも参加者を包む。其れだけでなく地面からも炎が噴き出し、フィールドには熱気が渦巻いていた。
【独り言】
ゴールを見失った。