193 出入り口での出来事
炎魔の件を調べた時とは別の日。
普段通りに過ごしていると朱里からのそろそろ準備が出来そうという報告が来た。言っては悪いけれど朱里が課題の準備をしているとは思えないので、きっと例の耐性の準備の事だろう。そして予想は当たっており、私たちはいつものようにあちらへ入る。今回は全員揃っている。というより呼び寄せられたので揃っていても不思議は無いけども。
何時来ても夜のように暗い娯楽の街に戻ってきた。此れから交換用の店舗エリアへと向かうがその前に専用金銭の所持数を確認してみたところ、準備が出来そうという言葉の通り、全員を合わせれば確かに其れなりの数にはなっていた。一つも交換出来ないという事は無いだろう。
「交換お願いしまーす」
目的の装備品のある店舗にやってきて交換のリストを見せて貰う。目的の耐性装備が複数並んでいる。改めて見てみると装備には全ての形があるという訳では無い。そもそも装飾品をメインにしているのか防具自体は数が多くない上にそれらは金属を加工して作られたのだろう物が殆ど。兜等はあるけど服等の布をメインにした物はない。燃えるからかな。
ラインナップはそれぞれ微妙に価格が異なっているが、全員に一つずつ耐性装備を配るぐらいは可能である。
「どれにする?」
「…アクセサリーなら深く考えずに組み合わせられる」
「じゃあアクセサリー系か。人数分交換して良い?」
「あ、でも…」
皆が耐性アクセサリーを人数分交換しようとしているのだが個人的に問題がある。今交換しようとしているアクセサリーは首下に付けるタイプのようなのだけど、私は既にそういった装飾品である〈霊宝珠のペンダント〉を付けている。しかも其れはかなりの能力の底上げをしているものなので変更するとなると困ったことになる。主に一部のスキルが。
「其れなら他はどう?防具ならまだ変化も少ない筈だから」
「ふむ…その方が良さそうですね」
確かに数値の変化を見れば、現在値から下がる装飾品よりも似た数値の防具の方がデメリットは小さい。それどころか新調した時期の事もあって物によっては上昇する部分もある。明確な能力補正があるからか防具は装飾品よりも要求金額が少し高くなっているけれど此方の方が妥当か。問題はデザインが個性的なところだけど。
「あ、皆は問題無く交換してくれても…って気にしなくても良かったか」
「へ?」
気を遣わせていると思ったけれど、横で平然と交換が行われていたので問題は無いようだった。なので此方もさっさと交換してしまおう。個性的なデザインが多くて迷うところであるが今回は耐性を得られれば良いので扱い易そうな靴と交換しよう。他は多少の違いはあれど皆アクセサリータイプのものを交換していた。心配な人は追加で耐性装備を交換していた。
「この靴少し動き辛いかな?」
「でも防御面は上がってそうだよ」
交換して早速身につけた靴は鎧のように金属が含まれていたりするので以前の物に比べれば少し動き辛い印象を受ける。結局はデータなのでサイズに関しては窮屈とかは無い筈だけど気持ち的に動きが鈍い気がする。
「アー」
「まあ動く分には問題はないけど」
鈍い気はするけど邪魔になっている訳でも無いので変えなくとも良いだろう。折角の耐性だし。
「ところで…その子はそのままで大丈夫なのですか?」
「アー?」
靴について割り切ったところで、相槌を打っていたカゼマチに対してそんな言葉が掛けられた。
「言われてみれば…どうしようか」
「アー?」
「エネミーも装備って出来るの?」
「いや、でも、武器を持った敵も居るし…」
従者の装備に関してはスキルの今後次第ではどうにかなるかも知れないけれど、現状では持たせても装備判定にならないので装備は出来ない。そもそもあの領域による影響が何処にまで及ぶのか。エネミーには効かないという可能性もあるけれどあの領域によってエネミーが厳選されているという話もあるので過信は出来ない。
「持てないものは仕方ないし駄目元で行ってみるしかないよ」
「…それもそうね」
スキルレベルを上げるという手も有るけれど其れだと何時になるか分からないので今は、エネミーにはプレイヤー程影響が及ばない、という過程で進めるしかない。無理なら実際に状況を見て考える。
「其れじゃあ行きますかー」
心配な部分を残してはいるものの耐性という最低限の目標は達したので、娯楽都市を後にして此れから炎帝領域へと向かう。炎帝領域へは娯楽都市の唯一の出入り口を辿れば容易に辿り着ける。なのでまずは通り道へと向かうのだけど…
「なんかトラブルかな」
「…アレだと通れない」
何やら問題でも起きたのか通り道の入り口付近で一パーティ程の人数のプレイヤーが立ち往生していた。時折通路を覗く様子からして問題は通り道の中のようで、此れでは通る事は出来そうにない。
「どうする?一応聞いてみる?」
「そうね。何が問題か分からない事には対応出来ないからね」
時間が経てば解消されるかもしれないけれど、問題によっては此方に影響がないかもしれない。だから話だけでも聞こうとその人たちに近付く。
「何かあったんですか?」
「…あ?君らも此処を通りたいのか?其れならもう少し待った方が良いぞ。立て込んでるから」
「何が起こってるの?」
「誰かが逃げ込んできたのかは知らないけれど、通り道の出口でエネミーが待ち構えているのさ。サイズのお陰で中までは入ってこないけどね」
どうやらエネミーが出口を塞いでいる影響で通れないらしい。彼らが通り道の中ではなく此処に居るのもエネミーが去るのを待っているかららしい。近くに居ると察知して離れないから。
「あれ?でも出口は他にもあるよね?」
「面倒な事にそっちも塞がってるよ。大方、エンカウント効果が残ってる状態で此処を通ったんだろうけど」
エネミーに狙われ易くなる状態のまま通り道を通過した事でその影響が分岐を通って他の出口にも及んで其方にも敵が現れたとそういうことらしい。そんな事が起こりうるのだろうかと疑いたくなるが実際に起こってしまっているので何とも言えない。
「エネミーの強さは?」
「運の悪いことに両方ともこの辺における大型だ。倒せる奴には倒せるだろうが場所が場所なだけに身動きが取り辛い」
「だから去るのを待ってると」
「少し待ってるだけで解消されるんだから一番楽だろう?」
楽な対処法があるから危険を冒す必要は無いという事のようだ。其れなら此方もその方法に乗ろう。危険を避けられるのなら避ける。
共に時間を待つ間、軽い雑談が始まる。
「ところで、君らは何処に向かうつもりなんだい?」
「ちょっと炎帝領域に突っ込みに行こうってね」
「炎帝領域、なんだ一緒か」
どうやらこのプレイヤーたちも炎帝領域へと向かうようである。そう言われてみれば、皆揃って交換所で見たような装備もあれば耐性が有りそうな格好をしている。
「でも大丈夫?あれは簡単には越えられないよ」
「ちゃんと耐性もあるから」
「聞いた話だと耐性一つでも完全には防げないらしいよ」
「マジっすか!」
プレイヤーの一人が思った以上に友好的に接してくる。余程時間を待つのが退屈だったのか。
そんな交流をしている間に洞窟の陰から一人のプレイヤーが現れた。中に突入していたと言うよりは少しだけ踏み込んだ位置に居ただけだろう。踏み込み過ぎるとエネミーの索敵範囲に入ってしまうから。待機を選んだ彼らがさせるとは思えないし。出てきたプレイヤーは他のプレイヤーと言葉を交わし始めた。
「知り合いみたいですね」
様子からして此れで全員なのだろう。
「あの人が向こうまで行った事があるらしいから、途中まで案内して貰う事になったのさ。折角だから君らも来るかい?」
「え、良いの?」
「人数が増えれば戦闘での生存率は上がるからね」
誘いは此方としても有り難かった。先を知る者が居るのなら危険な罠を踏む事も少なくなる上、領域の視界が悪くても目的地に辿り着ける可能性が上がる。此方のメリットもあるのでその誘いを了承すると、其れを他のプレイヤーにも伝えられた。
「でかいのは居なくなったらしい。行くなら今だ」
丁度治まったようで同行が伝えられたタイミングでそう返してきた。先程の会話はそういうことらしい。洞窟での厄介が去ったことでプレイヤー一行は通路へと入っていき、その後を追うように私たちも通る。中に入ってみれば、エネミーの声が聞こえたりという事はない。一行は迷うことなく突き進んでいく。
「おっと」
だけど出口が近付いてきたところで一行の足が止まった。
「どうしたの?」
「エネミーが居るみたい」
「え、もう去ったんじゃ?」
「大きいのは居ない。だけど出て少しの所に小物が居るって」
先程言われていた大型は既に居なくなっているようだが、取り巻きが残ったのか別で通っている最中だったのかは謎であるがまだエネミーが存在するらしい。場所の関係上、気付かれずに避けるという方法も取れるようだけど、一行はそうするつもりは無いらしい。
「面倒だ。小さい奴は蹴散らすか」
大型と比べれば厄介ではないのか、プレイヤーたちは躊躇いなく洞窟から飛び出して進行方向のエネミーへと強襲をかけた。その光景を見て、危険と言うよりは心強いパーティだと思った。
【独り言】
金コイの瞬間を見損ねた。
…ところで、今年の分を何処で区切るのかまだ決まってないけれど通常予定は此処までとします。後はゲリラ。




