第七話
地図は無かったが、今回の捜索は思ったより随分と楽だった。
前回で大まかに位置は捉えていたし、注意するのは木の幹だけで、頭上や足元を見る必要が無かったからだ。
すぐに見つけ、ミストと合流する。
「レモンさんが来た気配は無さそうですかね」
「分からないよ。私達は二人共トラッキングのスキルは無いからね」
「確かにそうですね」
そんなやり取りをしながら私はまず幹のくぼみにクリスタルをはめた。
「よし、それじゃ同調するから悪いけど静かにしててもらえる?」
「はい。頑張って下さい」
再び意識を集中させる。
先ほどの結晶化で随分精神力を消耗したが、弱音を吐いている場合ではない。
何とか幹全体を覆っている魔力を探り、自分の魔力と融合させる。
そしてそれを少しずつクリスタルへと侵食させるのだ。
理屈では分かっているのだが、この作業は本当に難易度が高い。
むしろ簡単に鍵の複製が出来るならばそのほうが問題だ。
しかも作業を進めていくと気づいたのだが、この幹にかけられた魔力は相当に高いものだ。
私だから何とか進められるが、ほとんどの者だと関知することすら難しいだろう。
それだけ巧妙に作られている。
……何分、いや何時間程かかったのだろうか。
おそらく実際にはそこまで経過していないのかもしれないが、延々と精神力を集中させていると時間の概念がわからなくなる。
クリスタルに意識を移すと、同調は何とかあと少しのところまで進んでいる。
それだけが唯一の救いだ。
それからまた永遠とも思える時間がすぎる。
もうこれ以上はきつい、というところまできた時、ようやくクリスタルに魔力が満ち溢れたのに気づいた。
「はぁー、終わった……」
崩れ落ちるようにして地面に横たわる。
正直今はもう何も考えることが出来ない。
それほど前に集中力を持ってかれた。
「お疲れ様です、メテムさん」
ミストの声を朧気に聞いていると、とたんに頬に冷たいものがあたった。
「キャッ」
思わずらしくもない声をあげてしまった。
頬には冷たいタオルがあった。
おそらくミストが用意したのだろう。
「水筒の水だからあまり冷たくないかもしれませんが……」
「いや、これで十分だよ。ありがとう」
そう口では強がったが、残念ながらまだ満足に動けるほどではない。
もしテレポート先で戦闘があったのなら今の状態だとまともに参戦出来ないだろう。
時間が経つのは惜しいが、少しの間休憩を挟むことにした。
「レモンさん、中で何してるんですかね」
「知らないよ。それにしたって元気で遊んでたら引っ叩いてやりたいぐらいだよ」
「それぐらいの労力割いてますからね……」
そんな雑談をしながら一刻程休んだ。
そしてようやくある程度動けるようになった所で、再び幹の前に立った。
クリスタルをくぼみに押し込み、テレポートの魔法を唱える。
いつものように軽い浮遊感を味わった後、目の前にこないだの別荘が広がっていた。
まずはパッと見て問題がないか外を周り確認する。
が、取り立てて変わったところは無い。
それならばと警戒して中へ入ってみることにした。
もしものことを考えミストと二人で進んだ。
右側の扉を開ける。
荷物の入った箱が積まれ、何個かは開けられていた。
レモンの痕跡かと思ったが、考えてみたらこれは前回帰る間際に漁っていたからその跡だろう。
ついで左側の部屋を覗く。
雰囲気のあるリビングや台所に大きな変化はない。
もしかしてレモンは着ていないのか。
いやそんなことはない。
やはりレモンの目的は奥の部屋にあるのだろう。
そう思いながら奥の部屋へ向かうと、扉を開けるまでもなくレモンがここに来たことが分かった。
扉の前にレモンが無名市で買った革の袋が落ちていたからだ。
見慣れたドラゴンの刺繍が入っているので間違いない。
やはりレモンはここに来ていたのだ。
「メテムさん、これ……」
「うん、間違いないね。ここにレモンが来たんだよ。この扉のことは放っておけとあれほど言ったのに……」
前にも増して疲労感が体を伝ったが、ここで倒れるわけにはいかない。
私は扉をノックしながら中に向かって叫んだ。
「レモン、そこにいるの?」
……分かっていたことだが返事はない。
一体この先に何が待ち構えているのだろうか。
「返事がありませんね。レモンさん、一体どうなってるのでしょう」
「分からないね。とりあえず戦闘になっても良いように補助魔法をかけて準備をしよう」
ミストにそう伝えると私達はそれぞれ戦闘状態に入った。
これで不意打ちが来ても対応できる。
ミストの準備が出来たのを確認してからクリスタルをくぼみにはめる。
アンロックの魔法をかけようと思ったのだが、念のため扉にかけられた魔力を探ってみる。
すると別の魔力が遮っているのが分かった。
仕方なくまた同調の作業に入る。
しかし今回は入口ほどには時間はかからなかった。
もちろん非常に高い魔力を必要とした作業だったが、そもそも手にしているクリスタルが鍵の魔力を持っていたため、扉の魔力と同調しやすかったのだ。
無事クリスタルに魔力が浸透し同調している状態なのを確認した後、改めてアンロックの魔法を唱える。
「カチリッ」
小気味よい音を立てて扉が開いた。
十分警戒して中に入った私達だったが、その先はやはり予想していたとおり家の持ち主の寝室だった。
キングサイズのベッドが一つ中央に配置され、片側の壁にはクローゼットがあった。
逆側の壁にはドレッサーが置かれ、その横には小物入れと思われる小さな棚が配置されていた。
決して部屋を守るゴーレムが立っていたり、魔力の障壁などがあるわけではない。
ただの寝室だ。
「メテムさん、ここは……?」
「やはりミストの予想通り寝室のようね。ちょっと気がのらないけど調べてみよう」
そう言いながら寝室の中に入る。
なにかないかと注意深く観察した。
レモンの目的からするとここに入ったのなら確実に棚やクローゼットは覗いているはずだ。
しかし棚の中身は整頓されたままだったし、クローゼットも漁られた痕跡がない。
どれも綺麗に整っている。
「メテムさん、レモンさんはここに入ったんですかね?」
「うーん、絶対に入ったはずなんだよね。というか目的がこの部屋だから入らない分けないのよ」
「そうですよねえ。でもこんなに綺麗な状態ってあんまありえないですよね」
「確かにおかしいね。ちょっともう少し調べてみよう」
そう言いながら私達はさらに注意深く部屋を探った。
が、十分ほど見て回ったがレモンの痕跡は一切見られなかった。
そもそもこの小さな部屋で痕跡が分からないほど整っているというのならばレモンは来ていない、という事になる。
しかしそうなると扉の前に落ちていたレモンの袋は何だったのか。
腑に落ちない私達は一旦部屋を出てまた扉を閉めた。
「レモンさんの袋はここに落ちてたんですよね」
「そうだね」
「もしかしてレモンさん、中に入れなかったんじゃないですか?」
「というと?」
「いや、絶対そうだ。だってメテムさん、この扉を開ける前にクリスタルに魔力を同調させてたじゃないですか。レモンさんはそんな事出来ないし、というか思いつきもしないでしょう」
「そうか! レモンは同調させるほど魔力が強くない。同調させないとここには入れない。つまり中にはいけなかったわけだ」
「ですです。で、そもそも同調という事が頭に無かったレモンさんが取った行動は……」
「「アンロック」」
二人で同時に叫んだ声が辺りに響く。
「そうだよ、ミスト。そのとおりだ。レモンここでアンロックを唱えたんだよ。それでも扉が開かなかったんだ」
「そうだと思います」
「いやまてよ、そしたらレモンはなんでブルージュへ戻ってこなかったんだ? あ、もしかしてここ二人の寝室だから不法侵入用への罠があったとか」
「あ、そうかもです。それに引っかかったレモンさんは何処かへ消えた、というのはどうでしょう」
「間違いないよ、ミスト。あー、それにしてもレモンの馬鹿は一体何してるんだ……」
「本当ですよね……。入るなってあれほど私達言ったのに……」
「まあそれを言ってもしょうがない。とりあえずレモンの行動をなぞってみよう。ミスト、また戦闘準備して」
「了解しました。少々お待ちを」
そう告げ、私達は再び補助魔法をかけた。
そして二人の準備が整ったのを確認した後、私は再びクリスタルをくぼみに押し込んだ。
今度は同調させること無くアンロックの魔法を唱える。
すると予想していたように私達の体を光が包み込んだ。
……いつもの浮遊感覚が広がる。
時間にしてはほんの一瞬のことだったが、感覚が落ち着き地に足がつく。
そして光が引いた。
十分警戒しながら辺りを見回すと、そこは薄暗い洞穴の中だった。
「メテムさん、ここは一体……」
後ろからミストの声が聞こえる。
何か返してやりたいが、私自身もまだ現状を把握できていない。
ただ辺りを眺めて見る限り、特にモンスターが襲ってくるといったことはないようだ。
洞穴の壁を背にし前方を見ると外から光が差し込んでいるのが分かる。
おそらくほんの小さな洞穴に強制的にテレポートされただけだろう。
十分警戒しながら、二人で光の方へと歩いた。
するとやはりすぐに出口に繋がり、目の前には広大な砂漠が広がっていた。
「うわーこりゃまた広い砂漠ですねえ。一体どこに転送されたんでしょう」
「分からないね。鍛冶都市ウコフの西に広がる砂漠かな。ちょっと調べてみるわ」
そう言いながら六分儀を使ってみる。
すると意外な場所を指し示した。
どうやらここはサルメ大陸にある死霊都市アラバの北西に広がる砂漠のようだ。
「アラバの砂漠って……。私達大陸をひとっ飛びしたって事なんですか?」
「そうみたいだね。もう笑っちゃうね。あはは」
「いやいやいやいや、笑い事じゃないでしょ。なんでよりによってアラバの砂漠に……」
「まあ、特に危険があったわけじゃないからいいじゃない?」
「それはそうですけど……また帰るのが難儀なとこですねえ……」
そう言いながらも私達は軍馬に跨がり、アラバの街へと足を向けた。
さて、肝心のレモンだが、やはり予想通りアラバの街の港にいた。
次のレマート大陸への船を待っていたんだとか。
「いやー今度ばかりはメテムの忠告に従っておけば良かったと痛感したよ」
開口一番に軽い口調で宣うレモンへ二人共殴りつけるのを我慢するので必死だったことは言うまでもない。
正直疲れが無かったら確実に殴っていたところだ。
それからようやく来たレマート大陸への船に乗り込み、私とミストは疲れを癒やした。
「メテムさん、あの後別荘へ行きましたか?」
数日後広場に来たミストがふとそんなことを口にした。
「いや、あそこはもう入ることはないわ。クリスタルは二つとも破壊した」
「そうですか、それが良いかもしれませんね」
そう答えるのが分かっていたかのようにミストが頷いた。
「二人の愛の巣窟かー。私のポケットには大きすぎるわ」
そうミストに伝えると、私は地面に背を預け空を仰いだ。
このレマート大陸に広がる空の先のどこかに、恋人たちの安住の地があると思うと、不思議と幸せな気分になる。
いつか私にもそういう場所が出来ると良いが。
そんな来ることのない未来を夢見て、私はそっと目を閉じた。