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世界が滅亡する音  作者: 雨鳥潤
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3話

 まんまとウイルスを盗み出した三人。気付くべきだったのだ。あまりに手際よく進み過ぎたことに。


「それを、置いてくれるかな?」


 目の前には拳銃を突きつけた白衣の男。弧を描く口元。偽善的な笑み。遼は背筋を冷や汗が伝うのを感じた。何だろう、この感覚は。わずかに残っている動物としての本能。頭の中で、警戒音が鳴り響く。この男は、危険だと――。


「銃刀法違反も関係なし、ですか」


 竜樹が気丈にも言い返す。しかし、顔色を見ると真っ青だ。竜樹も恐怖を感じているのだ。一歩後退した蓮佳は、かたかたと震えていた。血の気を失った唇が紡ぐ。


「は、長谷川所長……」

 この男が? 一瞬眉間にしわを寄せるが、分かる気もする。この冷酷さは同類にしか通じないだろう。


「銃刀法違反、か。珍しいね、銃を目の前にそこまで言えるのは」


 くすくすと嗤う長谷川。遼は手にしたウイルスの箱をきつく握りしめた。これを渡したら、俺たちの目的が果たせなくなる。


「君たちは、それを何に使う気だい? 君たちはおとなしくしていればワクチン配布リストに加えてあるのに」

「断る。勝手に選ばれるなんて、反吐が出るね」

 竜樹が吐き捨てる。手が震えている。竜樹も必死なのだ。

「どうしてだい? だいたいのことは彼女から聞いているのだろう?」

「聞いているからこそ、断る」

「生き残りたくはないのかい?」

「自分の知らないところで勝手に評価されて勝手に殺されたり生かされたりするなんて、まっぴらだ」


 長谷川は、意味が分からないと言うかのように肩をすくめる。

「何故だい? ほとんどは君たちの知らないところで評価されていることばかりだというのに」

「生死を伴う評価、と言ったほうがよかったかな?」


 剣呑な眼差しで睨む竜樹に、長谷川は顎に手を当て目を細める。


「それにしても、君は聞きしに勝る美しさだね。我が研究所の一員にならないかい?」

「俺は女じゃないぞ」

「君の美しさは男女の壁をも崩す」

「崩されてたまるか」

「そういう剣呑なところもいいね」

「変態かあんたは」

「変態については否定しないけどね」

「出来ないだけだろ」

「気のせいだよ」

「気のせいで済ませてたまるか」

「世の中の八割は気のせいだよ」

「二割は何だよ」

「誰かの悪意だね」

「じゃあこれはあんたの悪意か」

「失礼な、悪意なんてないよ」

「うそつけ」

「おーい、お二方。論点ずれてる」

「「あ」」


 思いっきり軌道がずれていた二人の会話を元に戻す。それにしても、ずれ過ぎだろ。


「それで、君たちはそれで何をするのかい?」

 こほん、とわざとらしく咳をして会話を再開する長谷川。


「敵にそれをばらすとでも?」

「それは、君たちの手には余るものだよ」

「余らせないさ」

「その自信はどこから来るんだろうね」

「その研究でもしとけば。平和的じゃん」

「じゃあ君が実験台に」

「よし、あんた一回死んでこい」

「私が死んだらみんな困るだろう?」

「自分という良い実験台がいるじゃないか」

「自分だったら正確な結果が測れないかもしれないじゃないか」

「ああ、確かに」

「そうだろう? だから君が」

「うん。あんた死んだほうがいいよ。そうしなよ」

「いい加減にすれば? あんた等」


 遼は黒い笑みを浮かべ凄む。こいつ等は、自分たちがどういう状況なのか分かっているのだろうか。いい笑顔で拳銃をつきつけ、つきつかれながら妙な会話をしていることに。蓮佳にいたっては呆れ果てて口をぽかんとあけている。


「いい加減本題入れよ。それとも何? 永遠にこんな馬鹿全開の会話続けんの?」

「よし、本題入ろうか」

「そうだね。それがいい」

 長谷川と竜樹は恐ろしく息の合った動作で向かい合う。


「それを返したまえ」

「断る」


 さっきのコントと雰囲気が一変する。冷たく、空気がピリピリと感電するような緊張感。


「それが何か分かっているのだろう?」

「分かっているさ。凶悪殺人ウイルスだろ?」

「じゃあどうするんだい? 警察にでも持っていくのかい?」

「そんな面倒なことしないよ」

「では何を」

「誰が言うか」


 睨みあい、相手の腹を探る二人。遼はニヤリと笑った。この緊張感が心地よい。


「最後にもう一度。それを、渡したまえ」


 拳銃の安全装置をかちりとはずす。これで撃鉄を落とせば弾が出る。


「……断る」


 竜樹は冷や汗を流しながらも、気丈に立っている。その時、長谷川の背後に――。


「残念だね、君を喪うのグボアッ!」


 途中から変な声が出たのは、二人が睨みあっている時にこっそりと長谷川の背後に回っていた蓮佳が、手にしたビンで長谷川の頭を思いっきり殴ったからだ。


 運よく撃鉄をひくことなく落とした拳銃を、遼は拾い唸っている長谷川につきつける。案外、重い。



「形勢逆転、ってか?」


 口元を歪めて、嗤う。



「んで? 所長室はどこだ?」


 背後から拳銃をつきつけつつ、長い廊下を歩く。カモフラージュのため、ワクチン製作室に置かれた白衣を着こみ伊達メガネをつける。


「一番奥の部屋だ」

「だまそうとしたら撃つぞ」

「この状況でだませるほど度胸はないよ」

「うそつけ。てか黙れ」


 周囲に気を配りつつ研究所の奥へと進む。途中、何人か白衣を着た男たちとすれ違ったが、誰も長谷川のピンチに気付いた人はいなかった。


「ここだよ」


 そう言って、長谷川が止まったのは焦げ茶色の、細工が美しい扉の前。上には金字で「所長室」と書かれている。


 三人と人質一名はどかどかと所長室に上がり込む。「ちょっと、絨毯が痛むじゃないか」という長谷川の悲鳴は聞こえない。

 軽い身体検査を済ませ、長谷川を抵抗できないように椅子にがんじがらめに縛りつける。

 デスクに置かれたパソコンの電源を入れ、座り心地の良い椅子にちょっと感激する竜樹。


「さて、ハッキングする必要なくなったな」

「そうだな」


 メールフォルダを出して世界各国のウイルス研究機関にワクチン完成を伝える偽のメールを送り、ワクチンと称しウイルスを送りつけるための準備を始める。


「これ、どうやったら効果的に感染しやすいの?」

「誰が答えるかね」


 そっぽを向く長谷川に、竜樹は妖艶に微笑んで首に手を回す。思わず固まった長谷川に、唇を寄せ、艶っぽく囁く。


「ね、忠……。教えて?」

「か、加湿器のように霧状にするのが……」

ごくりと息をのみ、思わず答えた長谷川に竜樹は嘲るように鼻で笑う。先ほどの妖艶さはかけらもない。


「ちょろいな」

「よ! でたな色仕掛け!」

「……否定はしない」


 茶化した遼を睨みながらも、色仕掛けしたことは確かにしたのでそれを咎めない。長谷川は発熱したのかと思うくらい顔を赤らめ、ぽーっと放心していたが、やがてハッと真顔に戻った。


「し、しまった!」

「あんたアホだろ」


 背後に「ガーン」という文字が浮かんでそうな長谷川を遼がつつく。


「何を! 彼に言い寄られても理性を保てる男女なんていないぞ!」

「いるし。ここに」

「お前……」

「憐れんだ目で見んな! 慣れてるだけだ!」

「うっさい黙れ」


 竜樹のドスのきいた声に二人とも口をつぐむ。蓮佳は興味深そうに竜樹が操作するパソコンをのぞいている。


「よし、配達業者に注文しといた。あとはこのウイルスを機械に設置してばらまくだけだな」


 満足げに笑う竜樹。それをみて、遼も笑顔になる。


「君たちは一体、何を企んでいるんだい?」

 真顔で問う長谷川に、遼は笑顔で答える。



「人類滅亡計画」



 絶句した長谷川。そのリアクションに三人はニヤリと口元を歪める。

「俺より凶悪じゃないか!」

「そうだな。誰も生きられないんだから」

「ま、みんな死ぬんだからあきらめろ」

「加藤! お前はいいのか! 死ぬんだぞ!」


 顔をひきつらせ叫ぶ長谷川に、蓮佳は軽蔑の視線を注ぐ。


「どっちにしろ、私はリストには載ってないだろうし。あなたが死ぬためなら刺し違える覚悟もあるわ」

 そして、心底軽蔑したかのように鼻を鳴らす。


「それに『加藤』だなんて、よく呼べるわね。父を殺したあなたが」

「………」


 口をつぐんだ長谷川。その顔は苦渋に満ち、がくりとうなだれた。


「後は、全人類が滅びるのは時間の問題だな」

「そうだな。他にすることは?」


 話題を変えるかのように、話し始める遼と竜樹。


「長谷川さん」

「……何だ?」

 険しい表情で顔をあげた長谷川に、遼はにこりと笑う。



「全職員、集めてもらえます?」




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