第21話 一羽では意味がない
「ピルルッ!」「チチチッ!」「ピルルルルッ!」
普段は資料と静寂に包まれている幻獣証言調査室に、今日ばかりは甲高くも愛らしい鳴き声が響き渡っていた。
部屋の中央に置かれた大きな鳥籠。その中を、青と黄色の鮮やかな羽根を持つ三羽の小鳥型の幻獣が、忙しなく飛び回っている。
「伝令用の群唱鳥ですね」
私は新しく支給された『幻獣行動鑑定官』の身分証をポケットにしまい、手帳を開きながら鳥籠の前にしゃがみ込んだ。
「ああ。国境警備隊から移送されてきた、キラ、ミミ、ソラという名前の三羽だ」
セドリックは少し顔をしかめながら、彼女たちが撒き散らした微細な羽根を書類から払いのけた。
「国境の軍需倉庫で、軍馬用の飼料や鎮静剤などが何者かによって横流しされた。この三羽はその倉庫に配置されていた伝令鳥で、犯行現場を目撃したとされている。……問題は、彼女たちの証言だ」
「かみ合わない、と言っていましたね」
「先遣の翻訳官の記録によれば、一羽ずつでは話が途中で切れてしまう。言葉を省いているのか、何か話せない事情があるのか……行動鑑定官としての君の初仕事だ。まずは彼女たちの状態を読んでくれ」
私は手帳にペンを走らせながら、鳥籠の中の三羽をじっと観察し始めた。
群唱鳥は非常に高い知能を持ち、魔力を含んだ鳴き声で遠く離れた同種と情報を伝達し合う能力を持っている。そのため、軍や国境警備隊で重要な連絡を素早く届けるために重宝されている幻獣だ。
しかし、いくら訓練された個体であっても、彼らは人間ではなく、独自の生態を持つ生き物である。
「……三羽とも、それぞれ個性的な癖がありますね」
私は鳥籠の中の動きを一つ一つ記録していった。
「まず、右下でずっと床を突いているのが『キラ』ですね。彼女は光るものが好きなのか、ケージの底に落ちている金属の釦の欠片をくわえては、自分のテリトリーに集めています」
「なるほど」
「それから、さっきから他の二羽が鳴いた直後に、必ずその後を追うように短く鳴いているのが『ミミ』です。他の個体の語尾の音程を真似る遊びをしているみたいですね」
私が指差すと、キラが「ピルルッ」と鳴いた直後に、ミミが「ルルッ」と合いの手を入れるように鳴いた。
「そして、一番奥のあの子が『ソラ』。警戒心が強いのか、ずっとケージの中で一番高い止まり木から動きません。眠る時も、必ず一番高い場所を確保する性格なのでしょう」
光る釦を集めるキラ。語尾を真似るミミ。一番高い止まり木で眠るソラ。
私は彼女たちがどの止まり木に移動し、誰から先に鳴き始めるのか、その『移動順』と『鳴く順番』を詳細にノートに書き留めていった。
嘘を見抜くためではない。彼女たちが今、どんな風に世界を見ているのかを知るために。
「彼女たちに、過度なストレスや怯えの兆候は見られません」
私は手帳を閉じ、セドリックを見上げた。
「鏡尾狐のミーネの時のように、恐怖で何かを隠そうとしている時の仕草はありませんし、白翼獅子のアルクのように、誰かを庇って攻撃的になっている様子もない。……三羽とも、ただリラックスして、自分たちのおしゃべりを楽しんでいるように見えます」
「つまり、嘘をついているようには見えない、ということか?」
「落ち着いていることは分かります。でも、落ち着いて嘘をつくこともあります。今は判断できません」
私の見解を聞き、セドリックは深く息を吐き出した。
「まだ、証言の繋がりが分からない。……実際に聞いてみよう」
セドリックは革表紙の記録板を構え、鳥籠の前に進み出た。
彼が魔力を帯びた低い声で短く呼びかけると、三羽の群唱鳥はピタリと動きを止め、順番に彼に向かって鳴き声を上げ始めた。
セドリックの万年筆が、紙の上を猛烈な勢いで滑っていく。彼の得意とする『聴紋』の力で、小鳥たちのさえずりの中にある魔力の波形を、正確な人間の言葉へと翻訳しているのだ。
数分後。三羽の鳴き声が途切れると、セドリックはペンを置き、眉間を深く揉んだ。
「……やはり、意味が通らない」
彼は困惑したように記録板を私に向けた。
「個体ごとに訳を分けた。まず、底にいるキラの言葉だ。彼女は『黒い箱、冷たい薬、夜中』と、名詞や形容詞の単語を羅列しているだけだ」
「名詞だけ……」
「次に、語尾を真似るミミ。彼女は『……持ち出した、……運んでいった』と、誰が何をしたのか分からないまま、動詞だけを発している。そして一番上にいるソラは、『第三倉庫の裏から、人間が、荷車で』と、場所や主語、手段だけを語っている」
私は記録板に書かれた翻訳文を見て、目を丸くした。
「繋げれば、一つの出来事になりそうです。でも、同じ文の続きだと決めていいんでしょうか」
「そこを確かめる必要がある。人間に都合のいい順番で並べただけでは、彼女たちがそう話したことにはならない」
セドリックは忌々しげに記録板を机に叩きつけるように置いた。
これまでの私たちは、彼が言葉を正確に訳し、私がその言葉の裏にある感情や文脈を行動から読み解くことで、真実を明らかにしてきた。
互いの能力を補い合う、手慣れたコンビになりつつあった。
だが今回は違う。彼がどれだけ正確に音声を文字に変換しても、そもそも『一羽ずつの言葉が意味をなさない』のだ。
「私の翻訳が、間違っているのだろうか」
セドリックは自嘲するように呟いた。
「軍で習う群唱鳥語は、訓練された短い伝令句が中心だ。自由に出来事を語る時の文法とは違うらしい。単語が分かるから、文章も分かると思ったのが誤りだった」
「そんなことありません!」
私は彼を励まそうと、一歩前に出た。
「まだ試していないことがあります。一羽ずつ区切らずに、鳴き交わしているところを、そのまま記録できませんか」
「個体ごとに分けたせいで、情報が落ちていると?」
「ええ。何か理由があるはずです」
私はもう一度、鳥籠の中の三羽をじっと観察した。
キラ、ミミ、ソラ。彼女たちは再び鳥籠の中を飛び回り、それぞれのお気に入りの場所に陣取って、賑やかにおしゃべりを再開していた。
「……ヴァール様」
私は自分の手帳に書いた、三羽の配置図と、先ほど鳴いた順番の記録を見つめた。
「彼女たちが先ほど証言した時の、鳴く順番と、止まっていた位置を覚えていますか?」
「鳴いたのは、一番上のソラが最初、次に底のキラ、最後に真ん中の枝にいるミミだったな」
「はい。そして今も、彼女たちはソラ、キラ、ミミの順番で鳴き交わしています。……まるで、それが彼女たちの中の『ルール』であるかのように」
私は手帳をセドリックに差し出した。
「鏡尾狐は、前肢の動きを文法の一部として使っていました。だとしたら、群唱鳥にも、音声以外の何かを『文法』として使っている可能性があるのではないでしょうか」
セドリックは私の手帳に描かれた三羽の配置図と、自分の記録板にある魔力波形のメモを並べて見比べた。
彼の深い瞳の奥で、散らばっていた点と点が、急速に一つの線へと結びついていくのがわかった。
「……そういうことか」
セドリックが弾かれたように顔を上げた。
「フェルン鑑定官。君の言う通りだ。単語の訳だけを並べて、三つの別々の供述にしてしまった。一羽ずつでは文が終わっていない可能性がある」
「個体として、ですか?」
「ああ」
セドリックは三羽の群唱鳥を見据え、はっきりとした声で言った。
「彼女たちは、一羽で一つの言葉を話しているのではない。三羽で一つの群れであり、三羽の配置と鳴く順番が『語順』として機能しているんだ。群唱鳥の文法は――『群れ全体で一文』なんだよ」
一羽では意味がない。群れが揃って、初めて一つの真実になる。
集団言語という新たな壁。私たちは、この三羽が織りなすパズルをどうやって解き明かせばいいのだろうか。




