最終章:水の錫杖
一
弘仁十四年(823年)、空海は嵯峨天皇より、平安京の南の正門に位置する「東寺」を預けられた。これにより、彼はついに、国家の最高中心地に真言密教の根本道場を確立したのである。東寺の講堂のなかに、彼は仏像を宇宙の法則通りに配置した、恐るべき立体曼荼羅の空間を現出させた。
それから十余年、承和二年(835年)の春のことである。
空海の肉体は、すでに限界を迎えていた。肌は枯れ木のように乾き、眼光だけが深き淵の如く静かに冴え渡っていた。彼は都の東寺を弟子たちに託し、己の魂の永久なる拠り所と定めた高野山へと、最後の登山を行った。
三月に入ると、空海は高野山の奥之院の庵に籠もり、一切の穀物を断ち、ただ少量の水を口にするのみとなった。
「悲しむな。私は死ぬのではない。高野の山深く、永遠の禅定に入るだけのこと。千年ののちも、私は皆の祈りを見つめ、この世の苦しみを救い続けるであろう」
枕元に集まり、涙を流す弟子の実恵や真済たちに向かって、空海は掠れた、しかし妙に透き通った声で最後の遺言を遺した。
その脳裏には、幼き日に見つめた讃岐の穏やかな海、己の栄達を夢見ていた父・田公の顔、そして室戸の洞窟の闇を切り裂いて飛び込んできた明星の、あの烈しい光が去来していた。
二
承和二年三月二十一日。空海は結跏趺坐したまま、静かに呼吸を止めた。享年六十二。
その姿は、まるで生きているが如く威厳に満ち、堂々たるものであった。
後世、真言の徒は、空海が「死んだ」とは決して言わない。彼は今もなお、高野山奥之院の漆黒の闇のなかで、生きたまま大宇宙の真理を観想し、衆生を救うために坐し続けていると信じられている。これが「弘法大師入定伝説」である。
空海というひとつの巨星が日本の歴史に遺したものは、あまりにも巨大であった。
彼が拓いた思想、彼が築いた堤防、彼が染めた曼荼羅の色彩は、二百年、五百年、そして千年の歳月を飛び越え、この国の文化の底流を形作り続けている。
人間は、時代や土地という絶対的な制約から逃れることはできない。しかし、己の志を見出し、命を何のために使うかを決断したとき、その営みは時空を超えて不滅となる。空海が示したその生き方は、現代を生きる我々の前路を照らす、一筋の明星の如く輝き続けている。
高野の山の夜空に、皓々と冴え渡る月が昇る。
その青き光は、かつてひとりの青年が室戸の岬で見つめ、長安の空で仰ぎ、そしてこの聖なる山で一体となった、大宇宙そのものの静かなる呼吸のようであった。
三
世に「弘法水」あるいは「弘法温泉」と呼ばれる奇跡の伝承は、北は奥羽の山並みから南は薩摩の海沿いに至るまで、日本全国の至る所に残されている。
「弘法大師様が通りかかり、杖で地面を突いたところ、たちまち清らかな水が湧き出た」
あるいは、
「大師様が錫杖を立てた岩肌から、病を治す熱い湯が溢れ出た」
後世の人間は、これを有り難い宗教的な奇跡、あるいは無知な民草が作り上げた荒唐無稽な民話として片付けがちである。
しかし、その奇跡の底流には、泥にまみれ、岩を砕き、地下の闇に挑み続けた、高野山の密教僧たちの気の遠くなるような「技術の継承」と、烈しい「実践の思想」があった。
承和の入定から、すでに幾星霜が流れたある年のことである。
東国の一角、夏の太陽が容赦なく照りつける乾いた丘陵地帯で、数人の旅僧が立ち止まっていた。衣服は泥と汗で茶褐色に汚れ、背負った笈からは鉄製の鑿や、奇妙な形をした鉄のへらが覗いている。
彼らは、真言の教えを体現する技術集団であった。
「やはりここを掘るのですか。川からは一里も離れております。周りの百姓たちも、ここに水など出るはずがないと笑っておりますが」
息を切らせて地面に座り込んだのは、まだ得度して日の浅い若い僧であった。手のひらは、数日間の作業で豆が潰れ、血が滲んでいる。
中堅の僧は、乾いた草の上に腰を下ろし、腰に下げた竹の水筒から、一滴の水を惜しむようにして口に含んだ。その眼は、地方の美しい山々の稜線を冷徹に観察している。
「笑わせておけ。あやつらは、目の前を流れる水しか見ぬ。だが、我らが仰ぐ弘法大師様は、そうは教えられなかった」
中堅の僧は、若手の肩をぽんと叩いた。
「おぬしは、人を救うという仏の教えを、経典の文字のなかにだけ探そうとしている。だが考えてもみよ。大師様が命懸けで青き海を渡られたのも、荒れ狂う池に防を築かれたのも、すべては何のためだ。人間というのはな、まず『水』をどうにかせねば、一日たりとも生きられぬ生き物なのだ。飢えを救い、病を癒やす。その根本には、常に水がある。それを見つけ、民に与えることこそが、我ら密教僧の最も大事な修行の一つなのだよ」
若手の僧は、血の滲む己の手を見つめ、静かに聞き入った。
「では、本当にこの乾いた地の下に、水が流れているのですか」
「山の形を見るのだ」
中堅の僧は、遥か向こうの尾根を指差した。
「あの山の斜面の窪み、木の葉の緑の濃さ、そしてこの足元の土の湿り気を見よ。川が地上を流れていなくとも、地下には必ず、天から降った水が通る見えざる川、『見えざる龍』が居る。岩盤の走り方を見極めれば、水がどこに溜まるか、龍がどこに居るかが分かる。大師様が唐の長安から持ち帰られたのは、経文だけではない。大陸の高度な地質学、風水の理、測量、そして見えざる力を龍として扱う技術だ。我らはそれを、代々、高野の山で叩き込まれてきたのだ」
「温泉についても、同じなのですか」
「そうだ」
中堅の僧の目が、鋭く輝いた。
「温泉が出るのは、元々が火の山、すなわち火山であった場所の周辺だ。今はただの緑の山に見えても、かつて火を噴いた山の形には特有の崩れ方と、独特の石の焼け方がある。そこに眠る龍が居る。そこを嗅ぎ分け、地中深くの熱の通り道を見つけるのだ。あとはただ、湯を見つけるまで、掘って掘って掘れば良い」
「もし……もし、どれだけ掘っても出なかったら?」
若手が、不安げに問いかけた。
中堅の僧は、豪快に笑い飛ばした。
「出なければ、そこには水が無いということが分かる。それは貴重な『失敗の知恵』だ。次の場所を掘るための、尊い修行の足跡になるだけのこと。いずれにせよ、我らが泥にまみれて地面を穿っている姿を、高野山の大師様が今もじっと見ていてくださる。……そう思うだけで、この身に、何ものにも勝る力がこんこんと湧き出てくるのだ」
若手の僧は、深く頷いた。胸の奥の灯火に、新たな薪がくべられたような熱さを感じていた。二人は再び立ち上がり、鉄の道具を握りしめて、乾いた大地へと突き立てた。
カツン、カツンと、乾いた金属音が虚空に響く。
数か月後、その地から、地鳴りのような音と共に、冷たく清らかな地下水が噴き出した。
「水だ! 水が出たぞ!」
集まってきた百姓たちが、狂喜乱舞し、互いに抱き合って涙を流した。喉を枯らしていた子供たちが、湧き出る水に顔を突っ込んで貪るように飲む。
民衆は、泥まみれの僧たちの足元にひれ伏し、拝んだ。
「我らはここに水がでることを信じることも手伝う事も出来なんだ。せめてお名前を。この村一同で末代まで必ず語り継ぎましょう」
僧たちは、数か月の苦労を愛おしみながら錫杖を掲げこう言った。
「この水を掘り出されたのは、高野山の弘法大師様だ。我らは、弘法大師様の使いなり!」
石突で激しく地を突くと遊環が誇らしげに鳴った。
彼らは再び笈を背負って、次の渇いた土地へと向かって歩き出した。いつまでも平伏する民衆を残して、その背中は夏の陽炎のなかに静かに消えていく。
掘り当てた井戸の数、湯を湧き出させた温泉の数、およそ数千。
その後、千年にわたって、喉を潤すたびに、疲れを湯で癒やすたびに、目に見えぬ仏の教えに、民は心からの感謝を捧げ続けたのである。
(『八代目の龍』全十章・完)




