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小説 空海  八代目の龍 0774-0835  作者: 山田 誠一


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第一章:水の力を操る人間

宝亀五年(774年)六月十五日の未明、南海道の讃岐国多度郡にある佐伯家の屋敷にて、赤子が産声を上げた。

外は激しい雷雨であったが、赤子が産まれた瞬間、まるで天の意思が動いたかのように雲が割れ、旭光が差し込んだという。


のちに日本仏教の頂点を極める男、幼名を真魚まおという。


父の名は、佐伯直田公さえき あたいたきみといった。

佐伯氏は、古くは大和朝廷に仕え、蝦夷の平定などに武功を立てた誇り高き武人の末流である。しかし、平城京を中心とする中央の貴族政治のなかにあっては、辺境の地方役人、すなわち「郡司」の家柄にすぎなかった。

「我が佐伯家から、朝廷の屋台骨を支えるような中央の公卿を出さねばならぬ」

田公は日頃から、在地豪族としての限界に激しい焦燥を抱き、我が子の栄達に一族の死生を賭けようとしていた。


その田公の妻であり、真魚の母となったのは、阿刀あと氏の娘であった。

阿刀氏は物部氏の系譜を引き、すぐれて文筆や学問に秀でた中央の知識人階級である。真魚という児は、父の持つ強靭な生命力と、母の血筋がもたらした高度な知的洗練の、双方を一身に受けて生まれたのである。


真魚の幼少期は、讃岐の乾いた砂土のなかで育まれた。

この地は古くから水の確保に苦労する土地柄であり、ため池の築造や管理が、豪族である佐伯氏の最も重要な職務であった。


「者ども、手を休めるな! 土手を強固に突き固めよ!」

父の田公が領民を指図し、泥にまみれて土木作業を行う姿を、真魚はその小さな目で見つめて育った。このとき、土を動かし、水の力を操る人間の営みを間近に見た経験が、のちの彼の旺盛な実務能力の土台となる。


しかし、真魚の本質は、早くも異彩を放ち始めていた。

他の児らが泥遊びや野山を駆け回ることに熱中しているとき、真魚はひとり、粘土を捏ねて仏の形を作り、それを並べては一心に手を合わせるような遊びを好んだ。

「あの児の頭脳は、我らとは構造が違う」

近隣の者たちは、畏怖を込めて噂し合った。


真魚が十一歳になる頃、母の兄であり、のちに桓武天皇の皇子である伊予親王の家庭教師を務めるほどの儒学者・阿刀大足あと おおたりが、佐伯家を訪ねてきた。


「真魚よ、古の聖人が説いた『孝』とは何か」

大足の問いに対し、少年は寸分の淀みもなく答えた。

「単に親を養うことではございませぬ。己の志を立て、道を歩み、その名を後世に遺すことで親の徳を顕彰することにございます」


大足は、真魚の底知れぬ知性に目を見張った。

「田公殿、この児は讃岐の田舎で埋もれさせてよい器ではない。数年のうちに京へ連れて行き、我が手元で本格的な官僚教育を施すべきだ。佐伯の家を興すのみならず、天下の財となる男ぞ」


父の田公は、大足の言葉に深く頷いた。己の野心が、この天才の息子によって果たされるかもしれないという、熱い期待が胸に去来した。


しかし、真魚自身の心は、一族の栄達という狭い枠組みを、すでに拒み始めていた。

真魚が十二、三歳になる頃には、地元の讃岐で学ぶべきものは、もはや何一つ残されていなかった。彼は経典や漢籍のわずかな断片を読むだけで、その奥底にある意味を瞬時に理解した。


周囲の大人は彼を「神童」と呼び、将来の公卿の誕生を疑わなかったが、真魚の視線は、讃岐の海を越え、遥か平城京の先にある「人間そのものの救済」へと、すでに向けられていたのである。


(第二章に続く)

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