第三十話 息ができないーージョージ⚡︎フロイド
(ピアノの前に座った老いた黒人ミュージシャン。薄暗い照明。グラスを傾ける客たち。彼は鍵盤に指を置き、低く、重い一音を鳴らす。)
こんばんは、みんな。俺だ。
今夜は、二十ドル札の話をしよう。
(彼は少し間を置く。)
二〇二〇年五月二十五日。ミネアポリス、シカゴ・アベニュー。その男は、地元のコンビニで二十ドル札を使った。店員は、その札を偽札だと疑った。それが、始まりだった。その日の夜、彼は死んだ。
(ピアノ。ゆっくりとした低音。)
ジョージ・ペリー・フロイド・ジュニア。一九七三年十月十四日、ノースカロライナ州ファイエットビルに生まれた。幼い頃に両親が別れ、母とともにテキサス州ヒューストンへ移った。育ったのは、サード・ワード。貧困と人種的不平等を抱える、黒人住民の多い地域だった。体の大きな子供だった。高校ではフットボールとバスケットボールに打ち込み、その後、大学でも競技を続けた。だが、人生はまっすぐには進まなかった。仕事を転々とし、犯罪にも手を染めた。
(ピアノ。少し陰る。)
二〇〇七年、武器を用いた加重強盗事件で逮捕された。二〇〇九年に有罪を認め、懲役五年。刑務所に入った。彼の人生は、決してきれいなものではなかった。過ちもあった。薬物との問題もあった。刑務所にも入った。だが、出所した彼は、もう一度人生を始めようとした。地域の若者たちに声をかけ、暴力から離れるよう説いた。そして二〇一四年、より良い生活を求めて、ミネソタ州ミネアポリスへ移った。警備員などの仕事をしながら、生き直そうとしていた。
(彼は少し間を置く。)
あんたは、その先を知っているはずだ。だが、それでも、もう一度だけ聞いてくれ。
(ピアノ。緊張した和音。)
二〇二〇年五月二十五日。二十ドル札。偽札の疑い。通報。午後八時過ぎ、警察官が現場に到着した。フロイドは車から降ろされ、手錠をかけられた。警官たちが彼をパトカーに乗せようとすると、フロイドは閉所恐怖症だと訴え、抵抗した。やがてデレク・ショービンらも現場に到着した。そして午後八時十九分。手錠をかけられたフロイドは、路上にうつ伏せにされた。もう、その時には抵抗していなかった。ショービンは、フロイドの首から背中に膝と体重をかけた。
(ピアノが止まる。)
フロイドは訴えた。「息ができない」と何度も、何度も。痛みを訴えた。水を求めた。助けを求めた。そして、母を呼んだ。「ママ」。周囲に集まった人々も、警官たちに訴えた。彼は息ができていない。彼から離れてくれ。脈を確認してくれ。だが、拘束は続いた。
(長い沈黙。)
九分二十九秒。ショービンは、フロイドが動かなくなってからも、その身体への拘束を続けた。フロイドが最後まで繰り返した言葉の一つが、あの言葉だった。「息ができない」。
(彼は、指を鍵盤の上に置いたまま、しばらく動かさない。)
その光景を、一人の少女がスマートフォンで撮影していた。ダーネラ・フレイジャー。当時、十七歳。彼女はカメラを止めなかった。白人警官が、手錠をかけられた黒人男性を地面に押さえつけている。男は「息ができない」と繰り返している。声が弱くなる。動かなくなる。それでも拘束は続く。その映像はインターネットを通じて広がった。世界は、その光景を目撃した。翌年、フレイジャーには、その映像を記録した勇気をたたえ、ピュリツァー賞特別賞が贈られることになる。
(ピアノ。低く唸るような音。)
怒りは、地球を一周した。翌五月二十六日、ミネアポリスで抗議が始まった。その数は、日を追うごとに膨れ上がった。「ジョージ・フロイド!」「ブラック・ライブズ・マター!」「息ができない!」。その叫びは、ミネアポリスから全米へ、そして世界へと広がっていった。ロンドン。パリ。ベルリン。シドニー。東京。世界各地で、人々が街頭に立った。彼の名前を呼んだ。彼の最後の訴えを掲げた。
(彼は、少し目を伏せる。)
半世紀以上前、キング牧師の「私には夢がある」という言葉が、ワシントンから世界へ響いた。今度は、一人の男が路上で発した「息ができない」という言葉が、国境を越えていった。意味はまるで違う。一方は未来への夢だった。もう一方は、死の間際の訴えだった。だが、どちらも、アメリカに問いを突きつけた。黒人は、この国で、本当に自由なのか。
(ピアノ。静かに、また動き出す。)
フロイドの死をきっかけに、全米で警察制度をめぐる議論が噴き出した。警察予算を見直せという声。組織そのものを作り直せという声。警察官の暴力を、より厳しく監視せよという声。企業や大学、文化機関も、人種差別や多様性をめぐる姿勢を問い直した。世界各地では、奴隷制や植民地主義、人種差別と結びついた歴史的人物の像や記念物をめぐって、激しい議論が起きた。だが——どんな改革も、彼を生き返らせることはできない。ショービンは州裁判で殺人などの罪について有罪となった。さらに連邦裁判でも、フロイドに対する不合理な力の行使によって、その憲法上の権利を故意に侵害したことを認めた。それでも、問題が終わったわけではなかった。二〇二三年、アメリカ司法省はミネアポリス警察について、過剰な実力行使や、黒人および先住民に対する違法な差別など、憲法や連邦法に反する行為の「パターンまたは慣行」が存在すると結論づけた。フロイドの死は、何もない場所で突然起きた出来事ではなかった。
(ピアノ。静かに、しかし、はっきりと。)
それでも。彼の死は、確かに何かを動かした。「息ができない」という言葉は、一人の男の最後の訴えから、世界中の人間が掲げる言葉になった。彼の顔は壁に描かれた。彼の名前は歌われた。そして、問いになった。
(彼は、鍵盤から手を離す。)
ジョージ・フロイドは、聖人じゃない。間違いも犯した。刑務所にも入った。人生を何度も踏み外した。それでも、生きようとしていた一人の男だった。その男が、ある夜、二十ドル札を使った。偽札を疑われた。警察が来た。手錠をかけられた。地面に押し付けられた。九分二十九秒。彼は訴えた。「息ができない」。母を呼んだ。そして、声が消えた。
(彼は、客席を見渡す。)
だが、消えなかった。彼の「息ができない」という声は、世界中の人間の声になった。彼の死に、それ以前に警察との遭遇のなかで命を失った黒人たちの記憶を重ねた人々がいた。名前を知られる者。知られなかった者。映像を残された者。何も残らなかった者。だから、人々は彼の名前を呼んだ。彼の言葉を掲げた。彼の声を、自分たちの声にした。
(彼の声が、少し低くなる。)
息ができない。俺たちは、息ができない。この国で黒人であることを、そう感じて生きてきた人間がいる。この社会で、息をする場所さえ狭められてきた人間がいる。それでも——俺たちは、息をする。叫ぶために。抗うために。生きるために、息をする。
(長い沈黙。)
(ピアノ。最後の一音。長く、静かに響く。)
(拍手。)
(彼は軽く会釈する。)
その目は、二〇二〇年五月二十五日の、シカゴ・アベニューを見ている。一人の男が、地面に押し付けられている。その声は、まだ、消えていない。




