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ブルー・ワシントンの夜の弾き語り  作者: はまゆう


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第十一話 黒人のモーセ——ハリエット・タブマン

(ピアノの前に座った老いた黒人ミュージシャン。薄暗い照明。グラスを傾ける客たち。彼は鍵盤に指を置き、地下を這うような低い音——地の底から響く足音のような——を奏でる。それは歩くリズムであり、逃げるリズムであり、そして祈るリズムでもある。語り始める。)


こんばんは、みんな。俺だ。


今夜は、地下鉄道の話をしよう。


(彼の声に、少しの神秘性を込めて。)


いや、線路のある鉄道じゃない。トンネルも、駅も、切符もない。でも、それ以上に確実に、何千人もの黒人を自由へと運んだ——地下鉄道だ。


(彼は客席を見渡す。誰もがその名前を知っている。でも、誰がそれを走らせたのかも知っている。)


ハリエット・タブマン。


黒人のモーセ。彼女のことを、覚えているか?


(ピアノ。1822年、メリーランドの農園。闇の中に響く、新しい命の産声。)


彼女は、1822年3月、メリーランド州ドーチェスター郡の農園で生まれた。本名はアラミンタ・ロス。彼女の両親は、皆がそうであったように、奴隷だった。


彼女は、6歳のとき——まだ字も読めない年齢で——他の農園に「貸し出され」た。そこで何が起こったか。


(彼の声が痛みを帯びる。)


彼女は、インフルエンザにかかって弱っているときに、主人の命令で沼地で罠の点検をさせられた。そこで彼女は倒れた。主人は彼女に鞭を打った。その傷跡は、彼女が死ぬまで背中に残った。


それだけじゃない。


(彼の声がさらに沈む。)


彼女は12歳のとき、逃亡しようとした別の奴隷を助けたことが原因で、頭に重さ2キロの重りをぶつけられた。頭蓋骨は陥没し、彼女は何ヶ月もの間、発作に悩まされた。その後遺症は、彼女の一生を苦しめた——突然の眠気。意識を失うほどの深い眠り。それは、脳に受けた傷が原因だった。


(長い沈黙。)


彼女は戦った。戦わなければならなかった。戦う以外に、生きる道がなかった。


(ピアノ。1849年、夜の逃走。心臓の鼓動のように速く、静かに。)


1849年。彼女は27歳だった。


彼女の主人が死に、彼女と彼女の家族は「売られる」ことが決まった。彼女は逃げることを決意した。夫のジョン・タブマンも一緒に——と言った。でも、彼は言った。「ここに残る。お前は行け」


(彼の声に、哀れみではなく、理解が込められる。)


彼は自由黒人だった。自分の安全を選んだ。彼女を責められるだろうか? 当時の状況で、誰が彼女と一緒に逃げられただろうか?


彼女は一人で走った。


(ピアノのリズムが走る。足音のように。)


夜。北の星を頼りに。沼地を。森を。川を。約145キロ。彼女はついにペンシルベニア州に辿り着いた——自由の土地に。


(彼の声が解放される。)


彼女は後に語っている。「私は自由の空気を吸った。その瞬間、私は別の人間になった。首に掛かっていた鎖が落ちた気がした」


(ピアノ。フィラデルフィアの黒人コミュニティの賑わい。)


彼女はフィラデルフィアで生活を始めた。皿洗いをし、掃除をし、貯金をした。でも、彼女の心はメリーランドにあった。そこに残してきた家族。そこに残してきた友人。そこにまだ鎖を繋がれたままの、何万人もの黒人たち。


(彼の声が熱を帯びる。)


そして、彼女は決断した。戻ろう。あの地獄に、自ら戻ろう。そして、一人でも多くの人を連れて——もう一度、走ろう。


それが、地下鉄道の始まりだった。


(ピアノ。夜のミッションの緊張感。音を立てずに、しかし確かに。)


彼女は、「地下鉄道」の「車掌」になった。黒人コミュニティの中で、奴隷を北の自由州へ、そしてカナダへと逃がす秘密のネットワーク。彼女は、その最も勇敢な運転手だった。


(彼の声に敬意が満ちる。)


彼女は、全部で19回、南部に戻った。そして、70人以上の奴隷を自由へと導いた。その中には、彼女の両親も含まれている。


一度も——一度も彼女は失敗しなかった。一度も捕まらなかった。一度も、護送した「乗客」を失わなかった。


(彼は間を取る。その奇跡的な記録を噛みしめるように。)


どうやって? 彼女は持ち前の知恵と、ネットワークと、そして——拳銃を使った。


(彼の声に少しの笑みが混ざる。)


彼女は、逃亡中に誰かが「怖いから戻る」と言い出した時、銃を突きつけたと言われている。「お前は進むか、死ぬかだ。戻る道はない」と。


それは冷酷に見えるかもしれない。でも、彼女は知っていた。一人が怖気づけば、全員が捕まる。全員が——死ぬ。そのリスクを、彼女は取れなかった。


(ピアノ。彼女が自由へ導いた人々の足音。増えていく。連なっていく。)


彼女の成功の秘密は、いくつかある。


一つ。彼女は「北の星」を読んだ。ポラリス。いつも北を示す星。彼女は夜、その星だけを頼りに歩いた。


二つ。彼女はルートを常に変えた。同じ道を二度通らなかった。誰にも予測させなかった。


三つ。彼女は歌を使った。聖歌。奴隷たちが農園で歌っていたあの歌の中に、実は暗号を隠していた。あの歌は、彼女が来たことを知らせる合図であり、安全な家を示す地図でもあった。


(彼の声が感動で震える。)


彼女は戦った。銃ではなく、拳ではなく、言葉でもなく——星と歌で。


(彼は鍵盤に指を置く。彼女が使ったという聖歌の一節を、静かに奏でる。その旋律は、単純で、美しく、そして深い悲しみを孕んでいる。)


(ピアノ。南北戦争のトランペットの音。戦いの始まり。)


1861年。南北戦争が始まった。


彼女は、北軍に従軍看護師として参加した。南部の奥地で、熱病に倒れる兵士たちを救った。でも、それだけじゃない。


(彼の声が興奮を帯びる。)


彼女は、スパイとしても活動した。黒人のネットワークを駆使して、南軍の情報を集め、北軍の指揮官に伝えた。


1863年、彼女は戦闘に参加した——女性として、黒人として、初めてと言われている。サウスカロライナ州のコンバヒー川での作戦。彼女は夜間にスパイを率いて偵察し、その情報を元に北軍は南軍の陣地を奇襲した。


その作戦で、750人以上の奴隷が解放された。


(彼の声が誇り高くなる。)


彼女の指揮官は後に語っている。「彼女の勇気は、男性の兵士たちの比ではない。彼女は誰よりも冷静で、誰よりも戦略的だった」


(ピアノ。戦後の静けさ。傷跡をなめるような、遅いブルース。)


戦争が終わった後、彼女はニューヨーク州オーバーンに土地を買った。そこには、彼女が導いた多くの元奴隷たちが住んだ。彼女は養豚をし、野菜を育て、講演をして生活費を稼いだ。


でも、政府は彼女に——戦争での功績を認めず、長い間、恩給を支払わなかった。彼女がスパイとして活動した記録が、正式に認められなかったからだ。


(彼の声に怒りが滲む。)


彼女は、自分の人生の最後の30年間、貧困の中で生きた。それでも、彼女は決して戦うことをやめなかった。女性参政権運動にも参加し、黒人の権利を訴え続けた。


1913年、彼女はニューヨークの女性参政権集会に出席した。その時、彼女の髪は真っ白になっていた。背中は曲がっていた。でも、その目は——かつて北の星を読んでいたあの日のまま、鋭く輝いていた。


(ピアノ。1919年、肺炎。彼女の最後の夜。)


1919年3月10日。彼女は、オーバーンの自宅で息を引き取った。96歳。


(彼の声に敬意が満ちる。)


96歳。彼女が生きた年数を考えてみてほしい。1822年から1919年。奴隷制度がまだあった時代に生まれ、第一次世界大戦が終わるまで生きた。彼女は、馬車から自動車へ。ろうそくから電灯へ。そして、鎖から——まだ完全な自由ではないものの、少なくとも法的な自由へ。そのすべての変化を、自分の目で見てきた。


(長い沈黙。)


彼女の葬儀は、オーバーンの市内の軍関連施設で行われた。彼女は軍旗に包まれ、彼女の棺は砲架に乗せられて運ばれた。


彼女の墓碑銘には、こう刻まれている。


(彼はその言葉を、一つ一つ、丁寧に。)


「ハリエット・タブマン・ロス — 1822-1919 — 地下鉄道の車掌 — 黒人のモーセ」


(ピアノ。彼女の人生を讃えるブルース。深く、強く、そして優しい。)


「あなたにとって、ハリエット・タブマンとは何ですか?」


(彼はその答えを、自分の胸に手を当てて語る。)


彼女は走った。そして、戻った。走るだけでは足りなかった。彼女は、何度もあの地獄に戻った。自分の自由を手に入れた後も、他の人の自由のために。


それが、本当の勇気だ。


(彼の声が強くなる。)


キング牧師の「光」は、彼女の松明の火から始まった。マルコムXの「炎」は、彼女が灯したかがり火の延長だった。アリの「拳」は、彼女が戦った戦いの続きだった。


彼女は、その始まりの始まりだった。奴隷だった女が、自らを解放し、他者を解放し、そして——国家を変えた。


(彼は客席を見渡す。一人ひとりに語りかけるように。)


彼女は、奴隷だった。でも、彼女の心は決して囚われなかった。彼女は武器を持たなかった。でも、彼女の武器は星と歌と、そして鉄の意志だった。


それらは、銃弾よりも強く、忘却よりも永く。この国の魂に、まだ響いている。


(ピアノ。最後のコード。地下から響くような低い音。それは、彼女が歩いた地下鉄道の足音。それは、70人の解放された人々の足音。それは、750人の戦闘で解放された奴隷の足音。そして、その音は、長く、長く伸びる。そして、静かに——しかし完全には消えずに——終わる。)


アラミンタ・ロスのために。

ハリエット・タブマンのために。

1822年3月 - 1919年3月10日。

彼女は走った。そして、戻った。

誰にも、止められなかった。


(拍手。深い、震えるような拍手。彼は軽く会釈する。その目は、1849年の夜の逃走を見ている。沼地。川。北の星。そして、その先にあった自由。彼女はそこに行った。そして、戻った。彼女の後ろには、まだ大勢の兄弟たちがいたから。しばらくの間——長い間、彼は何も言わなかった。ピアノの前に座ったまま、その走る背中を見送っている。そして、ゆっくりと次の曲へと指を動かす。今度は、走る人のためのブルース。自由へと走る、すべての人のために。)




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