21.二つの縁
ショットボアと思われるヘビは全くこちらに敵意を向けなかったため、そのまま通過することにした。下手に刺激をすると却って危ない。
レオは今後のためにショットボアの模様をしっかり覚えておくように指示すると、サリたちは必死で頷き、木の上を見上げた。
「よし、覚えたな。じゃあシチャの木を探しながら戻るぞ」
「「「「はい」」」」
4人は声を揃えて返事をした。とても仲が良いようだ。
若い冒険者サリたちのパーティは、昇格試験において全員Fランクに上がったばかりで、ギルドでの合格発表の時に意気投合し、その場でこの依頼を受けたのだと言う。
おそらく図鑑ではなく本物の魔獣と出会ったのは今日が初めてだろう。
冒険者ギルドでの依頼ランクは上はSランク、下はHランクまである。
Hランクは留守番、街へのお使い、簡単な荷物の配達、庭掃除など、なりたての冒険者でも比較的簡単にこなせる仕事だ。
Gランクは王都外の比較的安全な草原での薬草採取や、害虫の駆除、魔獣ではない野生動物の捕獲など、危険とは言えないが少し高度な知識や技術を要求される仕事。
そしてFランクは、魔獣等に遭遇する危険があり、知識や技術に加え、ある程度の戦闘能力や危険回避能力も要求される仕事だ。
それより上は危険度や達成難易度によってランク分けされている。
自分の冒険者ランクと同じかそれ以下の仕事しか受けることはできない。
一般的に冒険者と堂々と名乗れるのはFランク以上からで、GやHは世間からは冒険者見習いまたは子供のお遊びと称されることも多い。
サリたちはようやく堂々と冒険者を名乗れることに喜び、張り切って仕事の準備を進めて来た。
が、何せ全員Fランクの仕事は未経験だ。更にドムチャ村の兵士に出口で西の森の危険性について懇懇と諭されたおかげで、すっかり怯えきってしまったようだ。
「冒険者は強いことも大事なんだが、それよりも正確な知識と観察力、それに引き際の判断が1番大事なんだ。……あ、コレもたまに依頼来るヤツ」
レオは彼らを安心させるように言葉を紡ぐ。
そして同時に、めぼしい薬草などをいくつか、根ごと採取し、サリたちに手渡していた。サリたちはそれを順に観察しては、薄手の布袋の中に次々と入れた。
薬草の名前は教えず、持ち帰って図鑑と見比べて同定するようにと言ってある。
最初は図鑑だけでも実物だけでもダメなのだ。
両方をじっくりと見比べて、図鑑での表現と実物ではどこがどう違うか、特徴のある部分がどのように表記されているか。
生え方、臭い、手触り。そういったものを図鑑の絵や文章からどうやって想像するか。
それが分かるようになれば、未知の植物でも図鑑を見るだけで生えている様子まで思い浮かべることができるようになる。
その第一歩だ。
目的のシチャの実を探してキョロキョロしながらも、少年の1人が聞き返す。
「引き際、ですか?」
「どんなに強くても、知識がなくて依頼の内容とは違う仕事をしちゃったら意味がないし、依頼を達成したのに引き際を間違って死んだら元も子もないだろ?」
「確かにそうですね」
「キミらは知識の大切さは分かってるようだから、自信持っていいよ。強さばかり求めて、そういう基本的な所を軽視して挫折する冒険者も多いんだ。色々と本を読んだり、こうやって他の冒険者の話を聞いていけば知識は増える。観察力も経験を重ねれば自然と身につくさ」
レオは魔獣が出ないか周りに気を配りつつ言葉を続ける。
「引き際は1番難しい。俺も10年以上冒険者やってるんだけどさ、未だに判断に迷うこともある。最初は依頼よりも身の安全を最優先に考えるくらいでいいんだよ。危ないと思ったらすぐ撤退。臆病者と笑われることを恐れちゃいけない。臆病な冒険者ほど確実な良い仕事するんだぜ」
そう言ってレオはニヤっと笑った。
「オレのことだけどな」
「ふふっ、お1人で西の森に来られるくらいなのに、臆病者なんて言われてるんですか?」
サリは楽しそうに笑う。だいぶ緊張もほぐれてきたようだ。
レオは少し渋い顔をして頭上の木を睨みつける。
「上の兄貴になー。オレの兄貴は冒険者稼業やってねぇから、この奥の深さが分かんねぇのよ」
そんなことを話しているうちに、森の入口のすぐ近くまで戻ってきた。
「さてこの辺だ。分かるか?」
「ええと……あ!はい、見つけました!」
たくさんある木の中からほんの少し白っぽい幹の木を見つけ、4人は即座に駆け寄ってそれぞれ鞄から大きな麻の袋を取り出した。ちゃんと調べてきたというのは虚栄ではないようだ。
周りにもう数本生えているし、それぞれに実もたくさん生っているようだから、彼らの受けた依頼には十分だろう。
「ここまで来たらもう分かるだろ。すぐそこがさっきの入口だ。実を採り終わったら寄り道せずに帰れよ。これも大事な"引き際"さ」
「はい、本当にありがとうございました!あのぅお名前伺ってもいいですか?」
「ん?ああ、名前はレオだ。またどっかで出会ったら声かけてくれな」
「レオさんですね!次お会いしたら必ずお礼します!」
サリは律儀に頭を下げる。
「お礼なんていいよ、キミらが無事に帰ってくれるだけでこっちも気分よく次に進めるからさ。それに引き返したことで予想外の収穫もあったし」
「収穫?」
「いやいや、こっちの話。じゃあまたな」
レオは4人に手を振って元来た方に戻り始めた。
時間は多少ロスしたが、まだ昼前だ。レオの足なら夕方には南東エリアに着けるだろう。
それに焦っていては見つかるものも見つからないかもしれない。落ち着いて進もう。
そのまま進んでいたら見過ごしていたかもしれない"攻撃性のないショットボア"。
魔獣の襲撃が減った原因、ひいては聖女に繋がる手がかりとなるかもしれない。
あれはサリたちと共に戻ったからこそ発見出来たのだ。魔獣はいつでも向こうから襲ってくるものだという先入観があったが故に、レオが見落としていたものだ。
(観察力が大事だなんて、見落としてたオレがえらそーに教えてる場合じゃないよな)
レオは少し自嘲気味に肩を竦めると、今度こそ見落としはすまいと、前を向いて歩みを進めた。
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まだかなり日は高い。夕方にはなっていないようだ。
「ねぇ、ウーさん、そろそろ帰ろっか」
(ウーン、そうだネ)
トモカは隣でのんびり日なたぼっこをしている白黒の毛玉に声をかけた。
各々ネズミを3匹ずつ食べ終わると、疲れと満腹で再び眠くなってしまったため、少し昼寝をしていたのだ。
寝ていたのはおそらく15分程度の僅かな時間だったが、だいぶ疲れは取れている。
帰れるならば、せっかく捕ったネズミの肉を持ち帰って、早いところ保存用に調理してしまいたい。
赤いネズミの肉には体力回復に効果があると言われていた通り、食後軽い昼寝をしたら短時間だったにも関わらず28まで減っていたHPが131/150まで回復していた。
まだ太腿の筋肉が痛かったが、ふと思いつき太腿に例の「手当て」の要領で粘液のような光る聖魔力を塗り込んでみると、すっかり痛みはなくなった。足の疲れも取れた。
同時に少し残っていた腕や肩、腰の疲れも取れたようだ。もしかして一部に塗っただけでも全身に行き渡るのだろうか。
しかしHPは変化なし。
どうやら聖魔法はHPには影響しないようだ。
(ゲームとかだと回復魔法でHP回復させたりできるのにな)
怪我や筋肉痛や疲労は聖魔法で治せる、という事が分かっただけでも十分なのだが、某ゲームの白魔法のように、呪文を唱えたらHPが一気に回復する……そんな想像もしていたので、ちょっと拍子抜けした。
HPを回復するには先ほどのように何かを食べ、眠るのが1番良いのだろう。
(じゃあ帰ろっカ)
「あ、ちょっと待ってね、場所だけ確認させて。マップ」
視界の下の方から地図が飛び出す。
(またいつここに来ることになるか分からないから、場所を覚えておこう)
トモカが現在いる場所は、楕円形の湖の北西に接する小屋からまっすぐ北に進んだ場所のようだ。
しかし長時間歩いた気がしたのに、地図上で見るとかなり近い。
拡大すれば歩いた分移動したのが分かるが、森全体が入るような縮尺だとほんの少し北に移動したような気がする、という程度。
もしかしたら縮尺を見誤っていたのかもしれない。
(この森って思ってたより相当広いのね)
トモカはその気になれば森を出ることも難しくはないだろうと思っていたが、予想以上に広い。簡単に出られる距離ではなさそうだ。
「よし、だいたいの位置は分かったから帰ろうか」
(カエローカエロー)
ウーが小屋の方へ歩き出し、トモカはネズミの入ったバケツと空になったガラス瓶を抱えてその後を追った。
バケツは重いが、覚悟していたほどは大変ではない。
道中は長いので、帰りながら気になっていたことを聞いてみる。
「そういえば、ウーさんって元々どこに住んでたの?この近く?」
(ボクの家はさっきのネズミ穴のもうちょっと向こうダヨ。もう誰もいないヨ)
ウーはそう言って、北の方をピョイピョイと尻尾で指す。
「いないって家族が?」
聞いてしまった後で、聞いてはいけない事だっただろうかと思ったが、ウーは気にした様子はない。
(ボクの家は神様の水の近くにあるンダ。ボク達は大丈夫なんだケド、神様の水を飲むト暴れるようになるヤツがいるノ。そういうヤツにお母さんは殺されたヨ)
「え……」
(タブン、獣人たちがモンスターって言ってるのハ、そういう暴れるヤツらのことなんダ。でもボク達も魔法を使えるカラ、一緒に狙われたりするんダヨ。お父さんは獣人に殺されタ。ボクはその時に逃げてきたカラ、兄ちゃんたちがどうなったかは知らないケド、多分逃げたカ死んだカ、もういないんじゃナイ?)
重い話のはずなのだが、ウーは軽い調子で淡々と語る。あまり気にしていないようだ。
ウーにとっての家族というのはそういうものなのだろうか?
「寂しくない?」
(寂しくないヨ!トモカいるシ!)
「ねぇ、最初に会った時のケガって、獣人に攻撃されたの?」
そうだとすればトモカも獣人なので一緒にいるのは嫌ではないだろうか。
するとウーは即座に否定した。
(違うヨ!滑って木から落ちテ、途中の折れた枝に引っかかっタノ)
「そうだったんだ。なんで木に?」
(獣人から逃げテ、あの木に登って隠れてタ。それでケガして動けなくなっちゃッテ、何日かあの木の根元にいたンダ)
確かに裂けたような傷ではあった。数日放置すれば虫も湧くだろう。
「そもそもウーさん木登りできないでしょ?」
(確かにすごく苦手だケド……なんで知ってるノ?)
「木を登れそうな足じゃないもん」
ウーの前肢は足の裏までフサフサと毛が生えていて、木に登るというよりは、草むらや地面の上を駆け回るのに適した形状になっている。
(そんなの見て分かるンダ!)
「分かるよー。向き不向きってあるからね、次隠れる時は土掘って隠れた方がいいよ」
(うん、そースル!そっちの方が得意!)
ウーはピョンピョンと飛び跳ねている。
(あの時、トモカが見つけてくれて良かったヨー、死ぬとこダッタ!)
「ふふふっ威嚇してたクセに」
(獣人の仲間だと思ったモン。突然魔法が使えなくなって焦ってたシ)
「魔法使えなかったの?」
そういえばあの日のウーは、威嚇していた割に魔法を使う素振りは見せなかった。使えなかったのか。
(そーだヨ。あの前の日に、木の根元でうずくまってタラ、スゥッて魔力吸い取られたノ)
「誰に?」
(知らナイ。気づいたら全部魔力なくなっテテ、でも怪我してたせいか回復もほとんど出来なくテ、とっても困っテタ)
「そうなんだ。よくあることなの?」
(初めてダヨ!だから焦ったノ)
そんなことが。
どんな理由で魔力がなくなっていたのかは分からないが、トモカは内心、あの時ウーの魔力がなくなっていて良かったと思った。
(あの時ウーさんに魔力が残ってたら私、多分ウーさんの雷撃に撃たれて死んでたよね……)
もちろんトモカがあの朝あの木の所に行かなければ、ウーは衰弱して死んでいただろう。
そしてもしあの時、ウーに魔力が残っていたら、まずトモカが死に、そして結果的にウーも死んでいただろう。
これも色んな偶然が繋いだ縁だ。
大切にしなければ。
「ま、ウーさんも私も無事で良かったよ。これからもよろしくね」
(こちらコソ!よろしくネ!)
1人と1匹は仲良くそれぞれ尻尾をピコピコと振りながら、森の中の家路を急いだ。
朝投稿する予定でしたが、少し遅くなりました。
今後は定時の予約投稿ではなく、書き終わり次第投稿する形にしようと思います。
投稿頻度としては一応毎日(24時間に1回)を目指しますが、延びたり早くなったりするかもしれません。
ご了承ください。




