22.解体作業
動物の解体・解剖の描写が含まれますので、苦手な方はご注意ください。
小屋に戻ると、トモカは早速赤いネズミの処理に取りかかった。
小屋の中で行うのはなんとなく嫌だったので、湖のそばにある大きめの平たい岩にガラス瓶で水をかけて洗い、これを調理台として使う。
「ねぇウーさん、穴掘り得意でしょ?」
(大好きダヨ!何?掘ル?)
「この辺にこのバケツくらいの穴掘れる?」
(任せといテ!)
ザババババババ!
岩から少し離れたトモカの指さす場所を、ウーが物凄い勢いで掘り始めた。
脇目も振らず一心不乱に掘っている。狂気を感じるほどだ。
ウーの背後にあっという間に枯葉と土の山ができる。
(デキタ!)
「はやっ」
数回呼吸した程度の時間で既にバケツと同じサイズと深さの穴ができていた。
ウーは穴掘りが楽しかったのか、とても満足気である。
(もっと掘ル?)
「いや、もう充分だよ、ありがと」
(ねぇじゃあボクは遊びに行っててイイ?)
「いいよー。用事があったら呼ぶけど、夜になる前には帰ってきてね」
(分かっタ!)
そう言って、森の中に消えていく。
さすがウサギだ、あっという間に姿が見えなくなった。
どうやら洞穴に行く時はトモカの歩くペースに合わせてくれていたようだ。
トモカはネズミの死体を岩の上に取り出した。
ウーが言う所の"赤いネズミ"は身体から火を放出して文字通り赤くなるネズミだが、その体毛は赤毛というよりは焦げ茶に近い。
その丈夫な毛皮をナイフで剥ぎ、肉の部分を丁寧に削いでは金属の食器に入れていく。
鶏ささ身のような白っぽい肉がどんどん食器に溜まっていった。
これを広げて乾燥しておけば保存食になるだろう。
肉を採取するついでに、お腹と胸も開け、内蔵の状態を確認する。
これはトモカの獣医師としてのただの興味だ。
せっかく確認できる機会なのだから見ておこう。
こちらの世界の動物と元の世界の動物で、何か身体の造りに違うところがないか。
「はぁ……、すごいわコレ」
トモカは感心して覗き込んだ。
胸郭の中に心臓と肺があるのは同じ。
ただし、心臓が左右2つに完全に分かれている。
前の世界の哺乳類も、左心房、左心室、右心房、右心室の4つの部屋に分かれていたが、それぞれ中央の壁と血液を通す弁で仕切られているだけで、外見は1つの心臓だ。
しかし、この赤いネズミの心臓は、左心房・左心室と右心房・右心室がそれぞれセットになって分かれ、2つの小さなラグビーボールのようになっていた。
繋がっている血管の色と弁の方向からして、おそらく左の心臓に繋がっているのが動脈、右の心臓に繋がっているのが静脈だろう。
前の世界では、魚類では1心房1心室、両生類や爬虫類では2心房1心室、哺乳類や鳥類では2心房2心室、と高等動物になればなるほど動脈血と静脈血の分離が進み、効率よく循環させることができるようになっていた。
その定義であれば、この赤いネズミは前の世界の哺乳類よりもさらに高等位に進化した動物という事だ。
(まぁ身体から火が出たりするもんね)
より効率化しなければ、そんな大量のエネルギーは処理仕切れないのかもしれない。
しかしそう考えると、魔法が使える今のトモカ自身の身体もどうなっているか分かったものではない。
猫耳や尻尾が生えているくらいなのだから、内臓も変化している可能性がある。
(もしかして私の心臓も2つに分かれてるのかな…)
肺と横隔膜はほとんど同じ造りだ。
胃や腸、肝臓、胆嚢、脾臓、膵臓、左右の腎臓……と確認していくが、この辺りはかつて手術で見慣れたものとそれほど違いはない。
オス、メスの精巣や卵巣の位置もだいたいラットと同じような状態だった。
肝臓が身体のサイズに対して少し大きいような気がするが、それくらいだ。
しかし、その肝臓の近くにそれらの臓器とは違う、何か黒くて硬い臓器がある。
その臓器は外側に血管が何本も走り、肝臓と繋がっているようだ。
(なんだこれ)
トモカは気になって、丁寧にその臓器を切除した。
大豆くらいの、ネズミの身体のサイズからすると比較的大きい臓器だ。
触るとジョリジョリと中に砂が詰まったような感触。
ナイフの刃先でそっとその外側を切ってみる。
「うわぁ綺麗」
その黒い膜の中から出てきたのは透明な赤い砂。
キラキラしていてルビーのように輝いている。
何の臓器だろう。
もしかしたら身体から放出されていた炎に何か関係するのだろうか。
トモカは少し考えてその砂の一部をナイフの上に乗せ、そこに反対の指でごく少量の魔力を当ててみた。風魔法だと飛んでいってしまいそうなので、雷魔法にする。
パチッ
ボォォォォォォ!!
「やっぱり!」
ナイフの上に乗せた赤い砂は、トモカの雷魔法を受けると、ガスのようなものを発し、それに引火して少し強めの炎を発生した。
そして魔力を出すのをやめると、炎も消える。
今度は聖魔法を当ててみると、やはり同じように炎が出た。
どうやら属性に拘らず魔力に反応して引火性のガスを出し、それを燃やす砂のようだ。
このガスが体表に放出され、炎を出していたのだろう。
近くで魔法を使ったくらいでは反応しないが、直接魔力を当てるとガスと炎が出る。
そして燃えても、この砂自体は消えて無くなるものではないようだ。
魔力を当てる前と当てた後で特に変化は見られない。
燃料というよりは、魔力を使い、空気中の成分から引火性ガスを生成するための触媒のようなものなのかもしれない。
(これ使える!)
ごく少量の魔力で、こんなに強い火力が出るのだ。
取り扱いは注意しなければならないが、集めておいて損はないだろう。
トモカは別の食器にこの赤い砂も集めることにした。
必要な部分と不要な部分に分け、ネズミを一体一体手際よく次々と処理をしていく。
「よし、こんなもんかな」
トモカは額を拭った。
やっと全てのネズミの処理が終わったのだ。
目の前にはそれぞれ食器に入った沢山の肉と赤い砂。
そして岩の上に置かれた大量の小腸。
地面に置かれた、剥いだ後の皮。
肝臓も加熱すれば食べられるかもしれないと一瞬考えたが、未知の生物なので有毒な可能性を考えて、今回はパス。
肉をきれいな布に並べてみると、ひとつひとつは薄くて小さいが、結構な数になった。
それを陰干ししようとして、少し考える。
(風魔法でどうにかできないかな)
雷魔法を使う時と同じような要領で、指先に魔力を集め、肉が飛んでいかない程度の強さで少しずつ風を送る。
「おお、いい感じ」
次第に肉が乾き、表面のテカリが消えていく。
肉が薄いため、完全に乾燥するまであまり時間はかからなかった。
硬くなり、色も濃くなったようだ。
ウーによるスパルタ教育のおかげか、だいぶ魔力の調整が上達している気がする。ウーに教育されたのは雷魔法ばかりだが、風魔法の使用も問題はないようだ。
空になった食器を洗って乾かし、そこに作った干し肉を入れていく。
「うん、できた。じゃあ次はこれかな」
切り取って集めた沢山の細長い小腸をナイフで開き、それぞれ内側になっていた方を湖の水でよく洗い、ナイフの背で内膜を丁寧に削ぎ落とす。
開かれた腸は縦にクルッと丸まり、細い紐のようなものになった。
それを指でグイッと引っ張り更に細く細く引き伸ばしながら、その指先から魔法でじっくりと風を送り込んで、乾燥させる。
それを少し太めの木の枝に巻き付けていく。
ネズミの腸から作った糸の完成だ。
元いた世界でも動物の腸を使った糸はたくさんあるため、自分でも作れないかと考えたのだ。
見よう見まねの自作なので強度は分からないが、一時的に使うくらいなら問題はないだろう。
これはネズミを持ち帰りながら、ずっと考えていた事だ。
ある目的のために、トモカは全ての腸をじっくりと加工していった。
それが終わると地面に置いた毛皮も全て軽く乾燥させる。
「終わったー」
残りの臓器や骨はウーが掘った穴に入れ、その上から土を被せて埋めた。
処理に使ったナイフやバケツを洗って空を見ると、だいぶ日が傾きはじめている。もう夕方だ。
作った干し肉や赤い砂、毛皮、糸、朝干した洗濯物などを小屋に全て戻す。
思ったよりも時間がかかってしまった。
しかし、一旦外に出て森の方を見てみるが、まだウーが帰ってくる気配はない。本当に暗くなるまで遊んでくるつもりなのだろう。
(もうちょっとできるかな)
トモカは戸棚から金属の串を2本出して、調理台として使っていた岩まで戻り、石で叩いて細工をする。
そして今度はそれを持って小屋に戻り、小屋の扉は開けっ放しにして床に座り、黙々と作業を始めた。
そして、もうすぐ日没という頃。
開けっ放した扉からようやくウーが戻ってきた。
(トモカ、タダイマ!)
「ウーさん、おかえりー。楽しかった?」
(ウン!)
トモカが扉を閉めながら訊ねると、元気の良い返事が帰ってくる。
(ボクの家を見てきたノ)
「家って、さっきの洞穴よりもっと向こうにあるっていう?」
(そうダヨー)
さっきネズミを獲るのに片道1時間以上はかけて北の洞穴に行ったのに、もう一度更に北の方まで往復してきたらしい。この短時間で。
とんでもない脚力だ。
「変わったことはあった?」
(ヤッパリ誰も住んでなかったヨ)
「そっかぁ」
トモカは少ししんみりする。やはり家族には会えなかったようだ。
(ア! デモ、"神様の水"の近くでトモカと同じような獣人がいたヨ!)
「えっ、獣人ってウーさんを狙ってきた人なんじゃないの?」
ウーの話では、ウーの父親は獣人に殺されたのではなかったか。
トモカは心配になる。
(ウウン、違うヒト!ボクたちを追っかけてきた獣人よりも細くて若かっタ。トモカみたいな尻尾があったヨ)
「大丈夫?気づかれなかった?」
(どうダロ。ちょっと目は合った気がしたケド、ボクに用はなかったミタイ。あんまり向こうも気にしてなかったヨ。なんかキョロキョロして探してタ)
「そっかー。なら良かった」
獣人全員が襲ってくる、という訳ではなさそうだ。
(ただ、"神様の水"のそばで寝てる狼もいたカラ、また暴れるカモ)
「どういうこと?」
(ボク達みたいに昔から神様の水の近くに住んでる種族はネ、いくら飲んでも魔力が上がるだけで問題ないノ。でもそれ以外の動物が飲むト、飲んだ後数日寝ちゃっテ、起きたら魔力を求めて狂ったみたいに暴れ出すンダヨ)
「えっ、てことは」
(寝てる間はいいケド、起きたら危ないヨ)
"神様の水"というものがどんなものなのかは分からないが、ただの水ではなくなかなか危険なシロモノらしい。
飲んで暴れるということは、お酒か何かなのだろうか?
トモカは頭の隅で少し引っかかったが、何が引っかかったのか分からない。
「ここにも来るかな」
(ここからは少し遠いし、来ても狼より僕の方が強いカラ平気!)
「でもウーのお母さんって、そういうヤツに殺されちゃったんじゃ」
(ボクのお母さんは妹を産んデル最中だったカラネ。子供を産んでる時は2つの魔力があっテ、どちらも体力は弱ってるカラ、魔力を欲しがるヤツに狙われやすいンダ)
「そうなの……」
ということは、ウーは両親だけでなく、生まれてくるはずだった妹も同時に失ってしまったということか。そして兄弟の行方は分からない。
ウーは平気な様子であっけらかんと語っているが、冷静に聞くと凄絶な状態だ。
「でも寝る時の戸締りはしっかりしてた方がいいね」
(そうだネ)
トモカは作業中だった道具を片付け、枯葉で寝床を整えた後、念の為作業台を扉の所に動かしバリケードを作った。
流石に夜中に狼に襲われるのは勘弁願いたい。
その日の夜は、いつも以上にウーとくっついて眠ったトモカだった。




