お兄様と駆ける巨狼。
すみません、更新が遅いですね。
今回は短めです。
よろしくお願いします。
俺達が山に入ってどれだけ進んだだろうか。
山と一言に言っても麓は木々に覆われ、傾斜が無ければ森と大差ない環境だ。
そのため最初、巨狼は木々が邪魔で進めないのではと思った。
しかしこの巨狼は大きいだけの狼ではなかった。
まるで木々が色づいた絨毯だとでもいう様に、細枝や木の葉の上、木々の頭上を疾走する。
まるで重みなど無いかの様に、細枝がしなる事も、紅く変わり始めた木の葉が散る事も無い。
まるで航跡の様に巨狼が駆け抜けた後には白い光の波紋が広がる、それだけだ。
まるで魔法だ。
そういえば、これに似た光景をどこかで見た覚えがあったな。
休みなく思考して恐怖を紛らわせていたのだが、フッと視界の端で何かが揺らめいた。
木々の上から木の葉を揺らす爽籟が見えたのだ。
その風の波は巨狼を追いかけ、やがて巨狼もその風の一部となって駆ける。
景色はどんどん移り変わりあらゆるモノを置き去りにする。
木々の上から見る紅と緑の大地は、ひと時だが落下の恐怖すら忘れさせるほどの美しさがあった。
どこからか懐かしさと寂しさが去来する。
これは夢の記憶か、それとも朽ちる木の葉を惜しむ人の心なのか、理由は分からない。
だが何とも不思議な感覚だった。
今まではただ恐れる対象でしかなかったこの山が、さらにその奥に見える峰々が、ひどく身近に思える程だ。
しかし、そんな感動も長くは続かない。
巨狼が一際大きく跳躍した後、強い衝撃と共にゴツゴツとした地面に降り立ったためだ。
その揺れで自分の現状を思い出した。
どうやらいつの間にか森林限界を越えたらしい。
今までとは景色が一変し、周囲は黄色や赤茶けた岩の大地に覆われている。
この辺りからは植物はまばらで、大小様々な岩や石が占め、遠くでは煙が立ち上り間欠泉まで見える。
鼻を突く独特な臭いに気付き思わず手で覆う。
だが上を見上げれば山はまだまだ続き、その先には雲が横たわりその頂きは見通せない。
来た道を振り返れば、どこまでも続く雲と青い空に目が奪われる。
雲海だ。
まるで俺のヴァレンティノ領すべてが、白い海に沈んでしまったのかと錯覚する。
隣国の方を見れば、大小様々な峰がまるで島の様だ。
筆舌に尽くしがたいとはまさにこの事か・・・。
この風景も確かに美しく心に響く何かがある。
だがここは、先程とは違い荒々しい厳しさも感じる。
ここは人の住めぬ場所だと言われているかのようだ。
そこまで思った時、巨狼は上体を少し起こしスッと頭を空に向け二度鼻から息を吸い込んだ。
そしてまた駆け出した。
・・・周囲の臭いで目標を見失いかけたのかも知れない。
しかし、亥人の里とはそれほど遠いのだろうか・・・。
途中意識が遠のく事もあったし正確な道のりは測れていないが、かなりの距離を移動しているのは間違いない。
案内役であるフラウスの方を見るが、彼は巨狼の口の中で相変わらず話せる状態ではない。
足場の変化で揺れ始めた背中に掴まり別のことを考える。
「ノート、以前隣国との交易路開発のためにこの山の探索と頼んだと思うが、情報はどの程度集まっている?」
パッと思い付いたことをノートに尋ねる。
そういえば、山にこんな場所が有るとは聞いたことが無かった。
振り返りノートの方を見ると、美しい刺繍のされた手巾で口元を覆いわずかに眉間に皺を寄せていた。
「以前お伝えしたのが全てです。危険な植物や生物、人が整備可能な道筋の情報は十分に集まったと判断して調査は終了させました。探索させた者達は隣国へ潜伏させています。その様に指示されたと認識していましたが・・・」
「あぁ、そうだったな」
そうだった。
山に住むと言われる竜種を恐れて、それ以上の深入りを避けたのだ。
どうも頭の回転が悪くなってきているな。
揺れを感じる事でどうしても意識を奪われる。
恐怖とは簡単に思考を妨げるから厄介だ。
目を瞑り外からの情報を出来るだけ切り離す。
・・・たしか当時はまだダークエルフ達の協力を取り付けて間もなかった。
彼女達の能力も分からなかったし、信用も出来なかった。
ノートとの出会いは寝込みを襲われた時なのだから当然だが。
そのため彼女達を試す意味でも難題だと思われる仕事を依頼し反応を伺った。
当然、結果は予想を遙かに超えるモノで、ノートは難色を示す事も無く、数十日で十分と思えるだけの調査を終えたのだ。
「今後はこの山脈のより詳しい情報が必要になるかも知れない、調べる事は出来るか?」
俺は後ろのノートへ問いかける。
「・・・詳しくとはどの程度の事でしょうか?」
「そうだな・・・」
今まではこの山脈まで支配域を広げるつもりも無かった。
だが亥人とのつながりができた以上、全く関わらないという訳にはいかないだろう。
彼らが何かしらに襲われ援軍を求めて来た時は支援する必要だってあるかもしれない、もしそうなれば相手の情報を知らなくては判断が出来ない。
最悪、亥人達が敵対した勢力が強大なら彼らを切り捨てる事だってあるのだ。
それにもしまた領内が襲われた時、事前に山の種族の情報があればもっと効率のいい対応が出来るかもしれない。
「・・・取りあえずは探索範囲を広げて領内に接する山々とその周辺から隣国周辺の山も調べたいな、内容としては生息する生き物や組織的な生物の規模などだろうか。今回の亥人なども事前に情報があれば違った対応が出来たかも知れないしな・・・っと言うまでもなく無理に危険に飛び込むような事をする必要はない。ドラゴンの巣の卵の数を調べろなんて無茶な話では無いからな、ダークエルフ達の危険が伴わない範囲で構わない。もちろん、未知の探索など危険でない訳は・・・」
「あ!じゃあこの辺りの山の木も全て母様が支配すればいいんじゃない?」
さも名案だ、とでも言いたげな声に慌てて反論する。
「な!?突然、何を言い出すんだヨルズ。せっかく木材を入手できる場所が・・・」
思わず大きな声となってしまったために、巨狼の耳がピクンッと動いた。
「・・・そうね。それもおも・・・」
「いや、待て待てノート。こういう話はこの様な場所でするべきではない。机上で様々な意見と情報を元によく考えなくてならない」
俺はノートの言葉を必死に遮る。
我が領の木材不足は深刻だ。
一部海岸地域で防風林を作るために植林を行い、十分に育ったら規模を増やしつつ木材を得る計画を進めている。
しかし、樹木が育つにはまだまだ時間が必要だ。
ヨルズが言うには魔法を使って植物の成長を促す事も出来るらしいが、それはノートに断られた。
詳しい説明は無かったが、いい結果にはならないそうだ。
「・・・それにもしそうなったらこの山脈の生物と敵対してしまうかも知れ・・・」
あれこれとノートを説得するための言葉を並べていると、巨狼が減速して立ち止まった。
周囲は相変わらず身を隠す場所のない、岩だらけの斜面だ。
巨狼が立ち止まった原因を探していると、上から黒い影が降りてくる。
それは翼を広げ巨狼から少し離れた所に着地する。
しかし体が大きいからか勢いが殺しきれず何度か足で飛び跳ね減速して止まる。
それは黒い大きな蜥蜴だ。
体高は亥人より大きく4メートル程、翼を広げればその倍以上だろう、外見は大型の鳥に近いだろうか。
全身に羽根は無く鱗に覆われ、クチバシは無く長い鼻面と鋭い牙を持ち、翼はヘビの皮の様なうろこ状の翼膜となっている。
それで鳥に似ているというのも、おかしな話だが骨格というか姿勢や動きが大型の鳥類を彷彿とさせる。
読んで頂きありがとうございます。
じつはもう少し書き溜めているのですが、細かな修正のために少し時間が必要で小出しにしました。
土曜日ぐらいまで、小出しに毎日更新できたらなと思っています。