2.
何とか書類仕事を片付けて昼食をとりに食堂に向かう。上位から平のぺーぺーまで、お手頃価格の美味しい食事をお腹いっぱい食べることができるので、常に野郎どもで芋洗い状態だ。適当におかずを盛り付けて、どこか空いている席はないかと見回すと、同じようにキョロキョロしていたマルセルと目が合った。示し合わせて、テラスの空席に座る。
「アルノー、お前今日の演習組み分け見た?」
「組み分け?」
「何だよ、見てないの? 控え室に貼られてたのに」
「今日はずっと自分の執務室にいたから。今から見に行くの面倒だから教えてよ」
「久しぶりの勝ち抜きトーナメントだよ。師団で兵種別にやりあって最後は一騎打ちだって。デイムが見たい見たいと大騒ぎ」
「あははっ。一騎打ちなんて騎士団領にいたんだから見放題だったんじゃないの」
「バッカ、お前。ユーリが出るからだろ。言わせんな」
「あーそっか。好きな人の試合は見たいよね。うんうん」
「あいつは放っておこう。セラちゃんがいれば勝手に張り切る。問題は俺らだ。馬上槍はお前とエーリヒが勝ちぬけだろ。フーゴも格闘術ほぼ独走だろ」
「俺とエーリヒでやったらエーリヒが勝つよ。間合いと重量が全然違うし。側役コンビが出張ってきたらフーゴとマルセルだけ危ういね」
「だよな〜危ういよな〜。お、噂をすれば。今日も熱々ですこと」
セラちゃんを伴ってユーリが食堂にやってきた。二人は何やら笑顔で話しながら、昼食を給仕係から受け取っている。
「今日はお弁当じゃないんだ」
ぎぎぃ、と首を回してマルセルが俺を見る。
「お弁当? お手製の? セラちゃんが作ってくれた、お弁当?」
「声でかいよマルセル」
俺達に気づいたユーリがひらり、と手を上げて幹部しか使えない温室に入って行った。扉が閉まってから一拍置いて、温室周りの黒騎士達が静かに席を立って移動する。別に気を遣わなくてもいいのに、律儀なことだ。
「あーあ。かわいい恋人が作るお手製弁当か。羨ましいよ」
「マルセルも差し入れ、良く貰ってるくせに……」
「それはそれ、これはこれ。はーぁ、これだから彼女もちは」
「おっ俺だっていないよ!」
「ふん、言ってろ。食ったら早めに行こうぜ。正騎士が遅刻したら示しがつかねぇぞ」
「了解」
練兵場までやってくると警邏と巡回に出てる部隊以外、ほぼ全員が集まっていた。師団ごとの団体戦で数を絞って、強者同士でつぶし合い、最終的に一騎打ち。清々しいまでの脳ミソ筋肉思考だ。指揮台の横を通りかかると、掲示された組み分け表の前で、セラちゃんとハンナが楽しそうにおしゃべりしていた。よくみたらリオンさんもいる。女子の雰囲気に溶け込みすぎてて一瞬わからなかった。
「幹部は全員特別枠なのね。どうしてリオンは副師団長なのに、いち、にぃ……五回も試合に出るのかしら」
「ホントだねぇ。どうして俺だけ総当たり戦なんだろうねぇ。あははははは」
「もしかしておとといの”戦ってみたい人”を聞いた結果なのかな? ユーリが団員から回収した解答用紙みて、ゲラゲラ笑ってたよ」
ああ、あの変な質問票は、これだったのか。ホント何考えてんのうちの偉い人達。マルセルと顔を見合わせて苦笑する。
「ほうほう、そういうことですか。それじゃご期待に応えて、まんべんなくボコらせてもらおっかな」
「邪悪な笑顔ですぅ……」
余計なことを言ったばかりに、ハンナはリオンさんのデコピンを食らって悶絶している。士官学校に行ってないハンナは知らないだろうけど、あの人のデコピンはやばいんだ。いつだったか「忘れ物した子はこうだよ?」って、ばかでかいオーク製の教卓にデコピンしたら、一瞬浮き上がったんだよね。教室中に響き渡ったあの打撃音は忘れられない。
「リオンさん大丈夫? 歩兵なのにどえらいことになってるけど」
マルセルの言う通り、重騎兵や装甲兵とも当たる恐ろしい組み分け表だ。俺は装甲兵とはやりたくない。第一師団長直属の装甲部隊は固くて歯が立たないからだ。
おまけにゲオルクさん並にガタイが良い、うちの騎士団でも指折りの猛者ばかり。マイラさんが絶対涙目になる超厳つい集団なのだ。
「俺は全然かまわないよ。ガチンコ素手対決でも投擲勝負でも、なんでも受けて立つよ」
「重装備でリオンさんと組手とか、そんなしんどいことしたくないです」
「重装備って?」
俺のぼやきが耳に入ったのか、ワクワク顔で聞くセラちゃん。この子は本当に好奇心旺盛だ。ユーリと気が合うわけだ。
「俺とエーリヒは重騎兵だから全身鎧で、馬上槍と盾が標準装備だよ」
「おししょー様も全身鎧で戦ってみては? 素早さが激減して良いハンデになるので、は……っ!」
ハンナが素早い身のこなしでリオンさんのデコピンを避ける。女の子なのに反応速度がフーゴ並みだ。
「ちっ」
素早くセラちゃんの背後に隠れたハンナを見て、やさぐれた顔のリオンさんが軽く舌打ちする。大切な主君を盾にするのはどうかと思う。
「あ、ほら、そろそろ行きましょ。団長が召集かけてるわよ」
笑顔のセラちゃんが促す先には、やや据わった目でこちらを見るユーリがいた。
「時間厳守つったろ。全員さっさと並んでくれ。セラは、俺の隣」
俺とマルセルは一番隊の先頭に、リオンさんはフレデリクさんの隣に並ぶ。やっぱり団長を始めとする幹部全員が揃うと威圧感があった。デイムだけ威圧感のいの字もないけど、そこはご愛敬。
彼女は騎士団において大切な『華』であり、序列こそ三番でも騎士団長が唯一膝を折り、首を垂れる唯一の存在。皆の忠誠を集める『黒き有翼獅子の騎士団』の象徴なのだ。
「本日は師団別に勝ち抜き戦を行い、決勝に進んだ騎士は俺達幹部と対戦する。勝者には特別報奨として金貨十枚! また、次の評定で階級を一段階上げることを約束する! 総員、気合を入れて励め!!」
団長の良く通る声に、集まった黒騎士全員の野太い雄叫びが練兵場に木霊する。団長の隣に立つデイムがちょっと驚いた顔をしていて、無理もないと俺は思った。マイラさんもこういう漢くさいの苦手なんだろうな……。
第一師団の騎兵と第三師団は馬場へ、第二師団は練兵場の東西に分かれて散っていく。その様子を見ていたユーリに何やら耳打ちされて、セラちゃんが指揮台に残された。どうやら今日の進行役を任されたらしい。肝心のユーリは領主の仕事が残っていたのか、練兵場からいなくなった。
「団長も参加するのかと思ったら。とっとといなくなっちまったな」
「今日は騎兵として出るもんだと思ってた。デイムがっかりしちゃうな、一騎打ち見れなくて」
一番隊の皆とそんなことを話しながら馬場へと移動する。師団長達が俺達隊長格を集めて場所を割り振り、組み分け表通りに分かれた。準備をする俺達の横では従騎士達が倉庫から馬上槍と訓練用の全身鎧をわっせわっせと運んでいる。試合を間近で見られるうえに師団長から直々の指導を受けられるとあって、実に嬉しそうだ。
勝ち抜き戦は順調に進み準決勝が始まった。重騎兵の部は俺とエーリヒ、隊長格が二人と腕に覚えのある黒騎士が四人。この八人から最終戦に出る六人を選抜するのだ。
「わ、すごい迫力……!」
今日の進行役がやってくると、皆が敬礼で出迎えた。審判のジェラルドさんもふっと表情を和らげてデイムに一礼する。
「これはセラ様。練兵場の準備は終わりましたか?」
「はい。フレデリクがこちらから見学するように、と。次の試合は……あっ。私も見ていいですか?」
「もちろん。皆の士気が上がります」
セラちゃんが妙に鼻息荒く馬場の柵に身を乗り出す様にしている。エーリヒと無口な騎士の試合が始まった。審判の「構え!」の声で互いに馬上槍を構える。そして「突撃!」の声で馬を一気に駆けさせた。ガツン! という重たい金属音が馬場に響き渡り、エーリヒは耐え切ったけど、相手の盾が吹き飛ばされて地面に転がった。盾を落としても負け。まずはエーリヒの勝ちだ。
「ひぇぇ」
セラちゃんが小さく悲鳴を上げている。無理もない。お嬢さんには刺激が強すぎる。
二戦目。再びの構え、突撃の号令でぶつかる。今度はエーリヒの槍がへし折れた。これで一勝一敗。次で決まる。いい勝負だ。
三戦目。「突撃!」の声と共に駆け出した二人の騎士が交錯する。相手の槍が派手な音を立ててへし折れ、エーリヒの槍が肩に当たった衝撃で、鐙に左足をかけた状態で落馬した。
「きゃぁ!」
セラちゃんが小さく悲鳴を上げ、慌てて馬場の柵をくぐって倒れた騎士に駆け寄った。兜を無理矢理外されそうになって悶絶している彼から聞き覚えのある声がして、同じように駆け寄ろうとした俺達は固まった。
「はぁ、首がもげるかと思った……。やっぱ全身鎧って重たいな」
「ええええ! 団長?!」
「なんで?!」
「やっぱり……また何をしているんですか、ユーリ様」
「皆の訓練成果を身をもって経験しようと思って」
「もっともらしいことをおっしゃいますな。大方やたら強いのと当たる! 何で! と驚く皆の顔が見たかったのでしょう。それで、何回負けたんです?」
「今のいれて四回だ。やっぱ重騎兵は皆強いな、力負けする」
「団長に勝った騎士全員の評定を上げます。まったく、デイムもご存じだったんでしょう。諫めて頂かねば困ります」
「ごめんなさい……」
ジェラルドさんに叱られて、しょんぼりと頭を下げるセラちゃん。完全にとばっちりだ。ユーリが慌ててジェラルドさんから庇うように彼女の前に立った。
「セラは悪くない。真面目にやれって俺を止めたんだ」
「承知しております。貴方を叱るより、何も悪くないセラ様を叱るほうが効くでしょう。先ほど団長と当たった者は前へ! 選抜の敗者復活戦を行う!」
くだらない悪戯を、と言わんばかりのジェラルドさんと、顔を覆って項垂れるユーリを見て、周りの皆は必死に笑いをこらえた。
「デイム、なんで中身が団長だってわかったんですか? 全員兜被ってますけど」
「え、あ、それね。目印がついてたから」
第一隊の連中が団長とデイムを囲んでわいわい騒いでいて、その言葉に全員がユーリの手首辺りを注目した。良く見ると白い布が巻かれている。てっきり手甲の紐か何かだと思ってたけど、よく見れば、北方大陸でセラちゃんと逢引して帰ってきて来た時つけてたリボンじゃないか。俺と同じくそれに気づいたエーリヒは合点がいったように頷いた。
「なるほど。俺達てっきり、足運びか何かで見抜いたのかと」
「皆さまが一生懸命励んでいるのに、不真面目なことをして本当に申し訳ありませんでした」
心底申し訳なさそうに、ぺこりとお辞儀をするデイムに皆が慌てる。
「お気になさらず。今までも団長にはこういうドッキリを仕掛けられてますから」
「抜き打ち審査は他の幹部も容赦なく仕掛けてきますよ。油断大敵ってやつです」
「見返りもちゃんとありますしね。いやぁ、ありがとうございます、団長」
皆は笑いながらユーリに礼を言って、試合に戻っていった。まわりに人がいなくなってから、凹んだ顔のユーリがセラちゃんにぺこりと頭を下げた。
「ごめん、セラ。俺のせいで」
「だから言ったのに、師団長達が怒るよって。でも、すごかったねさっき。槍がバキーン! って折れちゃって」
「ああ、あれ? 俺が押し負けた。手が滑って盾を少し引いちゃったんだよな」
「武器を持った相手に全速力でぶつかってくの、怖くないの?」
「うん。一番最初はちょっとびびったけどな」
二人は顔を見合わせて、クスクス笑いあった。その様子は本当に仲睦まじくて、俺はそれがとても羨ましかった。