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『乙女…』の主人公の1人、ユリシーズの乳兄弟(また従兄弟)で忠実なる腹心、乙女な黒騎士アルノー君のお話です。
恋愛コメディなので、ゆるく楽しんで頂ければ幸いです。
日付の変わる少し前、くたくたに疲れて宿舎に戻ると自室の郵便受けに手紙が届いていた。優しい卵色の封筒は彼女からだ。
「……」
俺はしっかり扉に施錠してから手紙の封を丁寧に開けた。俺に好きな子がいて、それがマイラさんなんじゃないかって薄々気づいてる『盾の仲間』は、何かというと探りをいれてくるからだ。
さすがにユーリはノックもなしに扉を開けたりはしないけど、セラちゃんに貸した本を持ってくるたびに、もの言いたげな目でじーっと俺を見る。たぶん、俺から言い出すのを待ってるんだと思う。凹む彼を何度も励ましたから、今度は自分が助ける番だと思ってるんだろう。その気持ちがすごく嬉しい。
ただ、ユーリの場合は権力もってるだけに協力の形がとんでもないことになる予感がするので、その気持ちだけで十分だった。
「よかった、元気そうで」
手紙はいつものように彼女の日常や読んだ本の感想が綴られている。俺も似たようなことを書いているけど、読んで面白いって思ってくれてるのかな……。筆まめな方じゃないから少し気がかりだ。
俺はどんなことでも知りたいから、何が書いてあろうと嬉しいし楽しいけど。
「お、おお!」
来月のユーリとセラちゃんの結婚式、マイラさん達がこっちにくるって書いてある! 俺は夜中なのに思わず大声で叫んだ。案の定、隣室のマルセルから壁ドンされる。珍しく夜遊びせず在室中だったらしい。
「や、やばい、顔が勝手ににやけてしまう」
だらしなく笑み崩れた顔のまま、俺は寝るまで何度も彼女からの手紙を読み直した。特に「またお会いできるのがとても楽しみです」の部分を。
翌朝。自分の執務室に行く途中、我らがデイム、セラちゃんと行き会った。
「おはようアルノー。お手紙、来た?」
「おはよう。来たよ」
「良かったねぇ」
キラキラした翡翠色の瞳に人懐こい笑みを浮かべる。彼女の後からやってきたユーリが「おはようアルノー君」とニヤリと笑った。
「何が良かったんだ、セラ?」
「あ、もうこんな時間よ、もうすぐ幹部と打ち合わせじゃない? 急いで急いでっ」
セラちゃんに背中を押されて執務室に押し込まれるユーリを見送った。すでに尻に敷かれてるけど、敷かれている本人超嬉しそうだからいいか。
四年前、セドリック様が亡くなって明るくて懐っこい「ユーリ」はなりを潜め、滅多に笑わず昏く荒んだ目をした、必要最低限しか口を開かない冷血の黒騎士「ユリシーズ」になってしまった。
完全に人が変わって皆が心配したし、どうしたらいいのか乳兄弟の俺も盾の仲間も途方にくれたけど「一番苦しいのはあいつ自身だから」と、これまで通り「四バカ」で居続けた。
時が深い傷を少しずつ癒してくれたのか、前みたいに笑ってくれることが増えてきた矢先に「北方大陸への特使派遣」の話が出て、それからのユーリは素早かった。派遣される特使から「レーヴェ家唯一の後継者に何かあったらいけない」と外されるのを見越して、先行して北方に向かったリオンさんを追いかけて飛び出していった。
小さい頃から「ジュスト様の子供、元気かな」とか「困ってないかな」とか「こっちに来たら仲間に入れてやろーぜ!」とか、会ったこともない西方の英雄の子供を親友みたいに思っていたから無理もない。
ユーリがそう言うのをずっと聞かされてきた俺達もすっかりそのつもりで、仲間であるその子を助けている気になっていたんだ。
そうして北方大陸で再会してみれば、宝石みたいに綺麗な緑の目のかわいい女の子とよろしくなっていた。
おまけにその子がジュスト様の娘で、俺達四人は文字通りひっくり返った。どうして誰も女の子かも、ということを考えなかったんだ。
だけど俺は内心「王道だ!」と拳を握った。親同士が無二の親友で、運命で結ばれた二人が出会う。素晴らしい。
と思ったんだけど、セラちゃんと再会した時に何かあったらしくて、三日ぐらい避けられまくって背中からキノコが生えそうなほど湿っぽく落ち込んでいた。ありんこくらいの大きさのセラちゃんを物陰から眺めてはため息をつく。
そんな姿を見るのが忍びなくて、皆とどうやってこの館まで来てもらうか朝から晩まで話し合った。グズグズしてるとリオンさんが強硬手段に出かねないからだ。
あの人、笑顔で「俺が捕獲してくるよ」とか言うんだ。おかしいよ、どうしてそうなるの? ユーリが想いをよせる大事な女の子なのに扱いが雑すぎる。
アキムさんもさすがに閉口してたけど、連れてくるのには異論ないみたいで止めなかった。
俺達の話を聞いて、協力を申し出てくれたマイラさんは「セラは意地っ張りだから」っていうし、マルギットさんは「追うと逃げる猫ちゃんですわね」っていうし、結局捕獲一択にならざるを得なかったんだけど。
でも『セラちゃん捕獲大作戦』がきっかけで、マイラさんと良く話すようになった。俺が「大劇場でやるような恋愛物が現実になるなんて」みたいなことを、ぽろっとマイラさんにしたらすっかり意気投合。
愛読書が恋愛小説で綺麗なものとかわいいものが好き、という俺の趣味にも引かず、むしろ距離が縮まったような気がしていた。
何しろ西方は腕っぷしが男らしさの基準だから、そんな特殊な趣味を理解してくれる奇特な女の子はまずいない。だから俺が彼女に惹かれるのは必然だった。
今日は午後から演習だから、なるべく午前中に書類仕事を終わらせたい。ユーリはいいなぁ、こっそり手伝ってくれる緑の目の妖精さんがいて。ため息をつきながら隊員から上がってきた報告書に目を通していく。
「おはよーアルノー」
「わ! リオンさん、窓からくるのやめてよ!」
のほほんとした声が背後からいきなり聞こえて、俺は間髪いれずに振り返った。窓の桟に片手をかけた姿勢で紙包みを差し出す、第二師団の副師団長がそこにいた。第四位以上が集まる朝議はどうしたんだ。
「悪いんだけどさ、これゲオルクさんに渡しといて」
「無視か。自分で行けばいいのに」
「寄ってたら授業に遅れちゃうでしょ。んじゃ、よーろしくー」
ぴょん、と身軽に飛び降りて、リオンさんは領主町に向かって走って行った。渡された紙包みは口が開いてて中身丸見えだ。
「お料理の本……」
しかも家庭料理。もしかしてゲオルクさんが読むのかな。あそこのおうちはお父さんが主夫だから。
「アルノー、ちょっといい? おいおい何だよその本、今度は料理でも始めるのか。お前はいったい何を目指してるんだよ」
ユーリが開け放ってあるドアから前触れもなくやってきて、俺の手にある本を見て笑った。
「俺のじゃないよ。リオンさんがゲオルクさんにって」
「ふーん。おーいセラー」
ユーリが資料室に向かって声をかけると、軽い足音がして紅茶色の頭がひょこっと扉の陰から出てきた。
「なぁに? おさぼりは許しませんことよ」
「サボってねえよ。これゲオルクのとこに持って行ってくれる?」
「いいけど。あー、これ話題のお料理の本! いいなあ」
「そうなの?」
「うん。女性向け風聞紙で話題独占のお料理研究家の本。大きい都の本屋でも売り切れ続出で、増刷待ちなのよ。これどこで手に入ったの?」
「リオンが持ってきたんだと」
「いつも思うんだけど、リオンって色んなコネ持ってるよね。それじゃ渡してくる。読み終わったら貸してもらえるかお願いしてみようっと」
セラちゃんは大事そうに本を抱えて、俺の執務室から足取り軽く出て行った。ぱたぱたと足音が第一師団長の執務室に向かうのをしっかり確認して、ユーリがスッと俺の前に立った。
「うるせぇのが行ったところで」
「セラちゃんをうるさいと思ってるの?」
「言葉のあやだ。お前さ、俺の名代でガルデニアに行く気ない?」
「へ?」
「来年早々に西方諸侯側から数名、ガルデニア王から招聘されてるんだ。セラのお母さんと先生送るついでにそれに出て欲しい。俺はちょっと行けそうにないから」
「それは構わないけど……俺でいいの? ヘクターさんには頼んでみた? お館様以外で名代になれる近い身内は叔父上だけだろ?」
「もちろん頼んだよ。やなこった、と速攻断られたあげくデコピンされた。でもよく考えたらアルノーが適任だ。又従兄弟で分家筋だから名代でも問題ないし。ガルデニアに行って、マイラのご両親に会って来い」
「どぇぇえ?!」
「セラの話じゃ新人女官は引く手あまたで、色んなところから縁談の話が来るんだと。ライツェント家は由緒正しい騎士の家柄だし、他の連中にそう遅れはとらねーだろ。先手必勝だ」
「そ、そんな。俺とマイラさんはまだそういう関係じゃ」
「セラがマイラを応援するように、俺はアルノーを応援する。んじゃ、ガルデニア王宛てに正式通達出すからな」
嬉しそうなユーリを見て俺は何も言えず、ぱたん、と静かに閉まっていく扉を呆然と眺めた。
「マイラさんが俺のことどう思ってるのかわからないのに、結婚前提の交際申し込み……難易度高すぎる……」
趣味の合う友人でお互い憎からず思っているけれど恋仲というほどではない、中途半端な関係。
正式な手順を踏んで、縁談の申し込みをするには、ちゃんとお互いの気持ちを確かめてから、もう少し深い話ができるようになってから、と思っていたけど。悠長なことをしていると俺の片恋は実ることなく散ってしまうのか……。
「アキムさん、ちょっと相談したいことがあるんだけど。恋愛方面で」
「そういう話には、もっと適任がいるんじゃないか?」
警邏隊の控室から出てきたアキムさんを捕まえて、自分の執務室まで引っ張っていく。ぐぐぐ、と踏ん張るのを引き摺っていると「ウソだろ?!」と驚くアキムさんの声が廊下に響いた。
「そう言わずに! アキムさん、優しくて頼れる兄貴分だし。こういう相談できるの常識人のアキムさんしかいないんだ。リオンさんに話したら彼女を笑顔で拉致してきそうで」
「…………いい判断だ。だからといって、俺に恋愛関係の良い助言は期待するなよ」
「聞いてくれるだけでいいよ。よかった」
「ユーリ様には話したのか?」
「話すも何も、一番ノリノリだよ〜」
「今朝からご機嫌な理由がわかった気がする」
アキムさんは苦笑して、話の先を促した。
「えっと、結婚前提の交際申し込みって、世間的にはどうなのかなって。俺の周り、あんまりそういう付き合いしてる人いないから」
「そうだな。貴族や騎士階級は、まず交際相手本人より先に、家長にお伺いを立てるのが一般的だ。お嬢さんと正式に交際をしたいのですが、よろしいでしょうか、という書状を送って。ユーリ様も南方大陸にいるセラちゃんのお母さんに何度か手紙を出していたよ。事後報告になった謝罪も兼ねてね」
「だ、だよね。それじゃ。相手が普通のおうちの人だとどうなるんだろう。引かれないかな?」
「マイラさんの家は確か、王都で大きな衣料問屋を営んでいたな。ご両親と、足を悪くされた祖母君と、王国軍所属の兄が一人、二年前に地方領主に嫁いだ姉が一人」
「な、なんで知ってるの?」
「クレヴァ様からの依頼で、セラちゃんの周囲にいる人々の簡易調査をしたんだよ。アルノーが一番知りたいことはマイラさんに交際相手がいるかどうか、だろ?」
アキムさんの綺麗な顔が、意地悪そうな笑みを浮かべた。この人はたまにこうやって俺達で遊ぶんだ。リオンさんと違った性質の悪さだ。俺は顔から火が出そうになった。
「うぅ、そ、そうです」
「安心しろ、誰とも付き合ったことがないみたいだから。どうも男が苦手らしいが、アルノーとは楽しそうに話してたし、大丈夫そうだよな?」
「だと、いいんだけど」
「アルノーなら上手くいく、と俺の勘が告げている。自信もって頑張れ」
暖かな手がポン、と肩を叩く。アキムさんは「演習、遅れるなよ」と言い置いて行ってしまった。町の時計塔がお昼を告げる鐘を聞きながら、俺は小さくため息をついた。




