2.夜戦
ーーーガシャ
金属鎧がすれる音が、疲れ切った耳に障る。隣で休んでいた奴が立ち上がった音だろう、目を開けなくても分かった。硬い胸壁にもたれてウトウトしただけで、瞼を持ち上げるのも億劫な程の疲れが少し抜けた気がする。
ゆっくり目を開くと、既にカレリア砦は夜の真っ只中だった。城壁の上には松明が明るく輝き、周囲から迫る暗闇を何とか押し返しており、カレリア砦の両脇に高く聳える高峰の昏さは、我々に圧力を与えていた。
硬い地面と胸壁に体を凭れていたせいか体の節々が痛み、冬の乾燥で口の中はすっかりカラカラに乾いていた。そして何よりも寒い。まだ昼から夕方にかけては秋の名残があるが、夜になるとすっかり冬の様相だ。
このまま柔らかく温かい場所で、ゆっくりと眠りたいところだがそうもいかない。かじかんだ指先を吐息で温め、すっかり凝り固まった関節を一つ一つほぐしていく。腰の水筒からすっかり冷え切った水を口に含んで渇きを癒していると、階段からアントンとフレディーがヒョッコリと顔を出した。
「リデルさん、起きましたか」
「あぁ、敵の夜襲はまだ始まってないみたいだな」
「昨日と一昨日も来ましたし、今日ぐらい休んでほしいもんですねー」
「どうだろうな、帝国の”いつも”だと2日夜襲したら、1日休みが挟まるんだが」
「近衛の時の教えですか?」
「あぁ、コイツらが”帝国の規範通りに動いているとすれば”だがな」
「なるほど、今のところは敵が近づいてきていませんし、今のところ少し休めそうです」
「そうだな、もう少し休むか。二人はどうするんだ?」
「私たちは見張りの交代に来たので、これからです」
「それじゃ、よろしく頼む」と言い残して、ゆっくりと城壁から地上に降り立った。ある程度物資の運搬などが終わったようで、すっかり人の往来も落ち着いている。皆体を休めているのか、自分が向かっている屋外の焚き木にも人はいなかった。
日没直後なのかと思ったが、随分と長いこと寝てしまっていたのかもしれない。そう思わせるほどに周囲は静かで、パチパチと木が爆ぜる音が静かな冬空にこだまして、かざした手と共に耳から暖かさを感じることが出来る。
静かな夜だった。
翌日、カレリア砦に到着して11日目。この日は朝から帝国軍の苛烈な攻撃が始まった。この日は前衛部隊の交代によって、自分は騎士団長の護衛に戻っていた。
第二城壁の上に陣取り攻防を見守る辺境伯と、前線指揮官を子爵に交代した騎士団長は話し込むばかりで護衛である自分の仕事は皆無と言ってよかった。聞き耳を立てているつもりが無くても、二人の会話は自然に耳に入って来てしまう。
「部隊の損害は?」
「死者3名負傷が10名です。徴募兵達については、死者8名の負傷が35名です」
「うーむ……風魔導士の支援がない時間帯があると言えど、徴募兵の被害が大きすぎないか?」
「致し方ありません、帝国は夜襲も積極的に仕掛けてきます。徴募兵は夜戦に慣れていません、夜襲が続く限り被害は出続けます」
「手の打ちようがないか。今日からは更に帝国の勢いが強そうだな」
「はい、昨日までとは人数の掛け方が違います」
「という事は……」
「えぇ、こちらの援軍が無い事が知られたと思っていいでしょう」
「予想より遅かったな」
「こちらにとってはもう少し遅い方が有難かったのですが」
「我々に追加の援軍があるとすれば越冬した先だ。大して変わらない」
ここまで話すと、声が周囲の我々護衛に聞こえないほどの声量まで落ちた。聞こえているのは、距離が一番近い自分くらいなものだろう。
「我々は、あとどれくらい持つ?」
「限界が近いです。長くて20日、短くて10日程かと」
「そこまで短いと考えるか、15日は持ってくれると思っていたが」
「敵の攻撃が苛烈で、我々に休む隙を与えません。やっと昨日の夜、休むことが出来ました」
「投石器やバリスタは?」
「現状一定の効果はありますが、このまま数で押され続けては如何ともし難いです」
騎士団長の考えを聞いている辺境伯は、周囲の者に悟られないようにか、顔色一つ変えず冷静に頷いている。
「防衛線を第二城壁まで下げ無ければ、このまま”すり潰されます”」
「いや、まだ下げない。下げたところで同じことの繰り返しだ。援軍が来るわけでは無い。耐えるのだ。ヨーク家令に徴兵の範囲を限界まで広げるように伝令せよ。今、各村の警備についている者たちも出来るだけ多く集めるのだ」
「承知しました、すぐに準備に取り掛かります」
「耐えよ、ただひたすら耐えよ。冬を越えなければ我々は土地をなくすのみだ」
辺境伯と騎士団長、二人の表情は厳しいものだった。自分も城壁の上から敵兵と対峙していたのでわかる。
”これは負け戦だ”
むしろあの状況を肌で感じている前線にいる兵士達から、逃亡者が出ていないことの方が不思議なくらいだった。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




