11.援軍
谷を吹き抜ける東風に乗って、辺境伯領側の出入り口から歓声が届いた。侯爵軍の先遣隊が到着したようだ。予定通りの日数と言っていいだろう。
歓声の波が徐々に近づき、城壁の足元に達した。そこから暫くしてガシャガシャと金属鎧の擦れる音が階段をのぼってくる。
「これは、マルコ・セルリアン子爵。中央平原の会戦以来ですか」
「えぇ。久方振りですな、ラスティラヴァ・カーマイン辺境伯」
入って来た壮年の男と辺境伯の間柄はそこまで良くは無いようだ。もしくはあまり関わりがないのか。お互いの表情が硬く、辺境伯は待ち侘びていた様子はなくセルリアン子爵も気持ちの入った表情ではない。
「援軍感謝いたします。今回の規模は?」
「総勢200です」
「先遣隊にしては随分と多いですな。本隊は?」
「……我々が本隊です」
「ハハッ、ご冗談を。北方大公のご到着はいつ頃に?」
「来ないのです。今到着した我々のみが今回の援軍です」
「...…何故?」
言葉が出てこない辺境伯、自分も来たくなかったと不満を剥き出しにしている子爵、困惑した表情の者も、それぞれが状況を飲み込もうとしている。少しの間、戦闘の音と谷を吹き抜ける風の音のみの世界になった。
「侯爵様始め、北方大公率いる北軍は別の戦場へと向かう予定です」
深刻な表情をしているのは、指揮官たちや貴族だけではない、周りの護衛でさえ見捨てられたのかという絶望の表情だ。
「いくらカレリア砦といえど、4倍の敵相手では持ちません。少なくとも倍の数が必要です」
「...…私たちのみが援軍です」
「再度、急使を向かわせます」
「無駄です……必ず断られるのは間違いありません。それに到着する頃には大公をはじめとする諸侯は出発している頃でしょう」
少ない援軍と、マルコ子爵の融通の効かなさに辺境伯は苛立ちを隠せない。
「そも、大公は何故こちらではなく他の戦場に向かったのですか?我らは見捨てられたのですか?ここは、この辺境の地の重要性はご理解いただいているものと」
「大公は見捨ててはおりません」
「では何故??」
隠し通そうとしているのかは分からないが、理由が見えてこない。
騎士団長曰く、北側の諸侯が援軍に来る事によって敵は撤退するという見立てだった。それが無いとなると、どちらかが限界に達するまで、攻撃の手が止むことは無いだろう。そして先に限界に達するのは、兵力が少ない我々だろう。
「辺境伯から我々に要請が来る5日前、王国中央部に向けて敵の徴兵、攻撃準備が始まったと言う話が来ました。規模は5000以上」
「「5000!?」」
全員が驚くのも無理はない、5000は一つの軍としてかなり大きい。近衛を追い出される前、最後に参加した戦役でも、両軍1000と少し程度だ。
5000となると王国が自由に動かせる全ての軍を投入すればなんとか上回れるくらいだろう。帝国としてもその規模の軍を動かしてきたのは、開戦初期くらいなものだ。自分が物心ついたころから、一度も聞いたことはなかった。
「流石に...…虚報ではないか?」
「こちらもそう思っていたのですが、昨日最前線の城に敵が到達したと報告がありました。それに加えて南部でも2500ほどの軍が動いているとの報告もあります」
「で、では、帝国は1万の軍を動かしていると言うのか?」
「はい、こちらに2000以上の兵が現れたとなれば、帝国軍1万が動いています」
立場が上の者も下の者も静かに顔を見合わせている。当然、2000もの兵力を用意している場所が主攻だと予想する。情報が入って来ていない分、誰もが援軍が来るものだと思っていた。俯き、咀嚼するようにしばらく頷いていた辺境伯が最初に声を出した。
「帝国は、周辺国との不戦協定が切れる前に、出来るだけ王国領を切り取りたいのか」
「北方大公もそう見ています。これが最終決戦だと」
「なれば、要衝であり要害の土地であるカーマイン辺境伯領はこの戦力で耐え切らなければならんな」
「できるでしょう。さっきまでは5倍の敵でしたが、子爵の援軍によって3倍になりました」
「そうだな。ここは、カレリア砦は要害だ。問題なかろう」
それぞれの顔に決心が浮かび始めた。援軍が来ないと聞いた時の表情とは正反対の、気合みなぎる表情だった。その熱気にアテられて、まだここにきて短い自分も辺境伯領を守りたいという気持ちが、体の中からフツフツと湧いてきた。
周囲がそのような状況になっていても、唯一冷静なのは辺境伯だ。ゆっくりとブレイジャーの側に寄り、手を温めながら懸念を話し始めた。
「それでも、援軍がなければこのまますり潰されてしまうかもしれない。どこか、時間がかかっても援軍に来てくれる所はないか?」
「北軍は私以外すべて招集されておりますゆえ無理かと……。更に東方であれば、グレー回廊のエボニー伯爵家と国境警備のアイボリー侯爵家は如何でしょう。北軍に召集されることはないので、いまも兵力を保持しています」
「うーむ。早馬でも半月か、向こうが承諾したとしても援軍は冬を超えた先になるだろうな」
一抹の不安を言葉に出した男爵だったが、辺境伯はそのことを気にしなかった。
「構わん、すぐに早馬を出せ」
騎士団長に命令された団員が、駆け出したところで援軍の話は終わったらしい。そのまま戦力の分配が決まり、それぞれの場所に別れていく。
自分は引き続き騎士団長のそばにいる事が仕事だった。傷の治りは早い、もうそろそろ弓を扱えるようになり、城壁の上に登ることもできるようになるだろう。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。




