5.追跡
馬が全速力で走る500フィートはあっという間だが、向こうも反応が早い。連れていた子供を置いて、森の中に姿を隠そうと動いている。
「逃がすか!」
荷物を抱えて行こうとしてしまったがために、森へ逃げ遅れた1人に矢を射かけた。
100フィートの距離だ、騎射でも問題なく当たる!
放った矢は、荷物を抱えてがら空きの背中に吸い込まれていった。背中に矢が突き刺さった男はそのまま数歩走り、躓くように倒れこんだ。
他の者たちは、すでに森の中に入ってしまっている。樹海の中の藪がまだ揺れていた。
「下馬しろ!残りを絶対に逃すな!」
隊長の下知が飛び一気に森の中に突っ込んだ。さっき見たとき藪が揺れていた位だ、恐らくあいつらとはそんなに距離が離れていない、集中すれば前の方で草をかき分ける音がする。
中天にある太陽の光を遮るほどの深い森”北方樹海”での森林追跡戦が始まった。
一緒に森に入って横に並んでいた味方の姿はすぐに見えなくなった。猟師の家系で幼い頃から森に入っている自分には、ここはホームグラウンドと言っていいくらいだ。詳しい地理は分からずとも、森の歩き方はよく知っている。
向こうは森に慣れていないみたいだ、先ほどまでかすかに聞こえていた、草をかき分ける音がかなり近くなってきた。あっという間に1人目の背中を捉え、心臓を撃ち抜く。
弓を放つために止まった瞬間、奥にもう一人の背中が見えた。撃ち抜かれ、うめき声を発しながら倒れた男の横を通り、更に前を走る者を追跡する。
自分が一人目を倒し、幾許かしない内に方々で悲鳴やら雄叫びやらが樹海の中にこだまし始めた。どうやら他の小隊の面々も、接敵しはじめたらしい。
二人目の男はなかなか足が速い、上手く姿を捉えられずにいる。追い始めてからどれくらい経ったかは分からないが、二人目の男も疲れてきたのだろう。森の中にある小さい川を飛び越えたところで、背中が木の隙間からチラチラと見え始める。
ユーリ隊長は一人は捕まえろと言っていた筈だ、こいつは生け捕りにしよう。
足に目掛けて矢を放つが、息も上がっている上に、深い森ではこれがなかなか難しい。2本3本と外れまた追いかける。
ゆっくり狙った4本目の矢がふくらはぎを掠め、急激に速度が落ちた。5本目の矢が太ももに命中し、やっと転倒させる。
「ハァ、ハァ、ハァ」
心臓がうるさいほど早く動いている。体が空気を求めて勝手に口から言葉にならない喘ぎが出た。
息を整えながら近づくと、まだ男は剣を振り回して抵抗の意思を見せている。長いこと追跡したせいでうんざりしている、容赦なく腕を撃ち抜くことにした。
「大人しくしろ!」
剣を落とし悶絶している男を後ろ手に縛り上げ、苦労させられた腹いせにうつぶせにして放置した。これで最低限の一人は捕らえることができた。とりあえずユーリ隊長の要求は満たせそうだ。
近くの木にもたれ静かに周囲を見回すと、鳥の囀りや木の葉のざわめきが聞こえてくる。コイツを生け捕りにする為に、森深くまで追いかけてしまった。知らない森でここがどこかさえ分からなかった。
悩んでいても仕方が無い事だ、夜になる前に樹海から出るにはコイツを前に立たせて歩かせるしかないのだ。
「とりあえず太陽の方向に向かって歩くか」
ため息交じりに、声を出して自分を鼓舞する。
もたれていた木から直立し、倒れている男を立たせるために歩み寄ると、左前の藪から草を掻き分ける音が聞こえてきた。
敵か?味方か?動物か?草の背が高く、音の源がよく見えない。
草を搔き分ける音がだんだんと近づいてきた。
この近さは弓の距離ではない、腰にぶら下げた短剣を抜きながら距離を取る。剣は訓練したがからっきしだ、近衛騎士団にいた時に騎士たちにボコボコにされていた記憶が蘇ってきた。
弓の距離まで離れたい。一歩ずつ慎重に後ろに下がる。
「あと少し、、、あと三歩」
だが間に合わなかった。
あと三歩下がれば弓を使える距離というところで、藪から黒い影が飛び出してきた。
抜き身の剣を持った男は肩で呼吸しながら、血走った目で地面に転がる男と自分を交互に見ている。
「トマ!敵だ!!殺れ!!」
地面の男が口に入った土を吐き出しながら絶叫した。
声を聞いてトマと呼ばれた男は剣を構えた、覚悟を決めたようだ。真っ直ぐにこちらを見つめて来る。
「ダァ!」
男が気合の掛け声とともに間合いを詰めてきた。
袈裟斬りがくる、受け流す。
そのまま来た一文字斬りを真っ向から受ける。
無理だ、弾かれる!
弾かれ体勢を崩したところに、逆袈裟斬りが来るのをなんとか身をよじって避けた。左頬が暖かい、触れるとベッタリと血が付いた。
短剣と片手剣ではリーチが違いすぎて攻撃ができない、そもそも練度が足りなくて受けきれない。かなりキツイ状況だ。
地面の男は拘束を解こうとモゾモゾ動いている、解かれると2対1だ。今の状況でもほぼない勝ち目が完全になくなってしまう!
ついついその動きに視線が取られたのを察し、トマと呼ばれた男がまた切りかかってくる。
受け流し、避け、距離を取る。
追撃を受け流し、避け、また距離を取る。
何度繰り返したかは分からないが、もう限界だった。
振り下ろされた刃を完全に受けた。力負けして片膝をついてしまう。相手も渾身の力を込めている。荒い息が顔にかかり、血走る目がこちらを急所を捉えていた。
はじめまして。都津 稜太郎と申します!
再訪の方々、また来てくださり感謝です!
今後とも拙著を、どうぞよろしくお願い致します。