第40話 再会は笑顔で
たくさんの色の絵の具を混ぜたことはあるだろうか。
私は、一度だけある。
10歳の頃だったか。好奇心旺盛な年頃の私とアリアは、その性質に反することなく様々なものに手を出していた。もちろん、父さんたちが許した範囲で、だが。
その中の一つに「絵描き」がある。
ある日、父さんの領地に1人の画家が訪れた。
近所の人達が働く姿を描いた絵から、現実で見た時よりも活気に溢れてるように感じた私たちは、その不思議な現象に興味をそそられた。
結果、2人でお願いして、それぞれ1枚だけ絵を描いた。キャンバスまではさすがに貰う事はできず、既に捨てるつもりだったというシーツをキャンバスのように組み立てて、2人で思うがままのものを描いた。
アリアは、所謂天才肌なのか、彼女の最初の作品も村に来た画家と同じくらいに上手に見えた。
そして私は、絵を描くと言うより色を混ぜて遊んでいた。
絵の具を貸してくれた画家に相当失礼だとは思うが、今語りたいのはその時知ったことだ。
色は、沢山混ぜれば混ぜるほど、黒くなる。
色んな色を混ぜるほど、吸い込まれそうなほどの漆黒ができた。
夜の色は、そんな黒だ。
「ふ、ぅんんんんーーーー!!」
シートから降りて、リリカはグッと一伸び。私も、リリカ以上に体を動かしていないため、首を回しながら体の固まった部分をほぐす。
誰も来ないだろうといびきを立てていた門番は、私たちが一切寒そうに見えないのを羨ましそうに睨みながら対応してくれた。今回は「プラチナ」の特権で特にお咎めなしで入国できたが、帝都に着いたら早急にリリカの戸籍を作る必要がありそうだ。
ひとまず宿をとって、リリカを寝かしてから、ルナを探しつつ列車の次の出発時間を見に行くか。願わくば、年内最後の一本がまだ出ていませんように──。
ふと、気配を感じた。
2年ほど冒険者を続け、寝ている間にも近づく獣に気づくほどの感覚が、誰かが私を見ていると囁く。
そしてそれが、悪い雰囲気ではないことも、よくわかった。
リリカに、その正体を探しに行こうと振り向いた瞬間。
「わっ」
「きゃあああああああ!?」
りりかの背後から迫った影が、長旅でぼうっとしている顔を覗き込むように、驚かす。案の定、近所迷惑になりそうなほど大きな悲鳴をあげたリリカは、その場にへたり混んでしまった。
「ドッキリ大成功!!」
「いや、初対面の人にそれはなかなかリスク高いぞ」
「えへへ。ジンにしとけばよかったかな」
リリカよりも幼く見えるその女性は、嬉しそうに手を合わせる。街灯で髪と瞳が茶色になっていることがわかったが、間違いようもなく彼女だとわかった。
「久しぶり」
「ああ。久しぶりだな。ルナ」
「ごめんね。驚かせちゃった」
「...あ、はい」
しゃがんで頭を撫でるルナ。驚きすぎて呆然としたまま、彼女に撫でられるリリカ。2人の初対面はなかなかに刺激的なものとなったな。
「にしても、気配を消すのが上手かったのは魔術か?」
すると、一瞬ルナは首をかしげ
「魔術ではないよ。仕事上、ね」
「...なるほど」
帝都首脳部に務めているとは言っていたが、さすがにルナは護衛とか帝王お抱え分隊とかなのだろう。貴族たちと一緒に話し合うところは、悪いが想像できない。
「あ、あの。あなたは...?」
ゆっくりと立ち上がって、未だ混乱の解けないままリリカが問う。まあ、初めて見た人にあんなことされればそうなるよね。
「あたしはルナ。ジンのいわば兄妹だよ」
「...あんまり似てないですね」
「まあ、血の繋がったという訳では無いしな」
「4年間一緒に暮らしてたからってとこ」
いまいち理解できないリリカは、未だ混乱中。
「簡単に言えばリリカとケインみたいな感じだよ」
「あー。なんとなくわかりました?」
これはわかってない反応だ。おいおい話していこう。
「うん。リリカちゃんよろしくね」
「はい!よろしくです」
リリカも落ち着いたところで、夜の街を歩き出す。私たちは大通りから少し外れた宿の集合地区で、ルナが泊まっている宿に向かいつつ、リリカとルナの親交を深めている最中だ。
この辺は民家もまじり、ベットタウンということもあってか、冒険者の喧騒は聞こえない。ただ3人の雪を踏む音が、静かな夜の街に消える。
「その村をジンが救ってくれた話、ぜひ聞きたいな...。着いたよ!」
大きな宿に挟まれた、こじんまりとした古い建物。二階建ての木造建築は、長い歴史を刻んでいることを伺わせる。
「ただいまー」
「...おう」
敷居をまたいで挨拶をすると、ぶすっとした顔のおじいさんが応じてくれる。
「こんばんは」
「こ、こんばんは」
「...泊まりかい」
和風というのだろうか。入口で靴をスリッパに履き替え、奥の受付に向かう。確か、東大陸で多い様式だったはずだ。
「部屋は?」
「あたしのとこにふたり追加で」
「ん、ん?」
「え、ちょ、え。3人でひとつの部屋ですか!?」
「うん。そうだよ?」
それがどうかしたの、とでも言うように首を傾げるルナ。既に階段を登ろうとしてる彼女を引き止め、リリカが困ったようにこっちを見る。
「一人部屋をひとつ借ります。リリカはルナの部屋で」
「えー、もったいない」
「い、いいからルナさん。行きましょう!」
なんて言うか、ルナは相変わらずだった。
部屋の入口でスリッパを脱いで、ハンガーで上着を壁にかける。
入口で履物を脱ぐというのは、家の中の考え方が私たちとは違うのだろう。あまり触れなかったが、ヨウタたちも家の様式は違えど、過ごし方は東大陸のそれによく似ていた。これは気になるところだ。
「...ふう」
畳の上で胡座をかき、壁に背をもたれる。思ったよりも疲れているようだった。
ストレッチをしながら、なんとか列車の発車場に行くやる気を引っ張り出す。
さあ行くぞ。さあ行くぞ。さあ行くぞ。
「ねえねえ」
バタリと部屋のドアが開く。開け放たれた長方形からは、ニコニコしているルナが覗いていた。
「...ノックしてくれよ」
そのままの状態で開かれたドアを申し訳程度にノックする。
「したよ!」
「いや、入る前にすべきだな...」
「冗談だよ」
ケラケラ笑いながら、彼女も畳に胡座をかく。
「リリカは?」
「かなり疲れたみたいだね。もうぐっすりだよ」
ズボンのポッケから小さな石を取りだしたルナは、それを色々な形に変えながら弄ぶ。
「にしてもいい子だね」
「まあ、そうだろうな」
「あの子なら、ジンを任せられるなあー」
「誰目線だよ」
「ふふっ」
ゆっくり、ゆっくり距離を縮める。どのくらいがちょうどいいのかなんて、その時その時じゃないとわかりはしない。
「帝都行きの列車は?」
「あー。明日で今年最後」
「なら、この街はすぐにさよならだな」
名残惜しい気はしたが、何か見ておきたいだとかそういうのも特に思い浮かばない。強いていえば、列車が走り出す姿を見てみたいが、そんなことは今度でもいいはずだ。
「ジン」
「うん?」
正座に座り直したルナが、いつにもなくかしこまった顔で私を直視する。身長は余り変わらないが、キリッとした顔から彼女の成長を感じた。
3年間という時間は、長かった。
「待ってた」
「...ただいま」
再会は、笑顔で。
【街紹介】
ボッカ
ジグルド帝国とグルド公国の境に位置する街。
宿の数は帝都よりも多く、帝国2番目に大きな本屋、帝国2番目に大きな時計塔、帝国で2番目に大きな商店通りなどが立ち並ぶ、帝国屈指の宿街。
実は帝都よりも古い歴史があったりする。




