そうして私が選んだ未来は 2
けどやわらかくて、私を拘束するようなものではない。
だから油断しすぎて、次の言葉に目を丸くした。
「ユラ。君に一緒に生きてほしいと言っただろう? 精霊王の剣を持ったままでは、君が望んでも子供を得るわけにはいかないと思っていた。でもすでにそのことを気にする必要がない」
う……うわああああああっ!
忘れていたわけじゃないけど、このタイミングで再びの告白をされたあげくに子供ですと!?
「それとも、守るという約束を信じられないか?」
「…………もう十分、守っていただきました」
魔女としての問題はすでに片付いた。その間、団長様は約束を守って魔女であることを口外しなかったし、魔女だと疑われそうな場面でも隠してくれた。
これ以上を望んだら、罰が当たりそうだ。
なにせ平民の引きこもり娘で、事件に巻き込まれさえしなければ、小さな田舎町で一人でほそぼそと生きていくだけの人生だった私だ。
前世のことを考えたって、庶民が貴族様にここまで望まれて、怖気づかないわけがない。
黙り込んでしまう私に、団長様が言葉を重ねた。
「では私が……嫌いか? それならば言ってくれ。迷惑ならばもう過剰には関わらない。騎士団長とそこに
所属する討伐者という関係を堅持しよう」
「嫌いなんかじゃありません!」
とっさにそう言ってしまう。
嫌いだとでも理由をつけた方が、団長様もすんなりと納得してくれるってわかっている。でも嫌いと言いたくない。
嫌われたくないから。
でも私なんかのことを、こんなにすごい人がずっと好きでいてくれる? その自信が全くない。
後で、つまらない人間だと呆れられて放置されたら……。それが怖いのだ。
だから私は逃げてしまう。
「その、団長様は恩人ですし、保護者ですし……」
「保護者だから、何をしても大人しく受け入れたわけじゃないだろう? 怒らなかったのは、他に理由があると考えていいのか?」
「…………」
この質問には答えにくい。
黙っていると、団長様がさらに尋ねた。
「私ならいいと、そう思ってくれているのか?」
団長がもう一方の手で、私の頬に触れる。
「口づけたあの時、抵抗しなかったのはそうだと期待したが。あれも本当は嫌だったか?」
追い詰められた私はもう、涙が目に浮かんでしまう。
「嫌では、ないです……」
視線をそらしながらも、でも団長様の手を拒めない。むしろ触れられて安心してしまう。
だって私、団長様のことが好きだから。
「それなら、お前が気にしているのは、魔女であることか? でもそこは心配はしなくてもいい。イドリシアの一件についても、お前のことは魔女ではなく別の役割を作って報告しておく」
「別の役割を作って、ですか?」
え、なんかそんな都合のいい役割なんてあったでしょうか。
「フレイのところの騎士達が、お前が菓子で精霊王を呼んでみたり茶を飲ませたのは見ている。今のところはお前の規格外の茶だから……と思っているが、他の者達は納得しないだろう」
「はい」
だから魔女だと疑われる前に夜逃げを計画したのです。
「伏せておくことで、報告の内容を精査されるのは悪手だろう。それよりは、お前のことを精霊王の巫女とでもしておけばいい」
「み、巫女ですか!?」
どうしてそんな大層な役名が!
「これなら私ではなく、ユラが精霊王を呼び出せてもおかしくはない。それを明日にでも精霊教会に認めさせて来る。その時は多少お前にも色々と口裏合わせをしてもらうが、これなら魔女だなどと疑われまい」
「本当ですか!?」
すんなり信じてくれるものだろうか。半信半疑の私のまなざしに、団長様はうなずく。
「あの精霊王を呼び出してやればいい。お前のためならいくらでも手を貸すだろう」
「それは……はい」
ソラが協力してくれない、なんてことはないだろう。
ほっとするけど、ちょっとだけ心に引っかかる。
「自分の価値を粉飾した感じがして後ろめたい……」
私、そんなにいいものじゃないんです。称賛されたら逃げ出しそう。
なんて思っていたら、つい口を滑らせてしまったら。
「お前の価値は私がよくわかっている、ユラ。どんな時でも前向きで、無鉄砲で、紅茶が好きすぎて他人が飲んでいる姿を満足そうに見ているだけで、私には価値がある」
団長様にそんなことを言われて、目を丸くした。
「え、そんなので価値があるんですか?」
「あるとも。誰が相手でもそれを変えないところは、お前に裏表がないからだ」
「裏表が作れるほど頭が良くないだけでは……」
「愚か者でも裏と表は使い分ける」
私の疑問は、団長様にすっぱりと断ち切られた。
「お前は少々考えなしのところがあって無鉄砲だし、私の信用を得るためだけに魔法の契約を結ぶところも驚いたが。その分、私が信用してもいい相手だとわかっている」
ああ、と私は理解した。
団長様にとっての価値はたぶん、自分を心の底から信じさせてくれる相手であることだ。その基準なら、私にも価値が感じられたのかもしれない。
納得してしまった私の前で、団長様はなぜか膝をついた。
私を見上げる体勢の団長様に、今どういう状況なのかを一瞬後に理解する。
「ユラ、私と結婚してほしい」
「つき合うより先にそれですか!?」
つい照れ隠しに口から飛び出してしまう。いやだって、好きだと言われるのかと思ったら、付き合ってもいないのに求婚が来たんだもの!
団長様は不思議そうに首を傾げた。
「つき合うのなら、結婚を前提にしなくてはならないだろう?」
「え、まさかこの世界の貴族の恋愛って、とにかく婚約しなくちゃいけない感じなんです?」
あまりに緊張を強いられる話が続いたせいか、私はついぽろっとそんなことを口に出していた。
気づいて血の気が引いた。
――やばい。転生のことなんて誰にも話さずに隠し通してきたのに!
「それで答えは? ユラ。今返事をくれないなら、代わりにその『この世界』という発言について先に聞いておきたいんだが……。もちろん答えてくれるのなら、これについては忘れてもいい」
「そんな追い詰め方するんですか!?」
ちょっと団長様、ひどいです。
抗議をしても団長様は平然とさらに私を追い詰めた。
「答えをくれないまま、私に求婚させ続ける君は、ひどくはないのか? 嫌いだと言ってくれてもいいんだ。君の気持ちが聞きたい」
「う……」
せつなげに目を伏せがちにする団長様に罪悪感をかき立てられ、私はもう抵抗できなかった。
「わ……私なんかで本当にいいんですか?」
だけど立ち上がった団長様は、私を自分の腕の中に閉じ込めて言った。
「君がいいんだ。君じゃなければ、他に誰もいらない……ユラ」
名前を呼ぶその声に込められた熱に、私はめまいがしそうになる。
でも、今までに感じたことがないほど……幸せな気分だった。だからだろう。
「名前で呼んでほしい」
請われて、私はその通りにした。
「……リュシアン様」
名前を呼んだとたん、私は団長様に二度目のキスをされた。
――その直後、団長様は私が魔力の流出を制御できない状態だったことをすっかり忘れていたために、過剰な魔力を受け取って体調不良を起こした。
慌てた私の前で、団長様が剣を抜いたのだけど……。
ぽんぽんと剣から現れて出て行く精霊さんで部屋がいっぱいになって、しばらくやたらにぎやかなことになってしまった。
とにかくこうしてリュシアン様と私は、家族になる約束をした。
これで引きこもりで天涯孤独になった私が、前世の記憶を取り戻した後に魔女になってしまったけど、新しい家族を手に入れるまでのお話はおしまい。
その後はもちろん、リュシアン様は以前からの約束通りに私を守り続けてくれた。
私の方は、人を操れるようになるのが怖くてやめようと思った紅茶づくりを、その後も続けている。
「操らなければいいことだろう?」
とこともなげに団長様に言われて……。
やがてアーレンダールの隅々やタナストラでも紅茶は広まった。
やがて私以外にも紅茶を作り出せるようにしたことで、この世界のお茶の中に、紅茶は定着していくことになったのだった。




