王宮へ行ってみると?
きゃー元気―!? って言いそうなしぐさで手を振る人物。
その人を見て私は思わず目を丸くした。
身長の高い男性だった。
年のころは30代くらいに見える。背は高い。顔立ちはどこかの俳優さんみたいだ。服はくるぶしまである長衣に金の刺繍で縁取りされたガウンを羽織っている。
何よりも特徴的なのは、少しウェーブのかかった淡い金の長い髪。それを首元からやや下あたりで、リボンで結んでいるのだけど。
そんな人が「きゃっ」と言いそうな感じで、頬に手を当てながら私に手を振っている。
王宮で、そんなお出迎えをされるとは思わなかった。
当の男性の背後には、騎士さんやら王宮仕えらしい人達がいて、こちらを微妙そうな目で見ている。それどころか、貴族らしい男性達の中にはにらんでいる人もいた。
温度差が激しくて戸惑う。
どう対応したらいいの?
ぼうぜんとする私の側で、護送してきた騎士さん達がひざまずいた。フレイさんもそれにならい、私の腕を引いてきたので、慌てて私もひざをつく。
まさかこの人……。
そう思っていたら、護送騎士の隊長さんが言った。
「ご命令、無事遂行することができました、陛下。後ろにおりますのが、ユラ・セーヴェルでございます」
やっぱり国王陛下だった!
というかものすごく軽い雰囲気だったけど、王様ってあんな感じで大丈夫なのかな……。あと、意外と団長様と似てないかも? あと聞きかじった年齢以上に若々しい。
なんて私が思っている間も、国王陛下はあの軽い調子で騎士さんに応じていた。
「ご苦労さまーっ。聞いていた通りの容姿だから、人違いってこともないだろうからカ・ン・ペ・キ♪ 後は私が連れて行くから、もうお休みしてていいからね?」
ウインクしながらの発言に、騎士さんと背後の人たちがざわついた。
「陛下、ご自分で連れて行くとは!?」
「容疑者ですぞ! いくらなんでも……」
「危のうございます! 我々で一度詮議してから陛下に接見させますので。今は姿を見るだけでご満足くださいませ!」
口々に止める人々。
「えー、でも私はそのつもりでここまで来たんだけど?」
そう言いながら、国王陛下がずかずか歩いて来る。
侍従さんらしい似たような色の上着を着た人達が止めようとするけど、国王陛下が不快そうににらむと、服を掴もうとした手や、前を遮ろうとした足が止まる。
……そんなにも怖い人なのだろうか。
実は魔女だと隠している私は、ドキドキしながらその場にじっとしているしかなかった。
そしてあっという間に国王陛下が私の前に立つ。
「改めて初めまして、ユラ。私、リュシアンの叔父なんだけど、あなたのお茶の話は聞いていたし、アルヴァイン公爵家からもらったお茶も飲んで気に入っていたの。すごく話を聞いてみたかったの。だから、一緒にいらっしゃい?」
やや女性的な話し方で、国王陛下に誘われる。
そうだった。この人オネエだったね……。
なんて思い出しつつ、私はうなずいたのだった。
陛下が「騎士団についても聞きたいから、そっちの子も一緒に」と言ってくれたので、私はフレイさんと一緒に陛下についていく。
さっきはどうなるのかと緊張でいっぱいいっぱいだったけれど、友好的に接してもらえたおかげで、周囲を見る余裕も出てきた。
近くに来ると白灰色の石造りだとわかる王宮は、思うほど装飾過多というわけではない。こう、金や銀の装飾された壁を想像していたけれど、そこまで華美ではなかった。
でも白い柱も壁も、美しいラインの彫刻がほどこされている。それだけで、組んだ石がむき出しのところも多い騎士団の城からすると、ずいぶんと整った美しさを感じた。
あと王宮って、天井画がどこにでもあるような場所かと思ったけれど、そういった絵画はあまり見ない。
ただ、壁に絵がかけられている場所がある。誰の絵かはわからないけれど、馬に乗ったりしている男性の絵が多かったから、建国した初代の王とか歴代の王様なんじゃないかな?
なんにしても、国王陛下その人が迎えに来てくれるとは思わなかった。
でも他の人の様子からすると、国王陛下がいなかったら、私ってば問答無用で牢みたいなところへ入れられていたんじゃないだろうか、とも思う。
侍従さんらしき人達は、容疑者と国王陛下が直接話すだなんて! という感じで止めていたけれど、その他の貴族らしい男性陣は、敵意があるような表情のままだった。
国王陛下が来なかったら、彼らが私の処遇を決定していたのかもしれないし、だとしたら穏やかな対応はしてくれなさそうだったもんな……。
そこで私は首をかしげる。
個人的な恨みを買うような所業をした覚えはない。私が人生でかかわったことがある貴族って、団長様とメイア嬢くらいだ。
魔女の疑惑があったからといって、それが恨みにつながるわけもない。アーレンダール国内の人にとって、魔女はまだおとぎ話の世界の人物でしかないはず。
さっぱり理由がわからない……。
自分では思いつかないので、後でフレイさんに見解を聞くことにする。
やがて国王陛下は目的の部屋へ到着したようだ。
追いかけてきた侍従さん達が、国王陛下に先回りするように扉を開く。
そこで足を止め、くるりとこちらを振り向いた陛下が微笑んで言った。
「さー入って」
まるで庶民の家に招待するような軽さだ。
断る理由もないので、私はフレイさんともども入室させてもらう。
「失礼いたします」
扉をくぐるときに一言告げ、一歩踏み入れる。
するとそこはぱっと明るい部屋だった。
石壁は見えず、白漆喰できれいに化粧された壁。壁は銀で装飾されていたので目にまばゆいほど派手ではなく、とても落ち着いたたたずまいを見せる部屋だった。
ちょっとこのオネエな国王陛下と、イメージにギャップがあるけど。もしかしたら、本来はとても物静かな人なのかもしれない。
部屋の中央にある薄紅のクロスがかけられたテーブルがあって、その色がとても目立つ気がした。テーブルの上には、お菓子が用意されている。
「まずは遠路はるばるご苦労様。お茶でもしましょう」
そう言って陛下が先に着席し、私とフレイさんは一度顔を見合わせてから、残った二つの席に座った。




