青天の霹靂ってこういうこと?
それからの一週間、私はひたすら紅茶の備蓄を作り続けた。
なにせ火竜さんドライヤーがあるのだ。ぐんぐん進む。さすが火竜さん!
おかげで六樽ほど生産ができた。
火竜さんのお食事も、もう一度団長様が人目のない場所へ連れて行ってくれたので大量摂取を行うことができた。ので、今やヴィルタちゃんの大きさを超え、お城の主塔並みの巨大さになっている。
炎食べる時も、大きくなって食べたので大量摂取ができたのだ。
あの火球連打でも全く問題なかった。
……見ていた団長様にはドン引きされたけれど。
その後一度、お城が騒然としたことがあった。
どうもタナストラから王都へ向かって、使者が飛んだ姿が見えたらしい。
開戦のための使者なのか。それとも……と憶測が飛んで、密かに紛争に対応するための準備を始める人もいた。
王都からも使者が飛び、緊迫した空気が流れたけれど、やがてアーレンダールの使者とタナストラの誰かが王都へ一緒に向かう様子に、みんなの緊張がほどけた。
「大丈夫になったんですか?」
よくわからないので聞いてみると、フレイさんが教えてくれた。
「敵になるかもしれない国の使者と、一緒に飛ぶ必要はないだろう?」
「そういうものなんですね」
とりあえず緊張状態ではなくなったらしい。
ほっと息をついた私だったけれど……まさか自分にまでそれがかかわってくることになるなんて、思いもしなかった。
それは六樽の紅茶を作り終わった後のこと。
朝から喫茶店を開けようとしたところで、イーヴァルさんが走ってきた。
鍵を開けようとしていた私は、手を止めてとりあえず挨拶する。
「あの、おはようございます?」
「のんきに挨拶している場合ではありません、こちらに来てもらいます!」
イーヴァルさんがむんずと私の手首を掴み、どこかへ引っ張って行こうとする。
「え、あのどこに!?」
「階段を上ります」
「いえそうじゃなくて!」
行先を聞いているんですよイーヴァルさん。と思ったけれど、それはすぐに判明した。執務室だ。
中には団長様やフレイさんがいて、やや厳しい表情をしていた。
だけど挨拶する間もなく私は執務室の隣に押し込められる。
「え……」
「中では物音を立てないように。声も出してはいけません。あと団長様の私室ですから荒らさないように!」
「はい!?」
言うだけ言うと、イーヴァルさんは扉を閉めてしまった。
私はぽつんと一人、部屋の中に取り残される。
今日は朝から火竜さんが空のお散歩をしているので、本当に一人きり。
「なんで……」
一体どういうことだろう。
私が悪いことをしたのなら、わざわざ「荒すな」と言って団長様の部屋に閉じ込めるのはおかしい。
そうこうしている間に、扉の向こうの執務室ではバタバタと人が出入りしていた。
合間に人の声が聞こえる。
なんとか聞き取れないかと扉の隙間に耳をあててみると、上手いこと言っていることが判別できるようになった。
「指示の徹底は?」
「終わりました。ユラは外へ出ていることになっています」
「では『呼び戻すフリ』をするために出発する人員を選び出せ。森の巡回にあたっている者をその任に命じる」
……私、どうやら朝から外出したことになっているらしい。
その話を騎士団全員に徹底させたの?
あげくに私を呼び戻すために、騎士を派遣するフリ?
「てことは」
思わずつぶやいてしまう。
私を呼びつける理由が何か発生して、それは騎士団の外部の人だということだ。
そして私をすぐに会わせたくない理由があって、時間を稼ごうとしている……のでは。
しばらくの間は、連絡の徹底に関する報告が続いた。
まだ外部の人らしき訪問者は来ていないようだ。
「あ、それなら」
窓から外を見ていたら、だれが来るのかわかるかも?
そう思って私はこっそりと団長様のお部屋の窓から、外をのぞいた。
しばらくは誰の姿も見えない。いつも通り……というには、少々人の姿が乏しい中庭の風景が見えるばかりだった。
でも間もなくして、中庭に箱型馬車を連れた見知らぬ騎馬の一隊が現れた。
青に黒のラインが入ったマント。身に着けているサーコートには、青地に黒でアーレンダール王国の紋章が縫い取られている。
だから自国の騎士か兵士だと思うのだけど、どうして団長様達は警戒しているんだろう。
にしても馬車があるなら、だれか身分の高い人でも連れて来たのだろうか。
そう考えたけれど、馬車から誰かが下りてくる気配はない。何のための馬車なのか。
考えている間にも、彼らは下馬して、数で迎えたシグル騎士団の人とともに、数人がこの第一棟に入ってきた。
やがて廊下の方で物音がした。隣の執務室の扉が開閉する音がする。私はあわてて、また扉の隙間に耳をあてた。
「おひさしぶりです、公爵閣下」
来訪者の誰かが挨拶をした。けっこう若い人っぽい?
「元気そうでなによりだ、クラース。突然の来訪だが、用向きを言ってもらおう」
ごく平静な態度で団長様が聞くと、クラースという人が答えた。
「閣下の統括するこの騎士団に、魔女がいるという通報がありましてね」
「魔女?」
団長様の声が一段低くなる。ものすごく不機嫌なのがわかる。
端から聞いている分には、自分の騎士団の人員に不名誉な言いがかりをつけられて、怒っているように聞こえるだろう。
そして私は。
「…………」
しばらく息を止めてしまった。そのうち手が震えてくる。
私が魔女だって、どうしてバレたの?
その間にも、クラースという人物が続ける。
「国王陛下に密告があったそうで。それは元老院の方々も耳にしてしまいましてね、陛下も公爵閣下の元でのことだからと、様子を見ることができなかったそうなのですよ」
だから、と彼はさらに決定的な言葉を口にした。
「国王陛下が、直接魔女の疑いがある者を詮議するということで、王都へ連れて行くよう命じられました。シグル騎士団で雇用しているユラという名前の娘です。我々に引き渡していただくよう、国王陛下からのご下命です」
……最悪な展開に、私は思わずその場に座り込んでしまった。




