タナストラの抗議の理由
「どうしてタナストラが抗議をするんですか? 実害はなかったんですよね?」
「あちらに実害などはなかった。だが、国境近くに突然竜が現れ、タナストラへ向かっていたということで、先方はいいがかりをつける材料になると踏んだんだろう。こちらがタナストラへ向けて火竜をけしかけたと言ってきたらしい」
そういう連絡が、団長様が国王への手紙を送った直後に向こうから入れ違いでもたらされたということだ。
「あともう一つ。騎士団が火竜を倒し……」
団長様は空を見上げて、言い直した。
「火竜を保護した直後、イドリシアの者達がタナストラの王都で破壊活動を行ったらしい。火竜が近づいているという報告を聞いて、騎士団を派遣した直後にそれが起こったのだとか。火竜を動かし、陽動しておいて事件を起こしたのではないかとタナストラは疑っている……という言い分のようだ。イドリシアの難民を受け入れたアーレンダールの弱みを突いたのだろう」
「タナストラで破壊活動……」
当然、タナストラに潜伏している人はいるだろうと思っていた。敵国で復習をするために。
魔女を作り出したのがイドリシアの人々だとわかった後は、なおさら信ぴょう性が高いと思ってしまう。
イドリシアの人達は、アーレンダールとタナストラを戦わせたいのだろうか。
魔女を作り出し、タナストラが他国を侵略するのを止めるのではなく?
だんだん彼らが何を目的にしているのかがわからなくなる。
そしてタナストラも何が発端であれ、戦争の口実に利用しようという考えを感じてしまう。
「タナストラは、アーレンダールとそんなにも戦争がしたいんですか?」
確かにゲームの設定でも、タナストラが覇権を望んでいるとは書いてあった。
そもそもタナストラは、どうしてそんなに国土を広げたいんだろう。たいていの戦争の理由って、隣国から奪わないと経済とか食糧事情が立ち行かないなんてものが多いけれど……。
そんなに貧しいとは聞いたことがない。
私の疑問に、団長様は答えてくれる。
「あの国の場合、以前から数百年前の国土を取り戻したいと活動し続けていたからな……」
「なぜですか?」
ゲームでも詳しい歴史までは説明されていなかった。そして平民の私が、他国の歴史まで学ぶこともない。
子供は小学生ぐらいの年齢の間、精霊教会で読み書き算数と、アーレンダール王国の歴史について少し学ぶぐらいだ。あとは家の手伝いなどもするので、教会へ通う時間というのも、一日のうち午前中ぐらい。
他国の事情まで通じている平民というのは、商売でつながりがあるとか、そういう人に限られるだろう。
「かなり昔のタナストラは広大で、イドリシアとアーレンダールの一部まではタナストラの領土だった。その領土の一部が独立したり、アーレンダールやほかの国に領土が吸収されて今のようになっているわけだが……かなり昔の話だが、今でもタナストラはその国土を元に戻したいと願っている。肥沃な土地だったり、鉱山があるせいだろうが」
なるほど。元は自分達の土地だった場所だから、未練が強いらしい。
イドリシアの人はそれを知っていて、タナストラで事件を起こしたのだろう。
「もしかするとだが」
私の考えを読んだように、団長様が言う。
「イドリシアの者達が犯人だとすると、火竜に壊させたかった部分を、自分達でどうにかした可能性もあるな」
「あ、それなら……」
戦争をさせたいわけじゃないのかも? という可能性が出てくる。
「なんにせよ、あまり不安になりすぎるな」
団長様がそう言って、ふいに手を伸ばして私の頭をがしがしと撫でる。
「一つ一つ解決していくしかないだろう。それが次への解決の道へ繋がって行く。そもそも人の身では、先を完璧に予想できるわけはないのだからな」
精霊でも難しいものだ、と続ける団長様の言葉を聞きながら、私は返事をしつつも視線をそらしてしまう。
「はい……」
団長様。私は「もしあの時こうしていたら」ができるはずだったんです。
先のことを知っているから、それを解決して、みんな穏やかに暮らしていけたらと思っていたんですよ。
だけど……変化させたと思ったのに、変わらない未来があって、不安になるんです。
私がしたことは無駄だった? このままみんなが犠牲になる未来は変わらない? って。
未来を知っているソラなら、何か解決法を知っているだろうか。
そもそもソラは、お茶を広めることが私の目的を達成することに繋がると言っていた。今ヨルンさんに広めてもらっているけど、まだ間に合うのかな……。
今さらながらに、未来がどうなるのかわからなくて不安になってくる。
そんな様子を見たのか、団長様が言う。
「心配しないでいられるようにするか?」
「はい?」
どんな方法でと思ったら、団長様が私の手を握る。
「団長様?」
最近、とんでもないことばかりされてきたせいか、手を握られるだけだとそれほど緊張しなくなったようだ。むしろ手の温かさに妙にほっとして……自分の手が冷たくなっていたことに気づいた。
「お前が魔女の力を持っているとはいえ、それでも一人で背負うことはない。私もいる。フレイもお前の事情を知った上で守るだろう。また精霊から何かの情報を聞くことがあっても、相談したらいい」
団長様はそう言って、手を握り続けてくれた。
火竜さんが戻ってくるまでの、たぶん五分とかそれぐらいの時間ずっと。
その間私は、本当にこの人に魔女のスキルがあることを話してよかったと、心の底から思ったのだった。




