大量生産に火竜は欠かせません
オルヴェ先生と一緒に食事をする。
火竜さんも同席するのだけど、最初のころのオルヴェ先生は、おっかなびっくりだった。
まぁ、ものすごく油断しているだろう食事時に、人を障害物ぐらいにしか考えてなさそうな竜が側にいたら、ちょっと緊張しますよね……。
今はそういうことはしないけれど。
なにせ魔力タンクである私が供給拒否をすると、火竜さんは大きくなれないからだ。
オルヴェ先生も、そろそろ慣れてきたようだ。
「火竜は本当に火以外食わないんだな」
と、ろうそくに火をつけて差し出しては、ぱくっと炎を食む火竜さんを見て、楽しそうにしている。
お食事後、また中庭で火球の魔法をあげることにする。
朝ごはんは火球五個分まで。
それ以上やると、私の異常さが目立ってしまうものね。
一個ずつ時間をかけて出すと、火竜さんも食べやすいようだ。
「そういえば、どうですか? ちょっとは体も大きくなりました?」
「むぅ……少し試してみるか。昨日も一応、そこそこの数は食べたからな」
結局何個の火球が出たのか数えられなかったけれど(何も考えずにボタンを連打したせいで)、火竜さんも昨日はだいぶんお食事なさることができたらしい。
朝ごはん分を食べ終わった火竜さんが、ふわっと宙に浮き上がった。
その体がふっとかすんだように見えたとたん、大きく広がる。
前回、フレイさんが抱えられる程度の大きさだったのに、あっという間に馬よりも大きくなった。
「おおお、急成長ですね! すごいです火竜さん!」
「あれだけ食えばな……」
火竜さんが馬の1.5倍くらいの大きさの体で中庭に着地し、ふっと息を吐く。
ま、まぁ沢山ありましたものね……。
「だがこの分ならば、七日のうちにはその建物ぐらいには戻れるのではないか?」
そう言って鼻先で示したのは、私も暮らしている第五棟だ。
「昨日みたいに、大量に食べる日があれば、だと思うのですが」
朝晩、ちみちみ食べているだけでは、やはり速度は落ちると思うのでそう言う。
「なんとかせよ、魔女」
「なんとかはしたいですけれど……」
問題は、人目につかない場所へ私と火竜さんで出かけていいのかどうか、ということだ。さすがに命を狙われたのだから、団長様なりフレイさんに報告しないわけにはいかない。
しかし私は、二人と自分から顔を合わせるのは……できれば避けたい。
と思っていたら、火竜さんがさらっと言った。
「求愛していた人間なら、なんでも云うことを聞くであろう。二人もおるのだから、どちらかに要求してみたらいいではないか、魔女よ」
「きゅっ! ふたりっ!?」
二人って二人ってまさか!
「昨日出かけた森から、お前を連れ帰った男。あれも求愛者であろう?」
「ちがっ……」
「違うというには、ずいぶんとあの男は頬をすりつけるような真似を……」
「本当に勘弁してください!」
涙目で火竜さんの口をふさごうとしたけれど、馬よりも大きな火竜さんが、長い首をひょいと上へ向けてしまうともう私では届かない。
「くっ……空を飛ぶ魔法とかがあれば!」
残念なことに、この世界で空を飛ぶ魔法って、精霊術ぐらいしかない。基本的には、飛びトカゲを入手して空を移動するのが、ゲームでは空を飛ぶ唯一の方法だった。
あ、でも浮く魔法はある?
思いついたものの、だめだ。上級魔法を使ったら、中庭にいてこっちに注目している騎士さん達に見られてしまう……。
「成長早すぎないか?」とか、「ちょうどユラなら乗りやすそうな大きさだな」とかほのぼのと話している彼らに、疑惑の目を向けられるのは嫌だ。
私は最終手段を使うことにした。
「火竜さん、それ以上言うと今日のご飯はもうナシです」
「む……」
火竜さんが嫌そうにこちらを向き、抗議するように口の端から煙を立ち昇らせる。
「なぜだ。ありのままを教えてやっただけだというのに」
「ダメなんです! 超個人的なことなので、あとでじっくり考えるべきことで……その……」
でも考えてこれ、どうにかなるものだろうか。
とにかく昨日のことを思い出すだけで、落ち着けなくなる。
「あ」
こういう時にはお茶だ。お茶を飲もう。
お店も開けたいし。少し思いついたこともあるし。
「とにかく小さく戻ってください、火竜さん。これからやることを手伝ってくださったら、普通に晩御飯もお出ししますので」
にっこり笑って言えば、火竜さんも小さな姿に戻ってくれた。大きくなりたい火竜さんは、この提案には逆らえないようだ。
そうして私は、第一棟の喫茶店へ火竜さんと一緒に向かった。
昨日は午前中どころか、そのままお店を締めてしまったなと思いつつ、一昨日焼いて冷蔵庫にしまったままだったクッキーを確認し、お湯の用意なんかを始める。
まだ八時頃だ。開店までに時間があるので、一度火竜さんにアレを試してもらおう。
私は魔力を込めて沸かしたお湯が入った鍋に、ヘデルの葉を大量投入。
ふわっと湯気からゴブリン精霊が現れ、鍋の上のくるくると回る。
精霊と一緒に舞い上がった湯気と葉が、一瞬後にはぱさりと落ち、変色して茶色に変わる。
これで紅茶作成完了。
鍋にはもうお水は残っていないので、鍋ごと乾かせば……紅茶が完成する。
「火竜さん、さっきの頼みなのですが、この鍋の中の葉っぱを巻き散らかさないようにですね、こう布で覆いながら……。昨日私にしてくれた、温風のブレスで乾かしてほしいんですよ」
私に頼まれた火竜さんは、一瞬ぽかーんとした顔をした。
それから鍋と私の顔を交互に見て、がっくりとうなだれる。
「我に……この珍妙な飲み物の作成を手伝えと?」
「紅茶ですよ。とっても大事なんです。私の収入源なのでお願いします」
火竜さん式乾燥で素早く紅茶を作れるようになれば、ヨルンさん達から依頼された量はすぐに出来上がる。
予備も喫茶店経営の合間に作っておけば、次に依頼があった時には、すぐ渡して紅茶をさらに広めてもらえるだろう。
……紅茶を広めてどうするのか、ソラの考えは今いちわからないけれど。この素晴らしい味を知ってもらえるのはうれしい。
火竜さんは微妙な顔をして鍋を見ていたが、やがて鍋を掴みやすいようにちょっと大きくなった。
鍋をかかえ、火竜さんは作業台の上でお願いした通り、温風のブレスを使ってくれる。
ふおおおおお、と風を火竜さんが吹き込んでいる間に、私は足りなくなった時のために、クッキーを用意していたのだけど。
わりとすぐに火竜さんに声をかけられた。
「おい魔女。これでいいのか?」
見てみると、鍋の中のお茶の葉は綺麗に乾燥していた。くるっと巻いてからからと音がする。
「完璧です火竜さん! さすがですよ!」
うれしくて大げさにほめると、
「……まぁ、我にかかればこんなものであろう」
火竜さんも、まんざらではない反応をしたのだった。




