その記憶だけは消せなくて
とはいえ、ぎりぎりまでフレイさんに魔女だという確信を与えたくない。
だから私は、盾の魔法レベル1を使う。
ただし、ぽちっとボタンを押して。
ちょうど、拉致犯Aに斬りかかったフレイさんに魔法がかかった。
フレイさんは金の光をまとう剣を振り被り、雷の音とともに薙ぐ。精霊を集めようとしていた拉致犯Aが、雷を避けて飛びのいた。
けれどもう一人も精霊を集めて、何かをしていたようだ。
闇色の盾のようなものが広がって、フレイさんの剣技で放たれた雷を吸い込む。
「思い直していただくためにも、騎士団を離れてもらいましょう」
そう言った拉致犯Bは、その闇の盾を広げてフレイさんを捕えようとする。
もちろんフレイさんは、すぐ捕まるようなことはない。飛びのいて避け、その闇を斬り裂く。
が、そこへ拉致犯Aの精霊術が発動する。水がフレイさんの頭上から襲いかかった。
針のように。
あれじゃ捕まえるというより、半殺しにして動けないところを攫うつもりじゃ!?
盾の魔法がある程度弾いてくれたけど、さすがに初級の魔法。魔力の加減を一切していない状態なのに、ある程度防いだところで効力が尽きてしまう。
もしかすると相手の魔法が、強すぎるのかもしれない。
フレイさんの肩に、足に水の針が突き刺さって、私は悲鳴を上げそうになる。
血の色に私は焦りつつも、回復魔法と盾の魔法を飛ばす。
呪文がいらないのですぐに発動した。
すぐに起き上ったフレイさんは、機敏に動いて続く攻撃を避ける。
そして攻撃目標を変え、ふいを突かれた拉致犯Bの足を、周囲の水を操って貫く。
ん? 水を操って?
なんか変なのが見えた気がするけれど、今はそれどころじゃない。
「精霊さん達は、おやつの時間です!」
私は盾の魔法を使ってすぐ、ポケットに入れていたクッキーを使って、拉致犯Aの周囲にまた集まってきていた精霊を呼びつける。
トビウオ姿の精霊が、ぴょーいと拉致犯Aの側から離れて飛んでくる。
三枚のクッキーで五体も集まった。
魚みたいにつついてクッキーを食べる精霊を見ながら、これで少しは減らせたと私は喜んだ。たぶん精霊の数が少なければ、大きな技なんて使えないはず。
役に立ったかと思ったけれど、拉致犯Aは手元の精霊に命じてまたフレイさんを攻撃させた。
足と肩を負傷した拉致犯Bも攻撃し、フレイさんが一度態勢を立て直すために離れる。
その隙に、私に精霊を奪われた拉致犯Aがこちらを見た。
「いちいち邪魔しおって……!」
拉致犯Aが私を指さした瞬間、クッキーを食べていた精霊の体からふわっと黒い炎が立ち上がった。
「ユラさ……!」
振り返ったフレイさんが声を上げ、私も目を丸くしたけれど。
パチン、とシャボン玉が割れるような音と一緒に、一瞬で黒い炎は消えた。
水の精霊達は変わらずクッキーをついばんで食べつくし、
「ぷっぷくぷー」
と言いながら、私の周囲をトビウオのような羽を広げてふよふよと飛ぶ。
いつも通りの精霊の姿だ。
はて、さっきのは何だったんだろう思い、拉致犯Aに目を向けて首をかしげた。
拉致犯Aはぽかーんと口を開けていた。私を指さした姿勢のまま。
フレイさんも一瞬、目を丸くして私を見ていたけれど、すぐにぼうぜんとしている拉致犯Aに斬り込む。
拉致犯Aは辛うじて精霊の盾を発動して堪えたけれど、フレイさんとにらみ合いになった。
フレイさんも、精霊の盾を突破できるダメージを与えるには、そこそこの技を繰り出す必要があるのだろう。
半円を描くように剣を振り、上段に構える。
「くっ……このままでは!」
血を流して倒れていた拉致犯Bが、そのまま自分の懐を探る。
何かアイテムを出すのかもしれない。
そう思った私は、ポケットに手を突っ込んで、クッキーを出そうとした。周囲の精霊さんに、フレイさんを守ってくれるようにお願いをしようと思って。
……でも必要はなかった。
拉致犯Bは、ナイフを取り出し――それを自分の胸に突き立てたのだ。
赤い血が飛び散った。
その光景に、私は自分が思う以上に衝撃を受けて立ち尽くす。
胸につき刺した刃に、いつか見た、自分が剣で突き刺される光景を思い出して……。
拉致犯Bはその行動で、何かの魔法を発動させたのかもしれない。彼ともう一人の拉致犯を再び白い炎が覆い、その場から二人の姿が消えうせる。
「あ……」
危機は去った。それでも私は、なぜか上手く息が吸えなくて、苦しさに喉を押さえる。
いや、空気を吸い込んでるはずなのに、足りていない気がして、何度も吸い込む。
だけど息苦しくてたまらない。
あの拉致犯の姿が、私の記憶にあるものと重なって、目を閉じても開けても脳裏にありありと思い出してしまう。
精霊と融合させるために、剣で心臓を突き刺されたあの時のことを。
痛みは記憶にない。
なのに恐怖だけはぬぐえなくて、側にいるゴブリン姿の精霊がなだめようとしてくれても、今度ばかりは効力が無かった。
「ユラ、いたくないいたくない」
「大丈夫いきてる」
腕にしがみついている精霊の声が、心に響かない。
私自身の記憶にこびりついてしまったから? それとも恐怖は完全に忘れさせることはできないからなのか。
怖いという気持ちが波打って、自分の気持ちも押し流していきそうだ。
そうして息ができなくなって窒息しそうで……。
なんでずっと空気を吸い込んでいるのに、こんなに苦しいの?
「ユラさん……ユラさん、大丈夫ですか!?」
フレイさんが側にいるみたいだけど、苦しさでその場に座り込んでうずくまった私は、それどころではない。
「おい魔女、なぜ死にかけておる!?」
わけがわからなかったのだろう、火竜さんが困惑した声を出していた。
「息を一度止めて、落ち着いてユラさん」
フレイさんにそう言われても、息を止めたら死んでしまいそうでできない。首を横になんとか振る私を、フレイさんが抱える様に抱きしめてくれる。
でもフレイさんは、息ができないようにぎゅっと私の顔を肩に押し付けてしまう。
苦しさでフレイさんから逃れようとした。胸に手をついて突き飛ばそうとしたけど、でも力が入らない。
「…………っ」
このまま死ぬのかな。
ああ、考えてみれば精霊融合の禁術を使われた時、私って一度死んでいるのかもしれないし、今さらなのかも……。
そんなことを考えながら、気が遠くなりかけたその時。
フレイさんが私を上向かせて、顔を近づけた。




