ある日森の中で拉致犯と再会しました
彼らは池の側に、白い炎が地面に走った後で現れた。
ざわっと冷たい感覚がある。
白い炎は、二人の人影が浮きあがるように出てくると、ケタケタと声を上げながら一つの火の球のようになって、どこかへ消えうせた。
見たことがある――たぶん冥界の精霊だ。
どうして冥界の精霊が、と疑問に思ってすぐに、自分で気づく。
この人達は、どこからか瞬間移動してきたように見えた。そんな真似ができる魔法は数少ない。
そして冥界の精霊が関わっているのなら……冥界術。
だから確信した。
服装が似ているだけじゃない。この人達は、私を誘拐した人達の仲間だと。
そして自分を拉致した人達だとわかったとたん、恐怖が足下から這い上がってくる。
足ががたがたと震えて立ち上がれない。周りが一気に冬になったみたいに、寒気が襲って来た。
火竜さん相手でさえ、ここまでではなかった。
怖かったけれど動けたし、町に被害がいかないように考えることもできたし、防御をしようという気持ちになれた。
だけど今は、どうしていいのかわからない。
ただ縮こまるしかない私に、ふわっとどこからともなくゴブリン姿の精霊が集まってくる。
「だいじょうぶだいじょうぶ」
「今はユラの方がつよいから」
「気にしない、気にならなーい」
そう言ってゴブリン精霊達に手を触れられると、すうっと震えが引いて行く。
「あ……」
この感覚に、覚えがあった。
いつだったかもこうして、なだめられたとたんに怖い気持ちが遠ざかったりした。
あれは精霊達のおかげだった?
でもどうして精霊になだめられると止まるのか……と考えたところで、思い出す。
「私が、半分精霊みたいなものだから」
仲間だからだ。
普通の人にも何かはできるのかもしれない。でもささやき触れた瞬間に、すっと気持ちが静まるのも、不安がどこかへ消えてしまうのも。
彼らと同じ精霊の部分が私にあって、そこが怖がるのを止めるから?
「ユラ、おんなじよ」
「ねーおんなじよ、はんぶん」
そんな私の想像に応えるように、精霊達が言う。
「はんぶんおなじじゃないと、魔女なれないから」
「あ……」
だから拉致犯達は、人と精霊を融合させようなんてしたのか。
魔女になるためにそんな禁術を使ったのは、魔力を沢山ため込めるようにするためだとばかり考えていた。
けれど何か違う要素のためなのかもしれない。それがないと、魔女になれないというような、何かの力を人に与えるために……。
落ち着いたところで、そんなことをしている場合ではないとようやく気持ちが切り替わる。
フレイさんを見れば、しばらくの間、黒服の男達と睨み合っていた。
まだ戦闘にはなっていない。
その目的が何であれ、必要があれば助けなくては。そう思って立ち上がったところで、黒服の男が言った。
「なぜその娘を庇うのですか、フレイ様」
「え?」
どうして、拉致犯がフレイさんの名前を知っているの?
だけどフレイさんは肩をぴくりと動かしもしない。動揺していない、ということは関係ないと思っているのか、そう言われるとわかっていたからなの?。
困惑する私の前で、拉致犯はなおもフレイさんに問いかける。
「そこをどいてください。この娘は魔女になってしまっている。始末しなければ、こちらの魔女の障害になります。現に竜の魔力を、奪われた」
「障害……こちらの魔女……」
突然の状況の変化に、私はまだ平静なままでいられた。腕にくっついているゴブリン精霊のおかげかもしれない。
だからするりと、拉致犯の言葉が飲みこめた。
彼らはもう一人魔女を作り出すことに成功した。たぶんそれが、火竜さんと契約を結んだ魔女なんだろう。
そして私が、火竜さんの魔力を奪う時に邪魔をしたことを知っている……。
なら、火竜さんの魔力はだいぶん私がキープできたのかな?
一方で、ちょっとこれ、マズイ状況じゃない?
フレイさんに、私が魔女だということを、彼らが教えてしまったのだ。
信じてしまうだろうか?
なにせフレイさんは、彼らと何らかのつながりがあるようだ。
しかも「様」と敬称をつけられているところからすると、何かの組織にフレイさんも所属していて、その中で拉致犯よりも上位の存在だということじゃないの?
そこも気になるけれど、自分が魔女だということがバレると思うと、さっきとは別の意味で身震いしそうだ。
フレイさんに嫌われるかもしれない。それどころか、魔女だと他の騎士達にもバラされてしまう恐れがある。
それとも嘘だと思ってくれる?
かたずをのんで見守るしかない私を振り向かず、フレイさんは拉致犯に言った。
「そんなことをまだ言っているということは、火竜の元へ派遣した人間を、誰が殺したのかはまだ把握していないんだな」
「…………フレイ様、もしや」
フレイさんの言葉に、拉致犯二人は動揺する。
だってフレイさんが、彼らの仲間を殺したのだと言っているようなものだからだ。
「俺は魔女を作ることに同意した覚えはない。そのことがなくても、彼女には指一本触れさせない」
フレイさんはそう宣言し、剣を降ろさずに拉致犯と対峙し続ける。
魔女だと信じたかどうかはさておき、フレイさんは私の味方であり続けてくれる。それがわかって、私はほっとした。
「フレイ様……あの方が悲しまれますぞ」
「悲しむ者はいない。これは巡り巡って、お前たちをも救うことになるはずだ」
答えを聞いた拉致犯は、何かの術を使おうとしているようだ。
懐から何かを取り出し、そこにふらふらと、近くにいたトビウオ姿の水の精霊が寄ってくる。
見た目には、持っている餌につられた魚に集られている、微妙な光景だけど。
フレイさんが左右に剣を振って、金に輝くエフェクトの尾を引いて駆け出す。
「ユラ―、ぼうぎょぼうぎょー」
腕にくっついていたゴブリン精霊に急かされた。
そうだ。私はもう、何もできない町娘その1じゃない。
※来週書籍発売予定です!




