再びの大量生産のためです
イーヴァルさんの野望はさておき、私がするべきは大量生産だ。
前回から、イーヴァルさん経由でちまちまとヘデルの納入があり、それを紅茶にしていたので、既に一樽分は保管分がある。
これだけあれば、次にヨルンさんが来た時にすぐ渡せるだろうと思ってたんだよね。
けれどこれでは足りない。
全部で五樽必要なのだから、あと四樽生産するべきだろう。
そこでイーヴァルさんは騎士達に通告した。
「巡回中のヘデル狩りを強化します。二籠持って来た者には、1.3倍の報酬を支払います」
騎士達は歓喜した。いわば、会社公認で職務中にちょっと内職してもいい、しかも会社がいつもより高値で買い取ると言ったようなものだ。
そりゃやるでしょ。
それでどれだけ集まるのかわからなかったので、私も今日は採取へ行くことにした。
「午前中休業っと」
扉の「閉店中」の札に「午前中だけ?」と書いた紙を貼り、近くの森へ出かける服装をして出発する。
向かうは町近くの森だ。
魔法の効果を始めて確認したり、火竜さんと初遭遇戦をしたりと、もはや思い出深くなりつつあるあの森である。
「あの頃は、火竜さんを籠に入れて背負うことになるだなんて、全く思わなかったものなぁ」
「我とて、籠に入れられるとは思わなかったに決まっておろう……」
背負った籠から、恨み節が聞こえてくる。
でもそんな火竜さんを連れているおかげで、身を守るのは問題ないだろうと、行き合う騎士さん達は判断してくれる。
「火竜がいれば十分だろうなぁ」
「チビちゃんユラをよろしくな!」
「誰がチビじゃあああ」
チビちゃんと言われた火竜さんは、うぼぁぁぁっと口から煙を吐き出す。
やめてくださいな火竜さん。なんか、籠の中身が燃えてるっぽくて、周りの人から大注目ですよ。
火は上がってないけど、カチカチ山の狸さんテイストは嫌なのですが。
「火竜さん連れていきませんよ?」
籠に向かって言えば、ぷすぷすとくすぶるような煙に変わった。
なにせ火竜さんが大人しくついてくるのは、朝ご飯として魔力を得るためなので。
人目がなければ、大きな火球を発生させて火竜さんが食べたら、あっという間に大きくなれるだけの魔力が供給されるだろう。しかし置いて行かれると、それは叶わない。
ちまちました火球を食べ続けるしかない火竜さんは、ちまちまとしか大きくなれないのだ。
「火竜といっても、この小ささでは単独で動くには不安がある」
そう語ったのは火竜さんだ。
「他の飛行型の魔物に襲われることもあるからな。だからこそ、周辺を飛ぶだけのためにも、ある程度の大きさは必要なのだ」
ということらしい。
なので自由にお散歩がしたい火竜さんは、早く大きく変化できるようになりたいらしい。私としても、火竜さんが他の魔物に食べられたり、怪我をしてくるのは忍びないので、このヘデル狩りに乗じて行うことにしたのだ。
なにせ騎士の皆さんは、近くの森なんかのヘデルを根こそぎにしないように、けっこう分散して遠くのヘデルを刈っているようだ。
なので、この近辺ですぐ遭遇することはない。
私は慣れ始めた森への道をほけほけと歩き、森の、火竜さんが黒焦げにしたあたりまでたどり着いた。
当然まだ黒焦げのままだ。
ちょっと痛々しい景観だけれど、火竜さんに魔法をぶつけるのにはちょうどいい。
籠から出て来た火竜さんは、少し離れた場所に待機。
「いきますよー」
私も今回は楽だ。人前と違って加減するために呪文を唱える必要もないので、ボタンを押していけばいい。そう思っていた。
ぽちぽちぽちぽち。
調子に乗って連打すると、一度に三個火球が出て来て火竜さんに飛んで行く。
けれどこの機械的な連打に、火竜さんがついていけなかった。
火球レベル1が発動。
三つの火球が火竜さんに飛んで行き、火竜さんが自分の体ほどの大きさの火球を飲み込む。
煙を吸い込んでいるような感じだけど、三つを一気に飲み込むのは大変だったようだ。
そうこうしているうちに、連打した次の分が火竜さんに届けられてしまう。
「ひぃっ」
慌てて受け止める火竜さん。燃えもしないし熱くはないらしいけど、吸い込んで処理するのにとても大変そうだ。
「ちょっ、まっ……」
火球レベル1発動。火竜さんに飛んで行き、火竜さんが慌てて受け止めて必死に炎を飲み込む。
「おい!」
と言う間にもまた火球レベル1発動。火竜さんに飛んで行った。
「すみません、先に何回か連打しちゃった後でして! 止められるのかなこれ?」
と言っても、取消しボタンなんて見当たらない。
そのうち火球の塊に囲まれた火竜さんの姿が見えなくなる。
「どうしよう、大丈夫!?」
「……ごふっ」
火竜さんは火球を飲み込み続けているみたいだけど、苦しそうだ。
「氷の槍を飛ばしちゃだめだし、水、水……」
考えた末に、私はすぐ側にあった池まで走った。
ちょうど池には、トビウオみたいな水の精霊と一緒に、ゴブリン精霊も一緒にいたので、彼らにクッキーを使う。
「お願いなーに?」
三体のゴブリン精霊に尋ねられ、私はもうこれしかないという頼みごとをした。
「あの火を消火してほしいの!」
「オッケー!」
ゴブリン精霊三体は、一斉にグッジョブポーズを決め、くるくると水面の上で回り出す。
「え?」
と言っている間に、池の水が噴水のように吹きあがった。
「ええええええ!?」
水は火竜さんのところまで一気に吹きあがって、火球を取り込むようにかかり、周辺もろとも水浸しにした。
すぐに水が吹きあがるのは終わったけれど。
「…………」
側にいた私もげしょ濡れ。
火竜さんは火の圧力と水圧のダブルパンチだったせいか、地面にへたっていた。
「か、火竜さん大丈夫ですか!?」
慌てて拾い上げるも、泥だらけの火竜さんは恨めしそうに私を見る。
「おのれ魔女め……」
「大変ご迷惑をおかけいたしました」
私としては、そう謝罪する以外にない。
とにかく泥だらけの火竜さんを、綺麗にすることにした。水は今さらもう少しかかってもかまわないというので、池の側まで連れて行き、水で泥を流して拭く。
問題は私だ。
「あー……」
マントは重し、他の服もスカートも歩く間には乾いてくれないだろう。端から水が滴ってる。
「へくしっ」
くしゃみも出て来た。これは急いで帰らなければと思ったところで、声をかけられた。
「ユラさん?」
「はい?」
返事をして振り返ると、そこにいたのはフレイさんだった。




