販路が一気に広がりそうです
「紅茶を仕入れてすぐ、まずは隣のバルカウス領へ行きましてね」
語るヨルンさんはほくほく顔のままだ。
「そこでは領主様の伝手というものがなかったので、商人仲間に少し買わないかと持ち掛けただけなんですよ。それでも、気力回復の効果は良かったようで。むしろ自分が欲しいからと買っていく者がちらほらいました」
きっと後日、追加分の注文が来ると思いますよ、とヨルンさんは付け加える。
「それでですね、私さらにその向こう、王都までさっさと足を延ばすことにしまして。紅茶を買った仲間内から、何人か貴族様をご紹介してもらったものですから、これは絶対に売り込むと心に決めたのです」
ヨルンさんは、バルカウス領で仕入れていた品のほとんどを処分した上で、最速で王都を目指した。
そうして各貴族宅を訪れ……。
「見事、三つの貴族家に紅茶を売ることに成功しました」
「おおお」
私は思わず拍手してしまう。
「しかも!」
興奮したヨルンさんは立ち上がる。
「売った後、せっかくの王都なのだから品を仕入れて行こうと数日滞在している間に、早くも追加発注を頂いたのです! というわけで!」
ヨルンさんは私にずいっと身を乗り出して言った。
「前回の二倍……いえ三倍どころではありません。できるだけあの紅茶を定期的に供給できるようにしていただき、私どもに卸していただきたいのです」
そうしてマルックさんを手で指ししめした。
「王都へ向けた商売については、私やマルックが請け負い、販売を行います。マルックも故郷の小さいながら商店を任せておりますので、間違いなく商品を丁寧に扱わせて頂きますよ!」
なるほど。販売する相手が一気に増えたので、マルックさんの手を借りることにしたようだ。
するとアニタさんはどうするのだろう?
と思ったところで、ヨルンさんはニヤッと笑って言った。
「アニタはその話を聞きまして、販路を別の方向に広げたいので、手伝わせてくれと言ってきまして」
ヨルンさんはそこで着席し、アニタさんに話を振る。
「わたし、父がタナストラから流れて来た行商人でして。あの国ではヘデルを濃く煮出してミルクを入れて飲むという習慣があるのです」
「ヘデルを」
ヘデルにミルクって……ほうじ茶ラテみたいな感じ? 前世であったけど、実は飲んだことがない。
そしてアーレンダール王国では聞いたことがなく、私も普通に日本茶感覚だったので、ミルクは入れたことがなかった。ちょっと不思議な感じがする。
「だからこそ、この紅茶。とてもミルクが合うので、タナストラでは間違いなくヒットすると思うのです。ヘデルミルクのように気に入る人が沢山いるはずなのです!」
そこでがたっと立ち上がる。
ヨルンさん一族は、興奮すると立ち上がる癖があるようだ。……あ、マルックさんは大人しくしているので、もしかするとヨルンさんの奥様の気質を受け継いでいるのかもしれない。
「ぜひぜひ、わたしに紅茶をタナストラに販売する許可を頂きたいのです。お願いできませんか、ユラさん!」
しかもアニタさんは女性同士だからか、ヨルンさんより遠慮がない。
身を乗り出して私の手をがしっと握った。
「えっと、はい、わかりました」
思わず応えた私の前で、手を離したアニタさんがやったー! とバンザイする。
止める間もなかったからだろう。隣にいたイーヴァルさんがそっと私に言う。
「本当によかったのですか?」
「……考えてみれば、私に不利なことなどないかなって思いまして。それに販路を拡大するにあたって、王都よりタナストラの方が近いですよね、ここ」
それに……今後のことを考えると、私にとっては渡りに船だ。
なにせタナストラに潜入することになるとしたら、アニタさんを通じていろんな伝手が得られるかもしれない。
しかもアーレンダール王国と同時に、タナストラにも販路を広げられるってことは、二倍の速さで紅茶を広められるってことだよね?
だからいいんだけど……。
ソラは、どうして紅茶をもっと広めろって言っているんだろ?
あとで追及しなくちゃなと思いつつ、紅茶の卸す量についての相談に移る。
アーレンダール王国内を回るヨルンさん&マルックさんについては、前回の三倍の量、三樽を卸し、タナストラへ行くアニタさんには二樽を託す。
もちろん全て前金だ。
お金持ちになりすぎてどうしよう……。お祖母ちゃんと経営していた小間物屋の年収、もう越えてるのに……。
と思ったら、イーヴァルさんが咳払いして話に入って来た。
「アーレンダール王国内への販路ならば、我が騎士団の団長より、アルヴァイン公爵家の名前を使っても良いと、許可を頂いております」
「なんと!?」
え、団長様ったら紅茶の販売についても援助してくださるんですか!
「ついてはあなたが購入される紅茶のうち、三袋ほどを王都の公爵家の屋敷に届けていただき……」
と、イーヴァルさんが公爵家としての交渉を始めてしまう。
私との話が途切れたのを見計らって、アニタさんが話しかけて来た。
「それにしてもあの紅茶、とても美味しいかったわユラさん。このお茶は偶然発明なさったの?」
「あ……だいたいそんな感じです。変わった味のお茶が飲みたいなと……アハハハ」
よもや前世で飲んだお茶を再現したかったとか言えないし。
「量を作成するのには、だいぶん時間がかかるのよね? それを見ることってできるのかしら?」
「うーん」
どうしようかなと私は悩んだ。
内緒にするようなものでもないけれど、と思ったら、地獄耳のイーヴァルさんがこちらを向いた。
「秘密にしておきなさいユラ。製造方法を秘しておかないと、すぐに模倣品が出回ってしまいます。なるべく騎士団外には漏れないようにするべきでしょうね」
「なるほど……」
ただ、とイーヴァルさんが付け加える。
「おそらく紅茶が予想以上に販路を広げてしまったら、あなた一人で生産し続けるのは難しくなるでしょう。その時には、あなたの作ったもののように魔法の効果はないものの、似た味を再現した廉価品を開発しておいて、わざとこちらから流すという方法をとりたいと思います」
「え!?」
「おおお、いいですなぁ!」
私は驚いたのに、ヨルンさんは諸手を挙げて賛成した。
「廉価品もこちらが価格設定をしておけば、本物よりもかなり安く抑えておくことによって、類似品も高値では売れなくなる。そうしたら、本物の紅茶の値段も価値も下がりにくくなるでしょうからな」
「そ、そうなんですか?」
ちょっと想像がおいつかなくてそう言えば、イーヴァルさんはうなずく。
よくわからないけれど、イーヴァルさんが先々のことまで考えているのは理解できた。なのでお任せしよう。
そう思った私だった。




