紅茶の販路を広げたいヨルンさん
グレーのベレー帽っぽい帽子に、前よりも仕立ての良さそうなグレーの上着姿のヨルンさんは、喫茶店の前で待っていた。
しかも一人じゃない。
私よりちょっと年上そうな金髪の女性と、灰色の髪の年下の男の子を連れていた。
「お久しぶりですヨルンさん!」
私は慌てて駆け寄る。
するとなぜか、ヨルンさんの斜め後ろにいた年下の男の子が、ぎょっとした顔をして一歩下がった。あれ、どうしたんですかね。
ヨルンさんは以前通りに、ニコニコと笑って手を差し出してきた。
「こちらこそお久しぶりですお嬢さん。いや、もうあなたとお話しなければならないことが沢山ありまして。大急ぎで行商を切り上げて、ここまで来ました」
「来て下さってありがとうございます。ご一緒の方は、ご商売の……?」
「あ、うちの姪と、私の息子でございます。この子達にも、ぜひお嬢さんの紅茶を扱わせて頂きたいと思いまして、ご挨拶かたがた連れて参りました」
なるほどお身内でしたか。特にご子息の方は、ヨルンさんと同じ髪の色だし、よく見れば確かに顔立ちが似ている。しっかりしている顎のあたりとか。
一人だけで行商しているかと思っていたけれど、家族も一緒に仕事をしていたようだ。
「そういうことなんですね! どうも初めまして、ユラと言います」
「アニタです、よろしくお願いします」
ヨルンさんの姪アニタさんがにこやかな表情ながらも、私の後ろを気にしつつ手を差し出し、握手した。
「マルックです。ど、どうぞお手柔らかに……」
自分も手を出さざるをえなかったんだろう。ものすごくびくびくしながら、マルックさんが手を出して来た。
一体どうして二人とも、そんな反応なんだろうと思ったけれど、ヨルンさんを案内してきたらしいイーヴァルさんの言葉で、理由がわかった。
「ユラ……なんてうらやま……火竜は自分では飛べないのですか?」
あ、と気づく。私の肩に、火竜さんが張り付いているからだ。インコみたいに肩にとまっている。
あきらかに竜っぽい何かを肩にのせていたら、それは確かに怖いだろう。
ヨルンさんは上機嫌な顔のまま、ようやく火竜に気づいた。
「新しい飾りですなぁ。さすがお嬢さん。珍しいものに目がない!」
ヨルンさんは火竜さんを普通に認識してなかった!
「あの、これわりと本気で竜だったりしまして」
そう説明しながら火竜さんの口を掴んで塞いだんだけど、ご立腹の火竜さんはそれでも抗議した。
むぎゅー! と唸り声を出している。あ、口の端から煙吹いてる。火を吹く前に止められて良かった。
「ええと、建物の中で飛ぶと翼が物にぶつかるし、飛びにくいので、私の肩に乗って輸送されるのを選んだみたいなんです、イーヴァルさん」
「輸送……」
マルックさんがちょっと呆然としたように、つぶやいている。
「やっぱり火竜なのね」
小声でアニタさんもつぶやくが、こわごわとだけど火竜さんに興味津々な目を向けている。
「剥製にしたら金貨一万枚……」
ヤバイ。なんかアニタさんからとんでもない言葉が聞こえた気がする。間違いなく彼女は商売人だ。
けど、契約した以上、私も団長様も火竜さんを保護しなくてはならないのですから、剥製は勘弁してほしい。
私は思わず一歩下がりかけ、人間の言葉は理解している火竜さんが、肩から背中に張り付く形に移動した。
まだ元の大きさと強さが戻っていないから、人間に狩られることを警戒したのかもしれない。
「ところで、ユラに商談があっていらしたのでは?」
イーヴァルさんもさりげなく火竜さんを保護するように私の斜め前に出て、そうヨルンさんに尋ねる。
ヨルンさんはぽんと手を叩いて、
「そうそうそうそうなんです! お嬢さんの紅茶がもう、すんごく売れまして! あっという間に無くなったので来ました!」
「そんなにですか?」
商人さんが、そこまで手放しで「売れた!」というのなら、間違いないのだろう。
「そこでもっと多く入荷していただきたいというお願いに上がりました。販路を拡大したいんです!」
「販路」
お、と私は思う。
これは、もっと紅茶を広める好機ってことですか?
とにかく喫茶店の中に入ってもらった。
商談をするために、外には閉店の札をかけたままにしておく。お客さんの対応をしていて、こちらの話がおろそかになっては元も子もないもの。
私は人数分のお茶を淹れて出す。
ヨルンさんの調子だと、前回みたいに金銭交渉とかそういうのはなさそうだし、普通の紅茶で長旅の疲れを回復してもらって、色々とお話をしてもらおう。
お茶を出すのは、イーヴァルさんも手伝ってくれた。
「あなたがこの場の重要人物なんですから」と言って。
……なんとなく、イーヴァルさんは結婚できたらいい旦那さんになりそうな予感がする。きっと奥さんになった人は、家事を進んでやってくれるイーヴァルさんに、とても感謝するだろう。
いやいや、今はそんなことを考えている場合ではない。
火竜さんには離れたテーブルの上にいてもらう。ヨルンさんはいいんだけど、マルックさんが怯え気味だし、アニタさんは危ういので。
そうして着席後、ヨルンさんはあれからのことを語ってくれた。




