火竜さんのお食事4
団長様が息をつく。
「契約は成った。あとはユラ、この火竜を管理しておくように。私はそろそろ用事があるから行くが、イーヴァルをよこしておく。中庭に出ているといい」
「はい、ありがとうございます」
これで火竜さんが暴れる心配もせずに、のほほんとお食事をあげることができる。
ほっとしながらお礼を言った私だったが、立ち去り際の団長様も、油断ならなかった。
「無理はするな。何かあれば呼ぶように……いいな?」
近づきながらそう言った団長様は、最後の一言を耳元でささやいていった。
「ひゃっ!」
耳を抑えて目を丸くする私の様子に笑いながら、団長様は部屋を出て行く。
「なん……」
なんであんなに、心臓に悪いことばかりするようになっちゃったの!?
とりあえず自分の頭を落ち着かせるため、近くの壁に頭をぶつけてみた。痛い。でも少し正気が返って来た。そして考える。
こんなことになった原因はなんだろうと。
「……あれかな。もしかして慣れが団長様のタガを外した?」
最近、団長様の接触が多くなってきているとは思っていた。
最初は撫でるのにもためらっていたのに、抱きしめられる回数が増えたと思っていたら……。ここ最近、わざとこめかみにキスなんてするようになっている。
一度目はさすがにためらいがあった気がするけど、今や遠慮が見えない。
「うううう」
悩んでしまうのは、やっぱりこう、期待してしまうからなのかな。
みんな、誰かに好きでいてほしいと思うはず。
それが素晴らしいと思える人なら、好意を持ってもらえたら嬉しいだろう。抱きしめたりするのだから、嫌われてはいないんとわかるからこそ、余計に期待しそうになってしまうんだけど。
「ペット契約があるからな……」
保護者と被保護者。その関係を作るために団長様と結んだ、主従契約。
あの時から、私は団長様の好意を勘違いしないよう、ペットであろうとしていたし、団長様もペットのみたいに扱っていた。
だからこういった行動まで、その延長じゃないかと疑い始めると、そんな気がしてきてどうしようもないのだ。
「だめだめ。いつかは離れるんだし」
私は頭を振ってそうつぶやいた。
だからたとえ団長様のどういう行動であっても、本気にとってはいけないのだ。
「まずはご飯にしましょう」
私は火竜さんを連れて、外へ出た。
ぱたぱたと背中の翼で飛ぶ火竜さんと一緒に中庭を歩くと、おっという顔で通りがかったりしていた騎士さん達がこちらを向く。
「あれ……ユラの茶で小さくされた竜だろ?」
「ヤダかわいー。俺もほしー」
「手を出したら噛まれるだろ一応火竜だし……。火竜、なんだよな? 姿形は確かにそうだが」
「説得が難しかったら討伐する、って話を聞いていたが……。まさかああやって連れ歩くために、わざと小さくしたんじゃないよな?」
なんか変な噂が広まってる。
わざとじゃないんです。濡れ衣ですよ!?
でも本当のことを言えないので、噂を黙殺するしかない。魔力を奪われかけた火竜さんを助けたとか、他の魔女に魔力が盗られないように私が吸収したとか、話せるものですか……。
「さて、イーヴァルさんはいつ来るかな」
中庭の人がいない一角に陣取って、イーヴァルさんを待つ。
やがてイーヴァルさんがやってきた。このタイミングからすると、団長様に言われてすぐ駆け付けたようだ。
というか走ってきてる。
私と抱きしめたままの火竜さんの前で止まり、切らした息を整えるイーヴァルさん。
「な、何かあったんですか?」
こんな急いで来るような用事ではなかったはずなのに。
しかしようやく落ち着いたらしいイーヴァルさんは、キッと私を睨んで言った。
「き、気にしないでいただきたい! それよりも火竜の食事と聞きましたが?」
「はい。これから火竜さんにお食事をあげようと思いまして。だけど火の魔法を使おうと思ったので、念のため団長様に見守りの方をお願いしたのですが……」
「ええ、リュシアン様からはそのように伺いました。それではさっそく食事を始めましょうか」
さあさあとイーヴァルさんに急かされる。どうしたんだろイーヴァルさん。いつもと違うけど……。
「ええとそうしましたら、火竜さん少し離れますね。余波が来ると怖いですし」
「……このか弱そうな我の外見だというのに、お前が余波で怪我をするようなものをぶつけるつもりか?」
「いえいえ、めっそうもございません。大丈夫。加減します」
「そう、加減してください。あの小さな火竜に、火の魔法で攻撃するというだけでも心配だというのに……」
私と火竜さんの会話がわかっているのかと思うような間合いで、イーヴァルさんが言った。
「え、イーヴァルさんは竜の言葉がわかるんですか?」
思わず聞いてしまったら、心底残念なものを見るような目を向けられた。
「あなたの発言を聞いて言っているだけですよ。余波とか、全力で行くのを前提にしているのかと驚くようなことを言うから。間違いなく加減してもらいたいですね」
「あ、はい、左様でございましたか……」
確かにちょっとびっくりするかもしれない、と私は反省した。
「ではまずは一回、やってみますね」
私はイーヴァルさんが見ているので、慎重に呪文を唱えて、小さめの《火球レベル1》を加減して出した。
「よし来い」
火竜さんがそう言うので、ひょいと火球をぶつける。
そして火竜さんは、ボールをキャッチする犬のように、パクッと火球を食べてしまった。
「なるほど。食べるんですね」
「もちろんだ。……そうだな。これなら先ほどの紅茶とやらいうものよりいいのではないか? もっとよこせ」
さあさあと、言いながら火竜さんがパタパタと背中の翼で羽ばたいて浮く。
なので私はもう一つ、もう一つと、火球を放ち続ける。
あーんと口を開けて待っている火竜さんに、吸い込まれていく火球。食べた後は、なんだかおいしそうにもぐむぐしている。
なんだろう、この野球部の100本ノック練習みたいな感覚。
しかし大っぴらにできるのは、10個ぐらいまでだ。
「あれ、何だ? 火竜いじめ?」
目撃した騎士さん達が、何か誤解してるし……。
そしてイーヴァルさんが何も言わないなと思って振り返ると、口元を抑えて、斜め後ろを向き、なんか肩をぷるぷるさせていた。
「火竜が……小さくて愛らしいとか、どういうことですか……っ」
「…………」
私、イーヴァルさんが急いでやってきた理由がわかりました。小さくなった火竜さんを見たかったんですね。そのお食事風景に、感動していたと。
え、イーヴァルさんって小さい動物好きなんです?
とりあえず、私は餌やりをここで止めておく。無限にやり続けたら、さすがに私の異常さが目立ってしまうもの。
「火竜さん、それでどうですか? 大きくなれそうです?」
「ふん、そうだな」
火竜さんはぱたぱたと翼で飛び上がって、屋根より高い場所へ行く。
そこで赤い燐光を発したかと思うと、ふわっと体が大きくなる。
お、大型犬の少し大きい方ぐらい?
火竜さんはしばらく城の上をゆっくりと飛んでいた。そうして自主的に中庭に降り立って、小さくなる。
「やはり火の方が効率がいいようだな。戻る気配もない」
「では残りもこの方法にしましょうか。でもまた後でっていうことで」
とにかく火竜さんを戻す方法はわかったので良かった。
そんな風にほっとした翌日。
朝の開店前に、続きの火竜さんの補充をしたところで、訪問者がやってきた。
「もっとお茶を買いつけに来ましたよ! 大繁盛だよお嬢さん!」
商人のヨルンさんだった。




