火竜さんのお食事2
森を焼き尽くそうとした火竜さんの動機は『ご飯確保』だった。
精霊なり魔物なりは、食べ物から魔力も補給しているはず。
だから火って魔力がこもってるんだよね? ……というかこの世界の場合は、全てに魔力がこもってる的な感じかな?
それが魔法の火だったらどうだろう。
火の魔法攻撃だと、火竜って怪我しないんじゃなかったっけ?
「火竜さん、火の魔法は食べられますか?」
尋ねると、火竜さんもそこに思い至ったようで、ニヤッとした顔になる。
「なるほどな。お前にしてはまともな発案かもしれぬ」
「では、ちょっと上司に承認をもらってから実行したいと……」
魔力量をコントロールできる紅茶と違って、火の魔法だとどうなるのか想像がつかない。
一気に元に戻ったりした時のために……ちょっと団長様に頼んで、あることをお願いできるのか、聞いておきたい。
ただそこまで言ったところで、私は思い出してしまう。
昨日の団長様の行動を。
……どうしよう。団長様に会いたいような会いたくないような。
でもこれ、お仕事の一環だし。会わないだなんて言っていられないし……オルヴェ先生がいたら大丈夫? いやいや。最終的に魔女の話になっちゃうから、オルヴェ先生に同席してもらうわけにはいかない。
距離をとっておけばいいだろうか。
それに今日に関しては、先生に体調の確認はしてもらったので、団長様にまで見てもらわなくてもいいんだし。
はたから聞いていても、私が何をしようとしているのかを察したのだろう、オルヴェ先生もうなずいた。
「団長に確認するべきだろうな。火竜をつれてうろちょろするのも良くない。誰かに呼びに行かせるから、少し隣で待ってなさい」
オルヴェ先生はそう言って、診察室を出て行く。
私は患者さんが来た時に驚かれそうなので、とりあえず火竜さんを空いている病室に移動してもらった。
団長様は、間もなくやってきた。
すごい早い。と思ったら、朝から一度こちらに顔を出そうと、ちょうど来ていたところだったそうな。
「なにせ火竜だからな。昨日、少し大きくなった後で縮んだと聞いたが……」
またしても団長様は、足下にいた火竜さんをひょいと持ち上げる。完全に猫か小犬扱いだ。
それを見て、私は少しほっとする。
団長様、今日は普通みたい。
いやいや油断してはいけない。いつ何時、人の心臓が止まるようなことをするのかわからないもの。
「ええい、我をそうひょいひょいと抱き上げるでない!」
昨日の現場を見ていたけれど、全く気にしていなかった火竜さんは、もち上げられて手足をばたばたさせる。
びしっと尻尾が団長様の腕に当たったけど、団長様はどこ吹く風だ。小犬大の竜のしっぽじゃね……。
「昨日よりは活きがいいな」
「団長様……そんなお魚みたいな」
鮮度が上がったわけじゃないんですよ。たぶん、昨日とか先日は、小さくなったショックで大人しかったんだと思います。
「それで、オルヴェからお前が相談したいことがあると聞いたが?」
あくまで平常通りの団長様は、火竜さんを降ろしてくれた後も、普通に距離を保ったままそう切り出してくれる。
……今日は大丈夫そう?
「実は昨日、紅茶にほんの少しだけ魔力を込めて火竜さんにあげて、本当に大きくできるのかを試してみたんです。MP1000ぐらいなんですが」
「1000か。確かにそれなら……」
火竜さんの元の大きさ的にも、それぐらいなら少量だろうと団長様も納得してくれる。
「おまっ、この詐欺魔女! そんなちびっとだったのか!」
聞いていた火竜さんは怒った。床をしっぽでピシピシしている。
「昨日、その説明はしたじゃありませんか。一気に元に戻すと、火竜さんが約束を反故にして逃げちゃうかなって危機感があったんです、って」
だから少量だったのだけど。火竜さん的には、あの大きさに戻れたのだから、もう少し多い魔力を飲んだつもりだったのかな?
「それにあんな風にすぐ縮小するっていうことはですよ。元に戻ったーと意気揚々と人間を睥睨して、ブレスを吹いてみせたりしていたら、みんなが大注目の中で小さく戻っていたってことになっていたんですよ。それよりはマシではありませんか?」
偉そうにした後で、ちっちゃく可愛くなってしまったら……たぶん火竜さんの心理的ダメージがすごいことになるはず。私だったら即逃亡する事態だ。
「ぐぬぅ……」
うなる火竜さん。けれどそれ以上は反論を口にしなかったのだけど。
団長様がクスクスと笑い出す。
「あ、団長様だめですよ。笑うと火竜さんが落ち込みすぎます」
止めようとしたけれど、先に火竜さんがいじけたように言う。
「うるさい、こしゃくな小娘め。お前の方がよっぽど酷いわ。今さら何を……」
ぶつぶつとつぶやきながら、火竜さんが近くの寝台の一つに潜り込んだ。
「ああ、やっぱり。いじけちゃった」
「相変わらずお前は、子供の口喧嘩みたいなことを火竜としているんだな」
団長様は気にせずそんなことを言い出す。
「口喧嘩ではありませんよ、団長様。私はけっこう真剣なんです。それに少し茶化しておいた方が、火竜さんも呆れて、本気で怒ったりしないと思いまして」
「わかったわかった」
笑いながら団長様が、私の頭に手を載せる。
なだめられているらしい。ちょっとドキっとしたけれど、一方で真面目に聞いてくれているのかなという気にもなる。でも疑うのも申し訳ないので、しつこくはしないようにするとして。
そうだ、先に話をしなくては。
「あの、ところで火竜さんの体を元に戻す方法なんですが、ひとまず火竜さんに火という形でごはんを上げたいと思うんです」
「火?」
問い返しながら、団長様は頭から手をよけてくれる。
「火竜さんは火が主食で、そこから魔力も補充するそうなんです。それで私の魔力を火の攻撃魔法という形で、火竜さんに食べさせてみたいと……」
たぶん、小さな竜に火球の魔法を投げつけるという、とんでもない光景になると思いますが。
団長様も、それを憂慮したのだろう。
「周囲の目が気になるが……」
「ちょっとだけですし、火竜さんはその程度では怪我をしないと自信満々なので、大丈夫かなと思うのですが」
「わかっていてやるのならいい。でもお前はやりすぎるからな。少し抑え気味にするつもりでやるように」
「わかりました」
うなずいてみせたけれど、団長様はまだ不安なようだ。
「一人でさせるのは心配だな。誰か管理する人間を側に置きたいが……」
「それで団長様が安心するのなら、私は問題ありませんが。フレイさんか、イーヴァルさん……もどちらもお忙しいですよね? でも火竜さんのお食事だけのことですし」
「そうするしかないか。できれば、誰かを側におきすぎるのは止めておきたいんだがな」
ため息をついた団長様が、私の手首を握る。
え?
※書籍化することになりました。詳しくは、活動報告に……。
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