火竜さんと取引のため
早く知りたい。
だから私は、もう今日のうちにお茶を作ることにした。
みんなに怒られないように、夕方、心配して何度も様子を見に来てくれたヘルガさんが、町にある家に帰った後で行動を開始する。
幸い、まだ明るい時間だ。
夕食前に済ませてしまおう。
私はさっさと着替えて、火竜さんを連れて一階の台所へ。
かまどに火を起こして、お湯を沸かす。
薪に火が付いたとたんに、ふわっとその中から出て来たゴブリン姿の精霊が、楽しそうにスキップを始める。かまどの中で。
そうしてお茶の用意をしながら、ふと考える。
このまま火竜さんを戻したら、もしかして暴れたりする?
やかんを火にかけながら、私は火竜さんに尋ねる。
「そういえば火竜さん。今現在の火竜さんは、他の魔女との契約は無効になったんですよね? 元に戻ったら、仮の宿にしていただろう場所に、戻るんですか?」
「何を言う。もちろん我の元の住いを取り戻しに行くのだ」
あ、そうきましたか……。
「でも火竜さん、元の居場所は入れなくなったから、別な土地に移ったんですよね?」
「とんでもない仕掛けをされてはおったが、もう一人の魔女が言っていた、我が元のねぐらに戻れない理由というのは最もなものであった。だから予定通り、遺跡なるものを破壊し、元のねぐらに戻るのだ」
「え、まだ信じているんですか!?」
知らないうちに、命を奪われることになっていたという契約を組み込んだ相手なのに。私だったらとてもじゃないけれど、何もかもを疑うと思うんだけど。
「魔術的な問題だ。我の住処を含めた広い場所に、おかしな結界のような仕掛けをされたのだ。それを解くために必要なものの手掛かりとなるなら、やるべきであろうが」
火竜さんは「きゃしゃー」と鳴いてランプ程度の小さな火を吐く。
「試してだめだったら?」
「別な方法を探すに決まっているであろう?」
即答された。
ああこれは……。火竜さんたら諦める気ないだろうなぁ。
でもこちらとしては、タナストラとの戦闘になるのは避けたいわけで。火竜さんがアーレンダール王国の方から来たというだけで、タナストラは難癖をつけてきたのだから、火竜さんが動いただけでアウトになってしまう。
とはいえ、元に戻さないと教えてくれないと言うし……。
「…………あれ? 元に戻ったら、この建物壊れちゃうんじゃ」
火竜さんの元の姿は、ショッピングセンターレベル。もし一度では戻れなかったとしても、この部屋から溢れる大きさになるのは間違いない。
「よし、外に行こう」
思いついたこともあるし、火竜さんを安全に戻すためにもと思い、私は水筒にお茶を詰めて、火竜さんを呼んだ。
「火竜さん、元に戻ったら大きくなりますし、物を壊されると困るので外へ行きましょう」
「……そうだな。さすがに我もお前とあの精霊王の剣とが揃っている相手と、喧嘩する気はもうない」
一応火竜さん、私達とは戦わないつもりでいてくれたようだ。良かった良かった。少し、元に戻っちゃったら「はーっはっは! この機会を待っていたぞ!」と襲いかかる可能性も考えてはいたのだ。
そうなったら私、全力で火竜さんを倒さなくちゃいけない。クエストと違うから、プレイヤー精霊さんも出て来てくれないだろうし。魔女だってバレてしまう……。
その危険を考えた上で火竜さんの要望を聞くことにしたのだけど、上手く行くかな?
私は西に大きく傾いた陽の光の中、中庭のすみっこに出る。
中庭には、歩いている人や訓練をしている人、休憩のため座っている人がいるけれど、隅でこそこそしている私の方に、注目している様子はない。
建物の壁際で、私は水筒の中身を蓋のカップに空け、カップを両手で包むようにして魔力を込めていく。
ステータス画面を見ながら慎重に……。100、200、300……1000で一度止めた。
お茶はきらきらと金の輝きを秘めたものになった。いつ見ても綺麗だ。
それを火竜さんに差し出す。
「はい、魔力を込めてみたので、これでいいのか試してみてください」
間違いなく魔力が入っているのはわかるのだろう。火竜さんは大人しくカップをその短い両手で受け取り、不器用そうな動きで中身を飲んで行く。
首が長いので、飲むのはカップに頭を突っ込む形になってしまったけれど。
黙って飲んでる姿は可愛い……。冥界の精霊だったかも、一生懸命お茶を飲んでる姿はとてもかわいかった。クーシーも大人しく口を開けて待っていて、あれもなかなか良かった。
魔物がお茶を飲むとすべからく可愛い姿になるのかもしれない。
そんなことを考えつつ見守っていると、火竜さんはお茶をのみ終わった。
「お、おお……! しみわたってくる!」
火竜さんが、ビールを飲んだ人みたいなことを言い、その感覚に喜んでいる。
その姿が、じわっと輪郭をにじませた。
どうやら1000MPでも変化は起こるようだ。
火竜さんの姿がふわっと拡大して、再び輪郭がはっきりとした時……。
「おい魔女」
「…………」
私は肩を震わせて、笑いをこらえるのに必死だった。こんなにも予想通りになるとは思わなかったのだ。
「元に戻せと言ったのだぞ我はあああああ! 足りぬではないか! 足りぬではないか!」
シッポで地面をぺしぺし叩きながら吠え、ぼわっと松明ぐらいの火を吐き出す。
「お、大きくなりましたね、火竜さん!」
間違いなく大きくなった。
小犬ぐらいから、大型犬ぐらいに。
なにせお茶に8000MPを込めた状態でお茶を飲ませた時、火竜さんには変化はなかったのだ。不意打ちで飲まされた! と怒っていただけで。
きっと1000MPぐらいなら、大きな変化はないだろうと思ったらその通りだった。
でもそうして騒いだので、中庭にいた他の騎士さんにも、火竜さんが外に出ていることに気づかれたようだ。
「あれ、つかまえたっていう火竜じゃないか?」
「ぬいぐるみ大になったって聞いてたんだが……」
「暴れているんじゃないか?」
「でもユラが側にいるなら、大人しくさせられるんじゃないか? ほら、なんか茶で火竜を強制的に縮ませたんだろ?」
「え、ユラの茶ってそんなことできるのか!?」
聞こえて来た話のせいで、私は自分が火竜さんを縮めた犯人にされていることを知った。違いますよ! でも反論できない……。だって反論したら、火竜さんの魔女との契約とか、どうやって解いたのかと言う理由の説明が。
どうしようと思っている間にも、火竜さんはじだんだを踏む。
「もっと大きくだ! 元に戻すのだ!」
催促された私は、まずは火竜さんとのお話合いを終わらせることを優先した。




