火竜さんと魔力と……
「この増えた魔力。火竜さんの分なのかな……」
五万……。
でも元が十万あったせいか、なんだか感覚がマヒしているのか、まだだるさがあるせいなのか、初めて十万という数字を見た時よりは衝撃が少ない。いいことなのかどうかわからないけど……。
「は? 五万? 魔力量がか?」
私の側で亀のように伏せをしていた火竜さんが「ぐわっ」と言いながら、長い首を起こした。
「お前よくそんな魔力量を吸収して、生きていられるな……」
「え?」
吸収しすぎですか?
「普通の人間なら、五千も吸収すると体がはじけ飛ぶであろう」
「はじけっ……!?」
え、なにそれ怖い。思わず身震いする。でも似たような話をだれかに聞いたような気もする。
「フン。魔女ならばそれはないか……惜しいことよ」
火竜さんが鼻息とともに、小さく煙を吹いた。
「げふげふっ」
ちょっ、煙いですよ火竜さん。
「それより、お前が五万とか言っておったが、それはわしの魔力量を超えてる気がするんだがな」
「え? 竜さんの魔力のうちの半分くらいとかじゃないんですか? これ」
他の魔女がかけたっぽい魔法の契約。あれのせいで火竜さんの魔力が根こそぎ奪われそうになって、無我夢中で私が吸収して引き止めたんだけど。
半分なのかどうかも実はわからない。
「いや……でもわしは半分精霊と同じだからな。存在のために割り振られていた魔力の分かもしれぬ」
そういえば、精霊さんはみんな魔力=存在だと聞いた。確か団長様に。
「存在値ってけっこう魔力を使うんですね……」
つぶやいて、再び私は、魔力が増えすぎるとはじけ飛ぶという恐ろしい話を思い出した。
「存在値が増えすぎてそうなるのだとしたら……もしかして体重が増えたりするのかな?」
「バカか貴様は」
速攻で火竜さんから怒られた。
「人の考えるような重さは、魔力には宿らぬ」
「でも山では、じたばたしていた時に、けっこう地響きとか土煙とか上がっていたじゃないですか」
氷や霜のある場所だったから、土煙と一緒にきらきらしたものも舞っていましたよ。
「けっこう重そうに見えたんですけれど。だから大きさと相応の体重かなと」
「しょせん元は魔力。軽くもできるわ! さもなければ飛べないであろうが!」
シャギャー! と火竜さんが怒ってぼっと小さいながらに火を吐く。
「ちょっと焦げますってば。焦がしたらもう魔力戻しませんからね火竜さん」
「な、なんだと!? 我の魔力を人質にとるとは……っ!」
「そもそも魔力を止めて火竜さんを助けたりしたのは、私の厚意ですよ? 別に返さなくても……」
「うわああああ! この鬼畜魔女めええええ!」
火竜さんが「ぎゃおー!」と叫びながら、横になってじたばた足を動かす。でも火は吐かないし、短いあんよを動かしてる姿が可愛い。
なんかずっと文字で通信していたせいなのか、悪口言われてもあんまり気にならない。小さくなったせいもあると思うけれど、火を吹いても怖くないんだよね。
そこでノックの音がした。
「はーい。ちょっとお待ち下さい」
私は寝間着にしている簡素な生成りのワンピースの上から、赤と黒のチェック柄のショールを羽織って起き上る。
きっとオルヴェ先生だろう。水を持ってきてやるから、今日は一日動くなと言ってくださったのだ。
戸口でお水を受け取って、それで終わろうと思ったのに。
「ずいぶん元気そうだな」
扉を開けたところに居たのは、団長様だった。
「だんっ、あの」
油断していたせいで、うろたえてしまう。
お医者さん相手だから大丈夫と思ったけど、寝間着のまま団長様と顔を合わせるつもりが全くなかったので。
いや、団長様には寝起きを二度も見られているわけだけども。一度目も二度目も一応ちゃんと服を着ていたんです私。布団を掛けている状態でもないので、なんかこう、恥ずかしい。
そういえば眠る前は、団長様に抱えられたままだった私。うわああああ、思い出しちゃって二重に身の置き所が無い。
でも団長様の方は、そんなことには気づかないようだ。
「何か問題でもあったか? オルヴェの用事も代わりに受けて来たのと、火竜の様子を見たかったんだが」
「ありがとうございます……」
私は差し出されたデカンタを受け取る。そうして火竜の様子を見にきた団長様を中に入れた。
デカンタをベッドサイドの卓上に置いた私は、ショールの前を合わせながら、ベッドの上でふてくされていた火竜に近づく団長様に近づく。
「火竜の様子はどうだ?」
「今のところ、大人しくしてくれています。ずっと抱えながら魔力を移動させようとしているんですけれど、どうもお茶みたいに上手くいかなくて……」
聞いていた団長様の方は、いやいやをする火竜をわけもなく持ち上げて、しげしげと見る。
「おろせ人間め! それに手を介しての魔力の受け渡しが微妙なら、口からでもいいではないか!」
「口?」
火竜に聞けば、そんなことも知らんのかと言いたげな目をする。
「人は手や口から魔力を放つのだ。だから早く試せ魔女」
そう言って火竜が、ぷいっと私から顔をそむけて後ろを向いた。これはもしかして、後頭部に口づけをしろということ?
まぁ相手が小さな竜なので、特に恥ずかしいとは思わない。強いて言えば、団長様に見られていることが、落ち着かない気分にさせられるけれど……。
「団長様、ちょっと火竜さんを貸していただけますか?」
私に頼まれて、団長様はあっさりと渡してくれたのだけど。
「火竜は何を要求している?」
団長様には火竜の声が聞こえない。だから私は説明した。
「火竜が手から魔力を受け渡すより、口づけの方が効率がいいと……」
「それは最終手段だ」
団長様が無表情のまま、手放したはずの火竜を私から取り上げ、言った。
「お前には茶を飲ませるという手段があるだろう。おそらくそちらの方が効率がいい」
「あ、そうでした」
それじゃ今からお茶を作って……とつぶやいたところで、ベッドの上に火竜を置いた団長様が私の右腕を掴んで、自分の方へ引き寄せてくる。
「それはせめて明日以降になってからにしろ。少なくとも、魔力を大量に受け取って、まる一日眠り続けた人間がやることではない……心配するだろう?」
一歩団長様に近づくことになった私は、見つめてくるその顔を見られずに、視線をそらしながらうつむいた。
「すみません」
そんな私の頬に、団長様が右手で触れる。
「お前の様子も診ておきたい。あれだけの魔力を引き受けて、本当に大丈夫なのかを。少しじっとしていろ」
そう言われて、団長様が手を触れたまま目を閉じる。
いつだったかも、こんな感じで魔力の確認をされたなと思いながら、私は大人しくしていたのだけど。
「……まぁいいだろう」
向かい合った団長様の声が、近づく。
え、と思った時には、こめかみに口づけられていた。
やわらかな感触が、羽のように押し付けられてくすぐったくて、頭の中が真っ白になりそうだった。
「……………!」
様子を診るのにどうして! と思うけれど、私は指一本動かせない。
側頭部からざわっと撫でられたような感覚に、困惑する。
でも嫌だとは感じない自分が、一番どうかしている。そのままでいてほしいだなんて思ってしまう。
ただしそんな時間は、いつまでも続くわけでもない。
団長様が離れていく。
目を見開いたまま硬直している私を見て笑い「魔力は安定しているようだ」と、団長様は平然と言った。
いえそんなことより。あの、今のは……!
火竜さん討伐の前後は何もなかったので、私はおおいに油断していた。
その前の出来事は、何かの気の迷いだって。
でも二度目ですよ! これってペットへのアレな感じなんですか?
どっちなんですか……。
「無理をしないで、今日はまだ休むように。あと、火竜に茶を飲ませるのなら、万が一のために外でやるように。……また明日様子を見にくる」
団長様は何もなかったかのように、指示するべきことを伝えると部屋を出て行った。
私は団長様が閉じて行った扉を、ゆっくり十秒くらい見つめた後、ようやく肩の力を抜く。
「心臓……止まるかと思った……」
はぁとため息をついたら、火竜が言った。
「よくわからんがまだ死ぬな。我を戻してからにしろ」
自分の要望をストレートに伝えてくる火竜の言葉に、現実に引き戻された私は「アハハハハ、ドリョクシマス」と空笑いをするしかなかったのだった。




