火竜の契約解除 2
精霊の言葉に驚く。火竜さんの契約って、破ろうとすると死ぬようなものだったの!?
「知っていたら、火竜も応じなかっただろうな」
団長様の言葉にはっとする。そうだ。火竜さんはそれを知らなかったんだ。ということは、魔女の方が火竜さんを騙してそういった契約を結んだの?
「竜の魔力たりないの」
「もっとあげてユラ」
「そして……うばわれないで」
精霊さんが泣きそうな目でうったえてくる。
「団長様、すみません!」
魔力を与える方法を、私は近づいた状態でできることしかわからない。
だから団長様をふりきって、火竜に駆け寄る。
幸い、火竜は暴れていない。
火の粉みたいな光は、たぶん火竜さんの魔力じゃないだろうか。さっきの感覚からするとそうだと思う。
だから大丈夫。
私は火竜さんの足に抱き付くようにして、自分の魔力を渡した。
でもお茶じゃないから、なかなか魔力が移っていかない。
ステータス画面を見ていても、一秒に10MP刻みでしか移らないのだ。
そうしている間に、頭の奥で、ガラスが割れるような音がした。
「え……」
感覚で、契約の魔法が完全に壊れたことがわかった。
暗く冷たい魔力が、網ではなく矢のような形に整えられて、周囲の魔力を巻き込んで飛んで行こうとする。
ここで私はようやく気づいた。精霊さんが「うばわれないで」と言っていたのは、火竜さんの魔力。
相手の魔女は、火竜さんの魔力を奪うために、死ぬ呪いをかけたんだ。
幸いなことに、その火竜さんの魔力には私の魔力も混ざっている。
「……戻って!」
自分の魔力に命じる。
引っ張る力を感じるけれど、私の方に残っている魔力の方が大きい。だからじりじりと引き寄せ、とうとう矢の形になった別な魔女の力と、いくらかその影響を受けていた火竜の魔力が半分ほど、空へ駆けあがってしまう。
でももう半分は残った。
ぎゅっと目を閉じて引き寄せるにしても、火竜さんに直接戻せない。
私の影響が強すぎるのか、火竜さんにくっついている私の中に入ってきてしまう。
でも、私から戻せばいいことだ。
そう思ってほっとしたとたん、火竜さんに抱き付いていた腕がスカッと空を切って前のめりに倒れそうになる。
「え!?」
自分が倒れるのは、いつの間にか背後にいた団長様に腰を掴まれて、事なきを得たけれど。
目を開けた私は驚愕した。
白い雪や霜で岩が彩られた山頂。その一画にいたはずの大きな火竜さんはいなくて……。
「ぐきゅう……」
小型犬ほどの大きさになった、小さな竜が、ぽつんとお座りしていたのだった。
「……あれは」
え、まさか火竜さんです?
「あの、火竜さん?」
チャンネルDを押したままだった私は、話しかけてみる。
ぼへーっとしていた火竜さんが、ゆるりと私の方を見て、ハッと目を丸くする。次に周囲を見回し、自分の体をペタペタと小さな手で触り……その場に丸まって泣き出してしまった。
声まで「きゅううう」と可愛くなってしまっている。
《火竜:うぉぉぉん! 我の体が、体があああああっ!》
素敵なチャンネルの通訳機能を通すと、こういう言葉を言っているとわかる。
ああ、小さくなっちゃったことを嘆いているんですね。確かにショッピングモール並みの大きさを誇ってた強そうな火竜が、小型犬になっちゃったら、ショックを受けるだろう。
「あの、元気出して……。精霊によると、死ななかっただけめっけものらしいですよ?」
私の周囲では精霊さんがぴょんぴょん跳ねながら、
「めっけものー」
「生きてるだけでめっけものー」
とバンザイして喜んでいた。
《火竜:お前はほんと失礼な奴だな!》
しかし火竜さんには怒られた。
「いえ精霊さんがですね……」
「ユラ、追い詰めるのはよしておけ」
まだ私の腰を掴んでいた団長様に言われて、ハッとした。
「そうですね……ただでさえ、小さくなっちゃったんですし」
「まず、状況の説明を求めたいんだが、ユラ」
そういえば、団長様には精霊の声が聞こえるものの、私の行動までは説明していなかった。
「ようするに、魔女と火竜は契約をしていたんですけれど、その契約は火竜が破ると、火竜が死ぬものだったみたいです。……というかあの感じだと、魔力を奪うような契約だったようですが。おそらく普通に団長様達が火竜を倒しても、魔力は魔女に移行するのではないでしょうか」
それなら、魔女が火竜にそんな呪いをかけた理由もわかる。どちらに転んでも、魔女は大量の魔力を得られたはずだ。
「とにかく、魔女との契約は解かれたんですけれど、あっちの魔女に魔力を全部奪われないようにするのがせいいっぱいで……」
じわじわっと魔力を吸収した影響が出始めたのか、寒気がしてきた。こうなるってわかっていたけど、火竜さんに即刻戻す方法を知らないので、一端私が受け取ったのだ。
あ……これは今日から三日ぐらい、寝込むんじゃないかな。
「とにかく私がキープした魔力を移せば、火竜さんも元に戻るんじゃないかと思うんですが。火竜さん、聞こえてます? 泣かなくても時間をかけたら戻ると思うんですよ」
すると火竜さんがくるっとこっちを振り向いた。あ、目に涙が……。どうしよう可愛い。
《火竜:本当か……?》
「確証はないですが、ある程度はどうにかなるんではないでしょうか? ただ、移す方法をよく知らないので、またお茶を飲んでもらったりすることになると思いますが」
《火竜:また茶か……ふぅ。仕方ないのだろうな……》
どうやら火竜さんは納得してくれた模様。
「もしよければ、触れて移せないか試してみたいんですが、動けますか?」
そう言うと、火竜さんがふわっと浮いて、ぱたぱた翼を動かしながらこちらへやってくる。
両腕でキャッチして抱えるには、ちょうどいい大きさだった。
その状態でなんとかお茶に魔力を移すような感じでがんばってみるものの、やっぱりじわじわとしか移らない。というか数値上は、巨大な火竜さんに移す時よりもなんか効率が悪い。
5秒に1MPとかけっこう遅すぎる。
「うーん、できなくはないみたいですがものすごく効率悪い……」
と、そこで私は身震いする。
なんだか腕の力も入りにくくなってきた。
「ごめ、火竜さん、なんか落としそう。腕の力が……」
《火竜:なんだ、お前は魔力にあてられたか?》
これは魔力あたりというものなんですかね?
「どうしたユラ」
足元がおぼつかない私をささえていた団長様に、私は急いで説明する。
「大容量の魔力を吸収した後、いつも熱が出た時みたいになるんです。今回はなんだか、このまま寝込みそう……というか、立っているのがきつ……」
言っている間にも、意識がもうろうとしてくる。それでもこれだけは伝えなくちゃ。
「団長様……みんなには、寒い山に行って風邪をひいたせいだと誤魔化しを……」
「わかった。わかったから竜は抱えていろ」
「はい……火竜さん、私から離れないでくださいね。魔力戻りませんよ……」
一応暴れたり、どこかへ行ったりしないように火竜さんにはそう言って置く。
その間に、完全に足がなえた私を団長様が抱き上げてくれる。自分で立っているのは限界なので、ほっとした。
「火竜を回収した。小さくなったので害はないようだ。城へ帰還する!」
意識は失わなかったので、目を閉じたまま団長様が指示を出しているのを聞く。
「フレイ、後はまかせた。周辺に異変や魔法の痕跡がないか、探っておいてくれ」
……ああ、そういえば火竜さんのことを早期に解放するため、魔女の仲間があの石喰鳥を使っていたんだっけ。そしたら調べないとね……。
そう考えつつ、私はぼんやりしている間に城へ戻っていた。




