※そうして騎士が決意するまで2
……今までの自分ならどうしただろう。
竜について手を出すことも選べずに、傍観してしまったかもしれない。
魔女に破壊させる以外で、タナストラを止める方法を、思いつけないからだ。
悩みながらも、フレイはユラの喫茶店を訪れる。
「いらっしゃいませフレイさん」
ほのぼのとした笑顔でユラにそう言われると、今までがずっと悪い夢をみていたような気持ちになる。肩の力が抜けて、自然に返事が返せた。
「こんにちはユラさん。お茶もらえるかな?」
フレイが一日に一度は喫茶店に顔を出すからなのか、ユラの方はまだ、距離ができたことには気づいていないようだ。
むしろ自分が助けた商人との商売のこと、お茶の量産をすることで頭がいっぱいで、気づく余裕がないような。
でも……彼女は自分の変化に気づいているのだろうか。
中級魔法を使えるようになっているのだから、全く知らないわけがないはずなのに。どうしてあんなに、穏やかな様子で紅茶を作っていられるのか。
切羽詰まった様子をみせるメイアとは、正反対だ。
(……重大さをわかってないってことはない、よな?)
あまりにのほほんとしたユラを見ていると、そんな疑惑が湧いた。
けれど穏やかな表情をして、人を殺せる人間などいくらでもいる。フレイだって、魔物を倒す度に、少しだけ心の中の澱が消えるような爽快感があって、つい笑ってしまうのだから。
そんなユラを、どうしたらいいのだろうと思う。
彼女はたぶん、実験のせいで魔女としての力を持ってしまっている。
でもユラは、紅茶をつくっている時が一番幸せそうだ。おそらく魔女であることを隠して生きていきたいと思っているだろう。
イドリシアの人間に責任があるフレイとしては、彼女になにか償うべきではないかと思う。
彼女がもし、魔女のことに関わらずに生きていきたいと望んでいるのなら……。
「いっそのこと、遠い場所へ」
ユラを連れて逃げてしまおうか。
そうしたらイドリシアのことにも、魔女のことにも関わらずに済むはずだから。
でも、逃げてどうするのだろう。
故郷の人々には後ろ指さされ、それどころか探し出されて責任を追及されるかもしれない。その時、ユラがその被害を受けないという保証もないのだ。
それに団長は……あの執着具合なら、フレイがそうしてユラを自分から引き離すことを許さないだろう。
かといって事情は話せない。団長は精霊教会の側の人間だ。通告されてしまえば、ユラは一生光の下へ出られなくなるかもしれない。
そうさせるわけにはいかない。
だとしたら……ここで、ユラを守り続けるしかないだろう。
自分にとって、保護すべき相手を。
――そんな矢先だった。
いつと知らされていなかった火竜が飛来した。
巡回に出ていたフレイは、森の横を通る街道にいた。
フレイは採取に来ていた人々を避難させた。火竜は森に火を吐こうとしていたからだ。
火竜の餌は炎だ。だから森を焼こうとしているのはわかった。
けれど森の奥に入っている人間もいるだろう。
全員は無理でも、少しでも近くの人間を見つけて誘導しようとしたフレイは、高い樹に駆け上がったところで……見てしまった。
森の中から、火竜に放たれたのは中級魔法だ。
騎士がそのあたりにいただろうか。でなければユラが?
焦ったけれど、間に合うわけもない。
その方向に火竜がブレスを使った瞬間、フレイは息が止まるかと思った。
ユラが……もしかすると死んでしまったかもしれない。
上手く息が吸えないきがした。それでも呼吸を思い出して、動こうとしたのは、何度か修羅場をくぐった経験のおかげだろう。
でもそこで、フレイはいぶかしんだ。
火竜がまたブレスを使おうとしている。ということは生きている?
「火竜のブレスを防げるほどの、魔法……」
だとしたら、ユラは生きているかもしれない。
同時に、彼女は魔女としての力を着実に手に入れているんだろう。わかっていて火竜に喧嘩を売ったのだとしたら。
「とんでもないよ……」
呆然とした後で、フレイは笑いたくなる。
もし予想通りだとしたら、ユラは戦う気満々で火竜と対峙しているのだ。
ユラ自身に火竜の気持ちを向けさせたら、森の他の場所を攻撃しないだろうと考えたからだろう。ブレスを防ぐ自信も、あったのかもしれない。
間もなく団長が竜で飛んで来た、火竜を一時撤退させた後、森へ降りて誰かを拾ったようだ。
それは間違いなくユラだったと後で聞いて、フレイは自分の予想が間違っていないことを確信した。
そうしてようやくわかりかけて来た気がした。
……ユラは違うのだ、ということが。
わかってしまえば、少し気が晴れた。
団長から明日の討伐について聞かされて、ユラも連れて行くという連絡を受けても、そうだろうなと思えた。
彼女なら絶対に行く。
誰が止められるわけもなく。おそらくユラなら、わかっている危機が目の前にあって自分が何かできるなら……、しかも本当に対応できる能力を得た後なら、自力で後からついて来るだろう。
団長だってそれを阻止はできまい。
たぶん、あの死霊のダンジョンの時のように。
でもその分、フレイはユラに悪いことをしたという気持ちが湧いた。
自分はずっと、亡くした人達や、メイアのように『守れなかった』イドリシアの人々の代わりに、ユラを助けて満足していたのだから。
ユラが自分を庇って死にかけたことが、何度も庇われた出来事に重なったせいだ。
だから彼女を守れば、あの時の後悔が拭われるような気がして。
夕暮れ時、町へ買い物に出ていたユラと行き合った。
彼女が魔物を倒せたことは広まっていたので、一人で町に降りることを、誰もが普通だと考えて特に止めるそぶりもなかったようだ。
そう、以前の自分だけだ。あそこまで過剰に彼女を閉じ込めようとしていたのは。
でもそれは全て、彼女が弱いと思っていたから。
魔女の力に目覚めたのかもしれないとわかってからは、その力に潰されそうになるのではないかと不安だった。
だからイドリシアの民を統率すべき人間として、彼女をそこから助けるべきだと、そう考えてしまっていた。
でも謝罪すると、ユラはケロッとした顔で言ったのだ。
「私、フレイさんが後悔したおかげで優しくしてもらえました」と。
自分の後悔が良いことだったのだと言われるとは、思いもしなかった。
そしてそれだけで、自分のしたことは無駄ではないと……。そして少し、今まで後悔を抱えたまま、もがいていた自分が報われたような気持ちになってしまった。
……本当に、驚くようなことをする人だ。
そして目の前の霧が晴れたような気持ちで、思う。
こんなにもユラのことを気にしてしまったのは、この人が被害者だったからじゃないんだと。
それでも自分で前に進もうとして、自由に走る姿に、いつのまにか魅了されていたんだということに。
なんだ、と心が落ち着く。
いろいろ理屈をこねていたのは自分だったのだ。ただ、好きだと思っただけなのに。
その気持ちを表現してみたけれど、ユラはどうも恋愛ごとを真っ直ぐ受け止めるのは苦手のようだ。
フレイの方も、彼女には誠実ではないことばかりしてきたので、これ以上押すわけにもいかないと思っている。今は。
せめてそれを雪ぐ機会を得た後で、ユラに手を伸ばすべきだろう。
……その前にもう一人、頑なに恋愛事をさけている人物が、どう動くかも少しは楽しみにしていた。
火竜と戦った時の様子から、明らかにユラの魔力について知っているだろう……団長。
「俺はあなたのことも嫌いじゃないんですよ、団長。アーレンダール国王との取り引きで、あなたを護衛するように言われているから、というだけではなくね」




