※そうして騎士が決意するまで1
ユラを見守る役目を外された。
そのことに、フレイは衝撃を受けたものの……。特に話をすることまで禁止されたわけではないとわかって、ほっとする。
同時に思った。
「やっぱり団長は……」
つぶやきながら、小山のように大きな森蜘蛛を前に、魔剣の技を発動させる。
赤い光をまとった剣を構え、一気に蜘蛛に接近。
フレイをとらえようとした足を斬り裂き、その体を斬り裂く瞬間に、別な剣技を使って胴体を一気に分断した。
駆け抜けたその背後で、蜘蛛は黒い煙となって消えた。
フレイは息をつく。
団長がそのことを気にするというのは、たぶん気づいているのだ。フレイが普通に気遣う以上の感情を、ユラに対して抱いていることを。
そして団長もまた、ユラのことを特別に思っているはずだ。
団長はフレイに、その立場を逸脱しないように注意深く対応しているようだった。それはユラに対してもそうなのだろう。
それでもいつになく執着しているのは見ていればわかる。団長があそこまでかまうのは珍しいのだ。
他の騎士達も、ユラのことを団長のお気に入りだと思っている。微笑ましく見ている者も多い。
そしてフレイのことを、団長が可愛いがっている新人の、お目付け役のように考えているらしい。
「俺は……」
正直なところ、団長からユラの見守り役を外されたことで、戸惑ってしまった。
確かにショックだった。
自分が面倒をみていること、それでユラを守っていることが当然のように思えていたから。ユラもフレイになつき、信頼している様子からも、働きぶりを評価されることはあっても遠ざけられるとは思いもよらなかったからだ。
まずフレイは、ユラのことを心配した。
自分がいなくて大丈夫なのか。彼女を誰が守ってくれるのかと。
けれどイーヴァルに、慰められるように言われたのだ。
「あなたがユラを心配しているのはわかりますよ。けれどリュシアン様が守ります。安心してください」と。
思い知らされた。自分がいなくとも大丈夫だと、周囲は思っていることを。
でもフレイは彼女のことを守るのは、自分の役目。むしろ自分こそが彼女のことを良く知っていて、誰にも彼女のことを任せたくないと考えるようになっていたのだ。
そこでフレイは戸惑ったのだ。
側で守るのは難しい。けれどユラと交流することを禁じられたわけではない。
でも交流するだけでは、足りないという気持ち。
自分は庇護欲だけで、ユラを守ろうとしてきたのではなかったのだろうか。
守る対象といえば、とメイアのことを思い出す。
ずっとフレイは、メイアのためにと動いていたはず。
自分がいつの間にか率いることになった、イドリシアの難民たちを受け入れるために、人生を捨てたメイア。
国王が受け入れを決めても、逗留地が決まらない中、公爵に手を上げさせるために彼女が動いたおかげで、今、フレイは難民だった彼らのことを心配せずにいられるのだ。
いつか時が経った時に、国王に自分の功績を認めさせることが叶うか、イドリシアを取り戻すきっかけがあれば、メイアを連れて行き、自由を返さなくてはと思った。
それが自分にできる、彼女への返礼になると。
でもメイアには独占欲など感じたことはなかった。団長と婚約していたという話があっても、メイアが団長の話には表情を動かしてしまうことを知っていても。
もし彼女が団長に望まれることがあって、幸せになれるなら、それでもいいと思っていたから。
一方でユラに対するこれは、思いがけず保護することになった犬猫か、妹のようなものだろうと感じていた。だから誰かに取られたり、誰かに自分よりなつかれるのが嫌なのは、当然だろうと。
……恋というには、今一つ足りないような、曖昧な感覚があったのだ。
「隊長、こっちも始末が終わりました」
他の隊員も現れた魔物達を倒し終え、報告をしてくる。
「わかった。ヤーンは?」
「まだ向こうに走って行って、戻っていません」
「俺が行く。お前たちはそこで待機していろ」
ヤーンが離れた場所にいる。それを聞き、フレイは自分がヤーンの元へ向かった。
ここは森の奥。うかつに部下に様子を見に行かせては危険だ。
部下が示した方向へ走る。
そしてたどり着いた先にいた人物を見て、ああ、とフレイは納得する。
イドリシアの黄と緑の独特な模様の上着を着た人物が、倒れているヤーンの側にいたのだ。
ヤーンは眠らされているようだ。腹が一定の間隔で上下しているので、生きているのはわかる。怪我もない。
「お久しぶりです、フレイ様」
丁寧に一礼する男は、間違いなくイドリシアの人間だ。フレイの顔見知りでもある。
「……俺に接触しようとして、うちの部下を眠らせたのか?」
「左様でございます。城の近くでは目立ちますから。メイア様からもそのようにと」
どうやら彼は、メイアの意を受けて動いているようだ。
「また何か、協力しろと?」
そう問えば、男は首肯する。
「タナストラの兵器、それを稼働させるのを止めるため、精霊の聖地を一つ破壊することが必要となりました。あちらの動きが我々の予想以上に、早い。メイア様が力を手に入れた上で、タナストラを滅ぼすまで、時間を稼ぐ必要がでてきました」
フレイはぐっと奥歯を噛む。
もう、メイア達はタナストラを攻撃することにしたのか。
かといってフレイも、メイア達への協力については決めかねていた。
一度はメイアに押し切られ、イドリシアへの責任を果たせと言われて、罪悪感から彼女が魔力を手に入れることに協力した。
野放しにしたなら、タナストラはいずれアーレンダール王国をも滅ぼそうとする。それを恐れてのことだった。
けれど魔女を使うのは、危険だ。
だから止めさせたいが……。
そんなフレイの物思いなどわからない男は、話し続ける。
「メイア様はそのために、火竜と契約を結ぶことになさいました」
「火竜と契約?」
まさかメイアが、火竜の元まで移動して魔女の力で縛るのかと思えば、違った。
「我々が召喚の儀式で呼び出し、メイア様と契約を結んでいただきます」
「契約では、火竜の一存で何をするかわからないだろう!?」
相手は生き物だ。そして人の生き死になど気にしない相手。
一度アーレンダールの地に呼び寄せた上で契約するとなれば、タナストラへ移動する途上でも何をするかわからない。
契約さえ履行したなら、他の行動を律することなどできないのだから。
制御するには、魔女の力で抑えつける必要がある。けれどメイアには、そこまでの力はないのだろう。
「しかし見逃せば、アーレンダールも標的になります。最小の被害でそれを延期させ、その間に完全な魔女となったメイア様が、タナストラを破滅させればいいのです。そして我々はイドリシアを取り戻せるのです」
男は決意のこもった声で続けた。
フレイとしては、魔女を使えば可能だとわかっていても、メイア一人……魔女だけの力に頼るそのやり方に不安があった。
メイアに何かがあったらどうするのか。
そして魔女の力は強大すぎる。その本人を止められなくなったら?
「だからリュシアン様が竜を殺さないように、フレイ様の方でも何か対策をお願いします。火竜を見かけたら、リュシアン様が動かないわけがないのです。遅らせることができなくなれば、タナストラの兵器開発にメイア様が間に合わないので」
男は言うだけ言うと、すぐに立ち去った。
フレイがメイアの願いなら、従うものと疑っていないのかもしれない。
それは、前回魔石を渡したからだろうか。
とにかくフレイはヤーンを目覚めさせ、城に戻った。




