買い物へ行く前に
出発は明日の午前。
火竜は早々に対処しなければ、力を取り戻してしまうからだ。
私はそれまでに、火竜のためのお茶を作る準備をしなくてはならない。
お茶自体は、クー・シーの時のことを考えると、大きめの水筒でいいのではないかと思う。むしろ込めておく魔力の量が問題ではないかなと。
「一個あたり、魔力どれくらい込めたらいいんだろうな」
クー・シーよりも多めにしたら大丈夫だとは思う。あの時が5000くらい上げたはずなので、8000ぐらいでいいかな?
ただ口の中に投げ込むのに失敗したらと考えて、大きめの水筒を三つは用意したい。いや、8000なら五つ用意しても大丈夫ではないだろうか。
「何があるかわからないから、できれば自分のMPも5万は残しておきたいものね」
盾の魔法とかばしばし使っても1万は使用しないけれど、火竜に契約を破棄させるために、追い魔力する必要があるかもしれないし。
とにかく必要なのは、材料だ。
厨房から分けてもらうのも何なので、ひとっ走り町へ行って材料を買ってこよう。
私は喫茶店の札を【閉店中】にひっくり返し、外出の支度をして、部屋を出る。
「オルヴェ先生、ちょっと買い物に行って来ます」
先生に声をかけるのも忘れない。
と思って診察室をのぞいたら、珍しく鎧を引っ張り出して来ていた先生がいた。たぶん火竜に近い場所は、戦闘が発生しそうだからなんだろうな。
「おお、買い物か? そろそろ暗くなる時間だし、竜のことで騒がしくなっているだろうから、気を付けて行けよ。また絡まれたら、魔法は軽いものなら使ってもかまわんからな」
初級魔法は使えると知っているオルヴェ先生は、そんなことを言う。
私、この間絡まれたばかりですものね……。しかも今日も実は、既に絡まれ済みです。倒したけど。
あれ、私ってなんか、絡まれすぎじゃないかな?
引きこもり時代はそもそも外に出なかったから、遭遇率が上がってるかどうかは判断つかないけど。
「はい先生。いってきます」
外に出ると、確かにもう陽が傾いていた。
空の明るさが、だいぶん落ちてきている。ああ、今日は色々あったもんな……。あっという間に過ぎてしまった気がする。
明日の準備で右往左往している騎士さんを横目に、私は城門へ向かう。
その途中で呼び止められた。
「そこにいるのは紅茶師ではないか」
職名で呼ぶ人はほとんどいないので、驚いて振り向くと、そこにいたのはハーラル副団長さんだった。
鎧を装備してマントを羽織ったハーラル副団長さんは、どこかからの帰りのようだ。
「お久しぶりです。どちらかへの巡回からお戻りなのですか?」
「火竜の様子を見に行った」
なんと。
団長様が叩き落とした火竜の様子を、念のため確認しに行ったらしい。
「さっきそこで部下から聞いたが、明日の討伐にそなたも参加するのか? 危険ではないか?」
なるほど、それを心配して声をかけてくれたらしい。
「お気遣いありがとうございます。でも、私が希望しましたので。件のお茶で、みなさんのお手伝いができそうなのです」
「お前の茶か……」
副団長さんは納得をしながらも、まだ不安そうだ。
「茶の効果についてはわかっているつもりだがな。火竜はそれより巨大だ。何があるかわからんのだぞ?」
「はい。なので団長様にお連れいただくことになりまして」
安心してもらいたいと思いそう答えたら……副団長さんが、苦手な飲み物をうっかり口にして、失敗したと思ったような、変な顔をした。
「そうか、そうだな。うむ。まぁ、気を付けるがいい」
副団長さんはそう言うと、私から離れて行った。
……なんか嫌な予感がするぞ。
反応としては、カップルだと思い込んでる相手同士の話を聞いた時「ごちそうさまー」って言った時のものに近いけど、副団長さんのあの変顔は、どういう意味だろう。
なんかそういう、温かく見守る系ではないような気がしないんだけど。
「や、でもそれでいいのか……」
団長様とはそういう関係でもないし。ただ疑問が残るだけで。
そう思いながら城門を出た私は、ちょうど城の中に入ろうとしていた人と行き合った。
「あ、フレイさん」
「ユラさん」
名前を呼んだものの、どうも次の言葉が出て来ない。
今日はお話していないからか、それとも団長様から変な話を聞いたせいなのか。
なんだか数日会っていないように感じる……。
「こ、こんにちは? もうすぐ暗くなりそうですけれど……」
ぎこちない時候の挨拶みたいなものしか口にできなかったけれど、フレイさんはそれでも笑ってくれる。
「こんにちはユラさん。暗くなりそうなのに、今から出かけるのかい?」
「はい、その、明日の討伐についていくことになりまして……」
これを話したら、フレイさんには怒られるかなと思った。
でもフレイさんは、どこか諦めたような表情をしただけだった。
「そうか。でも前みたいなこともあるかもしれないからね、買い物について行っても?」
「あ、はい。そうしていただけるのなら、私はありがたいです」
うなずくと、嬉しそうに微笑んでくれた。
そうして二人で歩き始める。
私は怒られなかったのに、落ち着かない気持ちになっていた。
フレイさんは自分が面倒を見なくていい状態になったら、私が討伐に行っても注意する必要はないと思うようになっちゃったのかな。
本当は、ほっとするところなんだろうけど……。なんだろう、何も言わないフレイさんを見ていると不安になる。
「あのフレイさんも、明日は討伐に行くんですよね?」
つい、いわずもがななことを聞いてしまう。
「……そうだよ。君の側にはいられないけれど」
フレイさんは続けて言った。
「団長に、君の側から遠ざけられてしまったからね」




